ここはホテル?いいえ。銀行です
本日3回目の投稿です
お姉さん達と別れて2人で馬車に乗ると、コリンヌは喜んでくれた。
「ありがとうクロ。あなたのお陰で全てうまく行ったわ」
「そんな!私はたいしたことしてないわ。むしろ、いまからコリンヌになりすまして、スパイごっこをする事を楽しみにしているの」
「ねえ、私の代わりに怪我とかしないでね」
「大丈夫。それよりライザの所に行こう?」
私の提案でカフェに向かった。
ライザはあと一時間で仕事が終わるそうだ。
「クロとコリンヌ。なんだか楽しそうだね?どうしたの?」
私とコリンヌは何も答えない。
ライザを驚かせるために!
今日はカーネギー氏がこれまでのお詫びにとルームサービスを頼んでくれてある。
それを楽しみにしながらライザの仕事終わりを待った。
仕事が終わったライザを急いで馬車に乗せる。
「何?この高級な馬車!」
ライザは驚いて室内を見た。
フカフカな椅子にクッション。そして簡易テーブルまである。
これはカーネギー産業の役員用馬車。
当面の間、コリンヌ専用にしてくれたらしい。
「ふふふ。秘密よ」
そう言ってコリンヌと顔を見合わせた。
そしてカーネギー産業のそばの『ブラクストンホテル』に着いた。
「なに?どうしたの?」
ちょっとパニックのライザを連れてスイートルームに向かった。
「すごい!高級ホテルのスイートルームよ!」
ライザは何が起きたかわからなくて大興奮だ。
まるで小さな女の子のような反応のライザを私とコリンヌはクスクス笑って見ていた。
そして、昨日、2人と別れた後、私の身に何が起きたか。そして、カーネギー氏がもしもコリンヌに何かあっては困るとこの部屋を用意してくれた事を告げた。
ただし、私がスパイをする事は伏せた。
少しでも情報の漏れを防ぐ事と、ライザの安全のためだ。
「それで、昨日のお詫びにとディナーを3人分頼んでくれたの!」
みんなでお茶を飲みながら色々な話をした。
コリンヌはお姉さんの事で悩んでた事も正直に言ってくれた。
ライザはコリンヌに、がんばったねと言っていた。
……私はメイベルの顔を眼鏡で隠して、わざと古い型の服を着ている事や、メイベルが殺された事や、私自身は異世界から来た事など何にも本当の事を話してない。
何一つホンモノではない自分に心が痛んだ。いつか、本当の事を言いたい。
2人なら受け入れてくれるかな?
そう思いながら本心を隠した。
そうこうしているうちにディナーが運ばれて来た。
私達はキャーキャー騒ぎながらディナーを食べた。
マナーなんて誰もうるさく言わないし、私達は気にしない。
食事が終わった頃に、馬車で送ってもらえる事になった。
「クロはブルーノの家に住んでるの?」
「まあそうなんだけど。ブルーノの家は沢山人が(使用人が)住んでるから2人きりではないし大丈夫よ」
「確かに、ブルーノって研究バカっぽいから、同僚とかも住んでそう」
ライザの言う事に笑ってしまう。
「私は勤め先のカフェの上に住んでいるの。田舎と違って、常にどこかのネオンがついていてね。眠らない街って感じがするでしょ?」
そう言ってライザは楽しそうに笑った。
「ねえ、今更な話なんだけど、クロも私もこんなドレスで高級ホテルに入ってきて大丈夫だったの?」
ライザが心配そうに聞いた。
そっか!ドレスコードがある店もあるんだ!
