コリンヌの心配
本日2回目の投稿です
わたしの提案を説明すると、カーネギー氏は渋々わかった、と言った。
そして、カーネギー氏からコリンヌに手紙を送ってもらい、すでに帰宅していたコリンヌの所に行く事にしたが、コリンヌの希望で私がコリンヌを連れ出して話をする事になった。
カーネギー氏が行くと、お姉さんが大騒ぎするそうだ。
コリンヌの住むアパートは少し郊外にあり、とてもカーネギー産業の秘書が住むようなところではなかった。
チャイムを押すと、カフェで見た服と同じ服を着ていた。
「今帰った所なの」
そう言ったコリンヌの後ろから、お姉さんが出てきた。
お姉さんの癖っ毛の金髪を一つに結び、化粧気のない顔は少し疲れて見えた。
「こんばんは。遅い時間にごめんなさい。私はクロって言います。妹さんとは同じ会社に勤めていて、明日までに仕上げないといけない仕事でわからない所があるんです。これがないと本当に困るので、妹さんに来てもらってもいいですか?」
仕事という大義名分を出されたら多分断れないだろうと思ったら、やはりそうだった。
お姉さんは初め、明日にならないのかなどと文句を言ったが、最後は渋々と言った感じで了承してくれた。
「姉はかなり保守的で、夜遅くに帰るとか理解が無いんです。それも田舎生まれだからですね」
そう言ってコリンヌは笑った。
「この眠らない街に住んでいたらわかりそうなのに」
そう言ったコリンヌは何かを我慢しているようにも見えた。
「その気持ちわかります。『眠らない街は他人事で私たちとは無関係だ』と思って、田舎の時と同じような生活をするんですよね。それじゃ、わざわざ都会に出てくる必要ないのに」
私の言葉にコリンヌは激しく同意してくれた。
「姉と姪の生活を支えるのに今は精一杯なんです。姉は居候なのに文句ばかり言うので、兄弟達は初めは同情して住まわせてくれるんですけど、最後は追い出されるんですよね。しかも、姪が小さい事を理由にしてちゃんと働かないし」
「子供は何歳なの?」
「今年で5歳になります」
意外と子供が大きくてびっくりしてしまった。
「それは…大変ね。ここで話してても先には進まないから、馬車に入りましょ」
私は無理矢理コリンヌを馬車に押し込んだ。
そこにはカーネギー氏と、ブルーノがいる。
遅れて私も入ると、コリンヌは借りてきた猫みたいになっていた。
「ボス……。この度は……」
泣きそうなコリンヌは、もしかしたらクビを言われる覚悟だったのかもしれない。
このいたたまれない雰囲気に口を開いたのはブルーノだった。
「とりあえず、どこか落ち着いて話せる場所に行きませんか?」
「わかった。会社の側に、来客用の部屋がある。そこに行こう」
カーネギー氏の提案で向かったのは、カーネギー産業の側にある高級ホテル『ブラクストンホテル』だった。
「カーネギー様、いらっしゃいませ」
ベルボーイが挨拶をすると、何も言わなくても部屋に案内してくれた。
そこはスイートルームだった!
豪華な間取りに調度品。
何部屋もあるベッドルーム……。
さすが実業家!
「3年契約を結んでいるから、誰も泊まらなくても料金は支払い済みなんだ。仕事が遅くなるとここで泊まる事もある」
カーネギー氏の言葉に何も言えない。
スイートルームを年単位で貸し切ってるって凄すぎる!
