コリンヌの料理
本日2回目の投稿です
メガネをかけて馬車を降り、ホテルに入った。
スイートルームをノックすると、コリンヌがドアを開けてくれた。
「おはよう、クロ」
室内からいい匂いがする。
「なんかいい匂い!」
私の言葉に反応してコリンヌが笑った。
「毎日ここの食事をボスがルームサービスで頼んでくれるけど、食べ慣れなくて。ここにはキッチンもついているの。ルームサービスが嫌いな貴族のために、使用人が料理するた用らしいわ」
「へえー!何を作っているの?」
「野菜スープよ。私のお昼ご飯にするの」
リビングルームにはカーネギー氏が待っていた。
「昨日渡された物をお渡ししますが、少々お待ちください」
そう伝えて、目に見えない手袋をはめた。
「これは、触ったものに指紋がつかないし、その物が持つ特性も通さない物です。もしも、何か毒でも仕込まれていたらと、心配したブルーノが貸してくれました。そして、ブルーノからの伝言です。『この本についている指紋を含め、あらゆる物を分析できるけどどうしますか?』だそうです」
「ではお願いしたい」
その言葉で、カーネギー氏にも手袋を渡す。
カーネギー氏は手袋をはめると、シールドを張った。
「これで、中から変なものが出てきても安全だ」
そう言って、保存袋から本を出した。
本を開くと、中身はくり抜いてあり、不思議な機械が出てきた。
「これは!今作っている量産型の掘削魔道具の部品とそっくりだ。そしてメモには『これとすり替えて本物を渡せ』と書いてある。この魔道具はコンペ式で、安全で安く沢山量産できる会社が勝ち取れるんだ」
カーネギー氏はそう言った。
「それは誰でも知っている事ですか?
「このコンペに応募する事を知っているのは1部の人間だ」
「とりあえず。分析器にかけてもらいにいきましょう。本物のコピーってありますか?」
「……ない。部品はまだ、量産していないから型がないんだ」
「なら、その部品の作り方を書いたものは?」
「それならある」
「では、そちらを持ってください。でも、社長直々に行くと目立ちますね。体が大きいですし。どうしましょうか?」
「嫌。一緒に行く」
一時間後、エトホーフト魔道具研究所に到着した。
何故か魔法薬で子供になったカーネギー氏とコリンヌを連れて。この魔法薬は、ホテルのルームサービスの中にあるらしい。
セレブがパパラッチに見つかり、なんとしても脱出する時用らしい。
顔を変える薬は、本人用に調合する必要があるが、子供になる、または老人になる薬はそういった必要がないらしい。
本当は老人になる薬を希望したのに、あいにくなかったのだ。
入口を通ると正体がバレるので、ブルーノに出てきてもらう。
「2人を案内して。私はとりあえず戻るわ」
そう言ってブルーノの屋敷に戻った。
そしていつも通りレッスンを受ける。
あの入口は、私が通ると『メイベル・イスト』って言うから、2人の前では通れない。
だから、ついていくことは出来なかった。
詳しいことは今度聞く。
そして、木曜日になった。
いつものようにメガネをかけて、夕方少し前、ブラクストンホテルのスイートルームに行くと、異変が起きていた。
「あのね。主賓室が、社長室になったの」
コリンヌが言ったことが理解できずに固まっていると、コリンヌも困惑していた。
「ここ数日、秘書室がここにあるのが不便だと感じたらしいの。ただ単に魔法便で送られてくる整理されていない荷物や進まない仕事を見て、ギブアップして、こっちに社長室を持って来たのよ。私としては、仕事を続けられるだけで有難いわ」
そう言ってコリンヌは笑った。
すると主賓室からカーネギー氏が出てきた。
「これを渡してほしい。もう護衛は配置済みだ」
あの本だ。中は見ない事にする。
「わかったわ」
そう言って、17時半にあのカフェに向かった。
今日もウインナーコーヒーを注文すると、コーヒーと共にメモがあった。
『本は、椅子の上に置くように。同じ本が椅子の上にあるはずだ。そちらを持って行け』
私はただ言われた通りした。
そしてまた馬車に乗ったら保存袋に入れる。
それからメガネを外した。
やはり緊張するから、帰ってから久しぶりに念入りにオイルマッサージを受けて、風に当たっていた。
やっぱり匂いが違うのは仕方ないわね。
違う世界だもの。
私はバルコニーにあるソファーでくつろいでいるうちに寝てしまっていた。
目が覚めたのは星が煌めいてからだった。
私には毛布がかけられていた。
起き上がると声がした。
「クロ、よく寝てたから起こさなかったけど、お腹はすいてる?」
ブルーノが自分の部屋から呼んでくれていた。
呼ばれて行くと、そこには豪華なディナーのフルコースが置いてあった。
「カーネギー氏が、ラボに多額の献金をしてくれるみたいだ。なんだか色々な事に関心して行ったよ」
「そう!それはよかったわ」
「今日はそのお祝いにクロの好きなものばかり用意してもらったよ」
そこから他愛もない話をして、ワインを飲んで……気がつくと朝だった。
今度は、普通に何事もなく、2人でベッドに寝ていた。
健全な夜明け。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
ブルーノの体温が心地よくて、ずっとここにいたい。
例えるなら、大型犬と寝ている気分かな?
私が目を覚ますと、ブルーノも目を覚ました。
「おはよう、クロ」
そう言って額にキスをされた。
「誰かと寝るって、暖かくて気持ちいいものだな」
とブルーノは笑った。
そして、唇に優しいキスを落とした。
それをみて私も笑う。
でも、そこから先には踏み込まなかった。
それがいつも通りの『涼木鈴』だ。
「じゃあ着替えて、ブラクストンホテルに行ってくるわ。今日の夜はコリンヌとライザと過ごすから遅くなるわ」
そう言って、にっこり笑うと、自分の部屋に戻る。
そして、身支度をしてホテルに向かった。
気持ちがザワザワするけど、でもそんなものだ。
だって付き合ってるわけではないもの。
きっとブルーノにとってはキスって特別ではないのよ。
それに一緒のベッドで寝ることも、ペットと寝るのと変わらないし。
私は自分の気持ちに蓋をして、馬車から外を眺めた。
なんでみんな『好き』って言えるのかな?
もしも『好きじゃない』て返された時、次からどんな顔をすればいいんだろう?
曖昧な関係だと、『好きじゃない』とは言われてないから現状維持が出来る。
だからいつもその、曖昧な関係を結んできた。
涼木鈴の大学時代、好きな人と2人で温泉旅行に行ったことがある。
彼は色々なところに誘ってくれた。
そして、よく、私の一人暮らしの部屋に泊まりにきた。
朝はシーツの中で戯れあってた。
でも、『好き』って言えなかったし、言ってもらえなかった。
結局、彼は同じ大学の子と付き合った。本命は私じゃなかった。
……気持ちを口に出すのは本当に苦手だ。
朝の人混みを仲睦まじく歩くカップルを見ながらそんな事を考えてしまった。