またもや無知な私はその質問に感心した。
「さあ?わからないけど、この産業スパイのことが解決するまで学校にすら行けない私も、こんな普段着のドレスしかないわよ?このスイートルーム様にふさわしくないお客様だわ」
とコリンヌが言って笑った。
カーネギー産業の馬車で送ってもらうと、ブルーノは少し不機嫌だった。
「迎えに行ったのに。そしたらわざわざ変装のまま戻って、使用人を困惑させる事もなかったはずだ」
と不貞腐れて可愛い。
ブルーノの宮殿に着くなりメガネを外したけど、やはり使用人を混乱させたようだ。
「ごめんなさい。次からそうするわ」
「クロは、知らない間にちゃんと友達を作ってるんだな」
その言葉に笑う。
「女っておしゃべりしないと死ぬ生き物なの。だから話し相手が必要なのよ」
私の話を聞いてブルーノはうーんと悩む。
「うちの母上は寡黙であまり話さないぞ。あっ、でもお婆様はすごくおしゃべりだったな」
「私もすごくおしゃべりなの。……メイベルは?」
「メイベルもおしゃべりだったよ」
「それを聞いて安心した」
「ところで。明日の午後、ラブラと会うから。何かメイベルらしい仕草を身に付けたか?」
「……ううう……。頑張るわ」
そして部屋に戻るといつのまにか寝てしまっていた。
次の日、いつものようにメイベルの歩き方や仕草をまねる練習をしてから、ラブラに会う準備をした。
今日は念のため先生にもドレスチェックをしてもらう。
そして、そのドレスのまま歩いた。
「笑顔は禁止です」
そう言われて、前世で見たファッションウィークのモデルのように歩く。
「メイベルさんは、普段からそんな風に歩いてましたよ。いいですね」
歩く事はお墨付きをもらえた。
今日の打ち合わせは会場が確定した事と招待客のリストアップだった。
ラブラの招待客リストを見たブルーノは、持ち帰って検討すると伝えた。
多分、ブルーノの方でもう一度精査するのだろう。
「もし希望するならメディアを呼んでいいが、呼ぶメディアを事前に教えてほしい」
ブルーノの提案にラブラは目を輝かせた。
「本当にいいの?」
「ああ。盗撮されるより独占取材を数社に許した方がよっぽどいい。じゃないと盗撮合戦が始まるからな」
「そうよね。さすが!話がわかるわ!本当にこの仕事、受けてよかったわ」
彼女にある程度の采配があると、やる気も出るのだろう。
指名されたメディアは普段、表に出てこないメイベルを撮影できるのだ。
きっとラブラに媚びを売るだろう。
「それから、これはこの前、メイベルに書いてもらったんだ」
そう言ってブルーノは一通の手紙を出した。
私はそんなもの書いてないから、きっと先生が書いたんだわ。
『いつかどこかで逢えるかと思っていたけど、人生って上手くいかないじゃない?そんなキセキを待つより貴方を招待するわ。きっと素晴らし夜になるはずよ。そして、招待されたからにはわかってるわよね?貴方も私も誰かのために行動を起こしましょう。共に歩む事を期待しているわ』
「まあ!メイベル!なんて素敵なの?招待状はこの文章で決まりね」
ラブラはウキウキしている。
「じゃあこの予算や、会場設定で問題ない。ただ、貴族が集まるんだ、ちゃんとオーケストラは呼んでほしい。それから、当日は魔道具などの持ち物検査を厳しくやるので、そこは忘れないでくれ」
ブルーノの言葉をメモして、ラブラは急いで帰って行った。
「じゃあ帰ろうか。その前に、寄りたいところがある。実はメイベルの資産についてわかった事があるんだ」
そう言って連れて行ってくれたのはどう見ても豪華なホテルだった。
入口を通る時、天井が青く光った気がした。
「いらっしゃいませ。ブルーノ・アシュバートン侯爵様、メイベル・イスト様。お待ちしておりました」
そう言われて案内されたのは豪華な個室だった。
『ここは?どこ?』
私は小さな声でブルーノに聞く。
『ここは銀行だよ。ただし、セレブ専用の』
ブルーノも小さな声で囁く。
お金持ちしか相手にしない銀行!
