キスの距離
本日4回目の投稿です
「メイベルが好きだったの?」
この言葉を出すのには勇気が必要だった。
私はブルーノに一目惚れだったのだから。
しかも、知れば知るほど好きになってしまう。
そんな人に、『私の中に眠っているかも知れないメイベル』への愛情を聞くのはかなり辛い。
「嫌。メイベルの事は、妹だと思って接していた。だからどんなわがままも『兄』として聞いていたつもりだよ。メイベルの過去を調べるうちに、もしかしたら俺の事が出てくるかもしれないから今話した」
それを聞いて少しホッとした。
……顔には出てないよね?
私はなんとか平静を装った。
「わかった。話してくれてありがとう。私はブルーノを信じる。だから、ヴェロニカの事件の詳しい事を教えてほしいの」
「あの事件の時、俺は講師として学園に居た。ラボ立ち上げの資金を稼ぐためにアルバイトをしていたんだ。だから、詳しい事は本当に知らない。」
「正規の採用じゃなかったから詳しい事は知らないのね」
「その通り。知っている事といえば、授業中に起きた事件で、何故か、ヴェロニカという女生徒は授業に出ていなくて被害にあった事と、結局、入り込んだ魔物は見つからなかったって事だ」
「この図にある沢山の名前が誰なのかわからないのよ。でも、バツ印が付いていない3人は、タブロイド紙で確認できたわ」
「確かに、有名人だもんな。これを調べに図書館に?」
「そうよ」
私の返事にブルーノは笑った。
「クロはこの世界の事が分からなくて、家に閉じこもってても不思議じゃないのに、行動力があるな」
「まあね。普通に会社に勤めていたもの。なんでも一人で出来て当たり前」
私の返事にブルーノは頭を撫でてくれた。
「資金集めのパーティーにこの3人も呼ぶつもりなんだね」
「そのつもり。直接会ってみないとわからないから」
私はフフフっと笑った。
「メイベルの残した手がかりを書き写してもいいか?バツ印の付いている他の人物を調べてみる」
ブルーノは長い時間かかって書き写していた。
この窓もない部屋でメイベルは何を考えていたんだろう。
どんな闇を抱えていたんだろう。
物悲しくなって子供の頃のメイベルの写真を見た。
そんな私に気がついたのかブルーノは顔を上げた。
「クロ、そんな顔をしないでくれ。……メイベルと同じ顔なのに言動や表情が全く違って混乱する」
そして一歩私に近づいた。
「気がついてる?今……涙が溢れてるよ」
その言葉で私は頬を触った。
涙で頬が濡れていた。
「あれ?なんでかな?」
ブルーノはもう一歩近づくと私の涙を拭ってくれた。
「泣きたい時は泣いていいんだよ」
そう言ってゆっくりと床に座るように促し、肩を抱いてくれた。
「クロとは出会ってまだ数日だけど、君がすごくいい奴なのはわかるよ。メイベルの外見を使って金持ちを次々と凋落させるとか、メイベル中心の逆ハーレムを作るとか、考えたら色々できるのに、それをしない」
その言葉を聞いて私は思わずフフフと笑うと、また肩をギュッと抱き寄せてくれた。
「君は最高だよ」
優しい声でそう言われてまた涙が溢れる。
「じゃあここから悪いメイベルになるわ」
涙声の私の宣言を聞いてブルーノは笑った。
「いいよ。受けて立とう」
私は涙を拭った。
「メイベルを殺した犯人を探るために、ラブラのパーティーでは色々な男を凋落する悪女になるわ。でも覚えておいて。その中の誰も信用するつもりはない」
私はメイベルの子供の頃の写真を見てそう言った。
きっとメイベルもわかってくれるはずだ。
「無理はしなくていいんだよ」
ブルーノはそう言ってくれた。
私は殺されたくない。
私はゆっくり立ち上がり、メイベルの作った関係図を見た。
「私は負けない」
涙声でそう言うと、ブルーノも立ち上がった。
「わかったよ。クロの気持ちを尊重する。でも、何かする時は必ず教えてくれ」
そう言ってくれたブルーノを見て頷いた。
するとブルーノは悪戯っぽく笑った。
「色々な男を凋落する悪女になるかもしれないけど、なんでも許しちゃダメだぞ」
と言うと、いきなり唇に軽くキスをして抱き寄せられた。
心がザワザワする。
思わず私からもキスを返して腕を回す。
なんだか甘い匂いがした気がした。
「ほら。今、クロが俺に落とされた。このバツ印のついていない3人は、すごくかっこいいぞ。悪女になるんだろ?簡単に落とされるなよ」
その言葉に我に返って顔が熱くなる。
簡単にキスなんてしないでほしい。混乱する!
ブルーノを突き飛ばそうとしたけど、抱き寄せられた腕の力が思いの外強くて逃げられない。
「わかってるわよ。私は落ちてません!!」
そう言ったけど、ブルーノはまだ抱き寄せたまま離してくれない。
「ここに閉じ込めておけたら、危険な事をしないんだろうな。でもそうもいかないから、俺のウチに連れて帰る。あの何の魅力もない『早変わりメガネ』に時代遅れの服でも、声をかけられているんだから」
耳元で甘い声で言われて、心がざわつく。
「もう!メイベルは妹みたいな物なんでしょ?じゃあキスしたり抱き寄せたりはやりすぎじゃない?」
私は強い声でブルーノに抗議をして、腕から逃れようとする。
「妹思いの兄だから心配なんだよ。とりあえず連れて帰る」
ブルーノはそう言ってドアノブに手をかけると、秘密の部屋から出てしまった。
私はブルーノに抱き寄せられたまま、姿見の前に立っていた。
「成程。鏡の中に部屋を隠したのか。メイベルは思ったよりも魔力が強いんだな」
「いい加減離してほしいんですけど」
私の言葉で抱き寄せていた手を離してくれた。
でも、やっと離してくれたと思ったら、いきなり荷物のように担ぎ上げられた。
「なになに?」
「抱き上げたんじゃ暴れて危ない」
「はぁ?訳わからない事言わずに下ろしてよ」
私は足をバタバタさせて暴れたら、足を抑えられた。
そしてブルーノはドアを開けた。
「リトル!」
ブルーノが呼ぶと、どこからともなく飛んできた。
「メイベルを連れて行く。当分帰らないが家の管理はお願いできるか?」
リトルは楽しそうに飛び回った。
「大丈夫よ。スズキスズ、楽しんできてね」
リトルは呑気に飛び回らながそう言った。
何かを言う前に部屋から連れ出されて馬車に乗せられた。
馬車の中では何故かブルーノの膝の上に乗せられ、腰に手を回されて動けない。
「やりすぎじゃない?馬車から飛び出して逃げるとかしないわ」
私は呆れてそう言うが、ブルーノはにっこり笑って無視を決め込んでいる。