コリンヌも知らなかったようでびっくりしている。
「では、これまでの事を話してもらおうか」
落ち着いた声でカーネギー氏が言ったので、はしゃいでいた私とコリンヌはソファーに座った。
そして、私がコリンヌと間違えられスパイ活動を持ちかけられた話をした。
「この前もデーターの改ざんがあった。と言う事は、産業スパイが既に会社に入り込んでいるという事だ。それがシンブロス産業なのか、他の会社なのかはわからない」
カーネギー氏の話をコリンヌは真剣に聞いていた。
「ここで、シンブロス産業が君とこのクロ君を間違えてスパイ活動を持ちかけた。普通ではあり得ない事だが、もしかしたら、皆が社長秘書の顔を皆知らないからではないかと思う」
カーネギー氏の言葉にコリンヌは首を捻った。
「……私に届く書類は社内魔法便で届くので、私は仕事中は誰とも話しません。お昼も社長がいつ戻るかわからないので、休憩広場や外で食べた事はありません。だから皆、私の顔を知らない?」
コリンヌの話を聞いてびっくりした。
それは友達ができないわ。
社長以外と誰とも話さないなら、社内の人間もコリンヌの顔を知らない。それじゃあ、友達の作りようがない。
私は睨むようにカーネギー氏を見た。
「それって……他の部署と連携を図る為に、社内レクリエーションとかしないんですか?」
そう言ったら、カーネギー氏はうーんと唸った。
「確かに、コリンヌを商談に同席させた事はないし、他部署に連れて行った事もない。社員の話は商談室で聞いているから、やはり誰も社長室に来た事がない……」
カーネギー氏の言葉を聞いてびっくりした。
「コリンヌはそれで何年勤めてるの?」
「3年よ」
「そんなに長い間?仕事中は寂しくないの?」
私の質問にコリンヌは笑った。
「社長室と秘書室はね、秘密の宝庫だからお掃除はわたしが魔法で行うの。その後でね、日々社長に届く手紙や贈り物を整理するの。それから紅茶を入れて一休みすると、社長が入ってくるの」
そうやって笑うコリンヌはなんだか楽しそうだ。
そして不便を感じてないようだった。
「それに社内でも何人かおしゃべりする人はいるわ」
その言葉に私は食いついて、名前と部署を聞いた。
「……確かに。コリンヌが来るまでは秘書が定着しなくて困ったし、私目当ての秘書は仕事をしないから直ぐにクビにした。コリンヌを採用して良かったと思っている」
「ボスにそんな風に言ってもらえるなんて!」
コリンヌは嬉しくてウルウルしている。
「さて、ここからが私の提案です」
私はカーネギー氏とコリンヌを見た。
「このシンブロス産業のスパイ活動はいつまでなのでしょうか?まあずっとでしょうけど、とりあえず差し当たって潰したい何かがあると思うのです。スパイは誰かに罪を擦りつけるつもりなはずです。もしかしたら、全ての罪を誰も姿を見たことがない重要事実を知るコリンヌに擦りつけるつもりじゃないでしょうか?」
出た結論は、カーネギー氏はいつも通り出社する事。
コリンヌは、このホテルに住んで、色々な仕事をする事。
急ぎの用事は、カーネギー氏がホテルに来る事。
そして、たまに私がコリンヌのように出社してきて、裏階段から外に出たり、コリンヌの学校の日とスパイの日には夜、コリンヌのフリをして退社する事。
これが決まった。
「君の住む家を見たがびっくりした。かなりいい給料を払っているが……何故?」
カーネギー氏の質問にコリンヌは恥ずかしそうに答える。
「姉が離婚して子供を連れて身を寄せて来ました。それまで住んでいた所は狭くて…広い郊外に引っ越したんです。姉は働いてないから、これが精一杯なんです」
その返事を聞いて、カーネギー氏は優しく微笑んだ。
「姉思いだな。夜間学校に通っている理由も聞いたよ。君は頑張ってるね」
「ありがとうございます!」
カーネギー氏に労いの言葉をもらってはにかむコリンヌはすごく可愛いかった。
「あの…気になったんだけど、コリンヌはお姉さんに何も言えないの?」
私の質問に困った顔をした。
「私は子育てがわからないし、ほら。友達もいないでしょ?だから、姉が子供は手が掛かって働かないと言ったら、それが本当なのかわからないけど何も言えなくて…」
肩をすくめて困った顔をしたので、私はにっこり笑った。