それはすごいわ。
だから、ホテルみたいな作りで個室しかないのね。
「いらっしゃいませ。支店長のカーブランてございます。メイベル・イスト様、本日はもしやアシュバートン侯爵様をご紹介頂けるのですか?」
そうやって出てきたのは、身なりのいい細身のおじ様だった。
どうも私の事を知っている様子だ。
「カーブラン殿。エトホーフト魔道具研究所の人認証魔道具を導入頂いているようで、ありがとうと言うべきかな?それで私の名前を?」
「さようでございます。弊社は基本的にはご紹介しか承っておりませんが、ご紹介される方も、ご紹介頂く方もセレブしかいらっしゃいませんから。お名前を伺わなくも大丈夫なようにしておりますから、大変愛用しております」
「そうですか。魔道具を広めるのは簡単ではないから、効果を実感して貰えるのは良かった。ところで本日は私の件できたわけではない」
ブルーノはそこまで言うと私をみた。
「支店長様は守秘義務がありますよね?実は、持病が進行して、一時、意識不明になりまして。それで、その前の事が思い出せないのです。だから、今の資産状況を教えてほしいのです。侯爵様同席の元、お願いします」
「かしこまりました。ではこちらをご覧ください。これがメイベル・イスト様のご資産です」
そう示された金額は確かにすごい物だった。
「私はここから寄付をしたり、生活費として使っていたのでしょうか?」
「さようでございます。以前、『いちいち来なければいけないのは面倒だ』とおっしゃいまして。すぐにお金を引き出せる魔道具である『ライトリング』をお持ちになられてましたが……今、お手元にございますか?」
「いえ。それも……わからないのです」
「では、念のため、最後にライトリングをご利用頂いた時期を確認しますと。数ヶ月前ですね」
犯人はお金目当てなわけではないんだわ。
「ちなみに、ライトリングを拾った人は悪用できますか?」
私の質問に支店長は笑顔を見せた。
「それは無理でございます。イスト様、本人様の魔力にしか反応しませんし。第一、他に類を見ない魔道具ですから、これがお金を引き出す道具だとは気がつかないのではないですか?」
「そんなに珍しい物なんですか?もう一度、ライトリングか欲しいのですが……」
その言葉に支店長は微笑んだ。
「では、ご希望される宝石付きの指輪をお持ちください。そちらを加工いたします。これは弊社独自に開発した魔道具ですから、アシュバートン侯爵様には解けませんよ」
「ああ。特許もあるだろうから解く気もない。では、メイベルが希望しているから、また指輪を持ってくる」
「かしこまりました。その時までに侯爵様とのお取引が始まる事を期待しております」
こうして高級ホテルのような銀行から馬車に戻った。
「さっきの話を聞いて思い出したんだ。確かにメイベルは、自分の瞳の色と同じ宝石のついた指輪をしていた」
ブルーノはそう言って考え込んでいる。
「なら、リトルに聞いてみよう?何か知ってかも」
ここで一旦、ブルーノと別れた。
「お帰り!スズキスズ」
メイベルは楽しそうに飛び回って私の元に来た。
「何か変わった事はあった?」
「何もないわ。いつも通りよ」
「ねぇ、聞きたいんだけど。まず、涼木鈴として私が来るまで、メイベルは数日留守にした?」
ここを聞くのを忘れていた。
「しないわ。メイベルはいつものように出かけて、次の日、スズキスズが帰ってきたの」
「ありがとう。それから、メイベルがいつも使っていた指輪って知ってる?」
「ええ知ってるわ!でも、私は色がわからないから、ウィラーとベリーに聞いてみて」
「そうするわ」
「ウィラー、ベリー、聞きたいことがあるの。キッチンに行くから、コーヒーを用意して待ってて」
そう大きな声で言って、キッチンに向かった。
するとそこに、メイド服を着た2人が待っていた。
相変わらずパグのようで可愛い。
「メイベル様、コーヒーでございます」
「ありがとう」
「ねぇ、私がいつもしていた指輪のデザインを忘れてしまって。教えてくれない?」
「最近ずっと付けていらっしゃったのは、紫色の宝石が付いた指輪です。2本の輪っかの間に宝石が挟まってました」
「他に特徴はあったかしら?」
「ごめんなさい。わかりません」
「ありがとう。またしばらく留守にするわ」
それから秘密の部屋に行って、箱に無造作に入っているお金をポケットに入れる。
そして、メイベルの写真を見て、私も微笑んだ。
「まだ犯人は見つからないけど、必ず見つけるわ」
そう写真に声をかけてから部屋を出た。
そして、パグ達にお礼を言ってアパルトマンを後にした。
頻繁に投稿してすいません。
近いうちにまた忙しい日々がかえってくるので、それまでに投稿しちゃいます