「私の故郷では、早い人だと、1歳から子供預けて働くわ。でも、どの子供も3歳には子供同士が遊ぶ場所に行くのが普通なの。コリンヌの姪子さんはずっと家にいるのよね?同じ年の子供と遊ばなきゃ。子供だって友達が欲しいでしょ?」
私の説得でコリンヌはわかってくれた。
「今日からこのホテルに泊まってくれ」
「こんな高級ホテル!夢みたい!」
コリンヌは言葉も出ないようだ。
そしてカーネギー氏は私達を見た。
「明日、一度今後の事をちゃんと決めよう。本当に2人には恩に着る」
一連のカーネギー氏を見て、この人はメイベル殺害の犯人ではないと思えた。
みんなと別れてブルーノと馬車に乗った。
そしてすぐにメガネを外す。
「じゃあ早速、屋敷に戻りますか?」
この日は、ダイニングでブルーノとお話ししながらワインを飲んだ。
なんだか楽しかったけど、その日に見た夢は、涼木鈴の夢だった気がする。
次の日、メガネをかけて、ホテルに行くと、寝室の一つが既に秘書室になっていた。
「早いわね……。」
あまりのスピードにびっくりすると、コリンヌは笑った。
カーネギー氏も待っていてくれたようだ。
「やあ。昨日はありがとう。これは昨日話していた書類だよ」
そう言って1通の封筒を渡された。
「ありがとうございます!仕事が早いわ」
そう答えると、カーネギー氏は笑った。
「大切な秘書のためだからね。仕事を辞められては困る」
私はそんなカーネギー氏を見て笑った。
「じゃあコリンヌを訪ねて来た人がスパイだと疑われないように、情報管理はきちっとしてくださいね」
と言うと、カーネギー氏はハハハと笑った。
「ここは重要なお客様を招く部屋だったんだよ?プライベートを晒したくないお客様の為の部屋だから、寝室は全部、魔法管理できるようになっている。そこに入ったり資料を触れるのはコリンヌか私だけに設定して、設定を変えられるのは私だけだ」
「それを聞いて安心しました」
そう言ってコリンヌとホテルを出た。
それから馬車でコリンヌの家に私とコリンヌで向かった。
家のドアを開けると、お姉さんがイライラしながら待っていた。
「昨日、何故帰らなかったのよ!」
怒っているお姉さんを無視してコリンヌは話を続ける。
「姉さん、聞いて!昇給が決まったの!でもね。しばらくは支社を転々とするからホテル住まいになるの。でね、最終的には、隣国の支社に落ち着くかもしれないの。もう戻って来れないかもしれないのよ」
嘘の昇給を話すコリンヌに姉はイライラはおさまらないようだ。
……もしかしたら、コリンヌに嫉妬しているのかもしれない。
仕事が出来て、一流企業に勤める妹。
まだ若いのに昇給が出来て、家族を養える給料をもらっている。
かたや、離婚して子持ちで親族の家を転々とする自分。
きっと心に何かモヤモヤとした物を抱えているのかもしれない。
「それでね。申し訳ないんだけど。ここを引き払うから、早急に兄さんの所に引っ越してくれないかしら?」
そう言うと、姉は更にイライラした様子を見せた。
姉や姪が狙われないように引っ越して、ついでに自立してもらおう作戦が始まった。
「兄さんの所に行くと、子供を預けて働けって言うのよ?
自分の奥さんは働いてないのによ?」
姉の無茶苦茶な言い訳にコリンヌはひるむ。
そこで私が前に出た。
「こんにちは、私はコリンヌの同僚よ。コリンヌの勤め先でも、子供を預けて働いている人はいるし、子供も友達が欲しいはずよ?友達がいないなんて寂しいじゃない?」
私はにっこりと笑った。
「それでね。もしもの時のためにね。社長が用意してくれたの」
そしてあの手紙を渡した。
手紙は職業訓練所の斡旋の紙と、訓練所所有のアパートの申込書、そして、姪子さんのプレスクールの書類が入っていた。
「今のアパートは1週間ごとに家賃を払わないといけないからすぐに出ていかないといけないわ。でも職業訓練施設では1ヶ月更新だし、仕事もちゃんと紹介してくれるわ」
そうコリンヌが言って、姉を抱きしめた。
「姉さんにも幸せになって欲しいの。大変かもしれないけど、頑張りましょ?」
そして、その日のうちに、全部の手続きも終えて、引っ越しも済ませた。
さすが、カーネギー氏が裏で手を回しただけの事はあって、どこもすんなりできた。
しかも、訓練所の併設の寄宿舎はあのアパートより綺麗だった。