秘密の部屋
本日3回目の投稿です
美術館の後、馬車の中で薬が切れたのを確認してブルーノと別れた。
ブルーノはメイベルを殺した犯人ではないと思いたい。
今のところ、メイベルの死はヴェロニカの事件が関わっているのではないかと思っている。
その事について整理しようともう一度、朝のカフェに行った。
するとライザがちょうど帰るところだった。
「クロ、どうしたの?」
「あの後、何も食べてなくてお腹空いたのよ」
それを聞いてライザは笑い出した。
「ブルーノって、気が利かないのね。私、今からガイダ料理を食べに行くけど、来る?」
「ガイダ料理?何それ!」
「クロ、食べた事ないの?なら、行こう!」
ライザに誘われて行ったお店で出てきたのはカレーだった。
「カレーだ!私、大好物なの」
美味しく食べる私を見てライザは笑った。
「クロはどうしてこの街に来たの?」
どうして……転生したからだけど本当の事は言えない。
「田舎から出る時、知っている頼りになる人がいる街の方が都合がいいでしょ?だからよ。ライザは?」
「私も知り合いが居たからなの。でも……まだ会えてないのよ」
「それは親戚?」
ライザは寂しそうに笑った。
「違うわ。その人は、私の教師になりたっていう夢に反対しているのよ」
「素敵な夢だと思うけどな」
私はにっこり笑った。
「ねぇ、失礼な事言うけど、なんでそんな服着てるの?そりゃきっちりして見えるけど。凄くお硬い感じよ?クロって何歳なの?」
痛いところをつかれた。
でもメイベルだとバレるわけにはいかない。
顔も偽っているんだもの。
「22歳よ。ライザは何歳?」
本当の私は28歳だけど、ここはメイベルの年齢を伝える。
「一歳しか違わないのね!私は23歳よ」
ここからはライザに色々な事を教えてもらって仲良くなったので、連絡先を交換した。
「ライザってブルーノが好きなの?」
単刀直入に聞くと笑った。
「まさか!私と同じシフトで働いている女の子が、ブルーノの事が好きなのよ。クロがブルーノと親密そうだったからその日は仕事にならなくて」
「わかるわ!片思いってそうよね」
涼木鈴であった自分の経験を思い出してそう返事をした。
前世の私が恋愛らしい恋愛ができなかったのは、相手に何も言えなかったからだ。
大学の時、何度か付き合いそうになった。でも、何も言えなくて曖昧な関係が続き、気がつけば相手には彼女ができたって事があった。
自分からは何も言わないくせに、好意を向けられても関係を壊すのが嫌で逃げたんだ。
誰かを好きになっても、何も言えずに曖昧に物事を進めてしまい、結局は上手くいかない。
そうして涼木鈴の人生は終わった。
だからメイベルとしての人生は幸せになりたい。
ライザと別れてから、馬車に乗ってメイベルに戻った。
今の私の優先順位はなんだろう。
ヴェロニカについて調べる事。
メイベルの導き出した4人の容疑者候補に会う事。
そして、メイベルを殺した犯人を突き止める事。
それが解決したら、これからどうするべきか考えよう。
アパルトマンに着くと、すぐに秘密の部屋に向かった。
この関係図にあるバツ印の人に会って話を聞くにはどうしたらいいのかしら……。
やっぱり1人では限界がある。
ここはブルーノに協力を仰ぐべき?
まず、ブルーノにメイベルの殺された日のアリバイを聞くべきよね。
それから判断しよう。
今日は本当に緊張した……。
可愛いパグ達に癒されよう。
今日は紫の香油でマッサージしてもらった。
あの可愛らしい手を一生懸命動かしていて凄く癒されたー。
その日の夜夢を見た。
メイベルの過去だったような気がするけど思い出せない。
朝起きて、昨日、決めた事を実行しようと思う。
すぐにブルーノに手紙を送る。
『聞きたい事があるから、アパルトマンに来てほしい』
するとすぐにブルーノから返事があった。
『一時間後に行く』
その返事を見てから、コーヒーを飲む。
もしも自分の想像と違う答えだったら?
もしも曖昧なこたえだったら?
それも全部頭の中で答えを用意して、ブルーノが来るのを待った。
一時間後、ブルーノが訪ねてきたので、リトルに聞かれないようにプライベートジムの部屋で話を聞く事にして案内をした。
「メイベルはこんな部屋も作っていたんだ!」
ブルーノは驚いていた。
「ここにある機械の使い方がわからないから今度教えてね。今日はその話ではないの」
「どうしたクロ?」
ブルーノは優しく聴いてくれた。
「ブルーノ・ヘイスティングスさん。アナタはメイベルが殺された頃どうしてましたか?アリバイを教えてください」
真剣な私の表情を見てブルーノも真面目な顔になった。
「その時は1週間学会があったんだ。クロがメイベルとしてタクシーに乗った時間は深夜1時くらいとタブロイド紙に書いてあった。その時間は、ここから一時間ほど離れたネント市で学会に出た後、日付が変わるまでパーティーがあった。それからみんなで帰ってきたよ」
「それを証言できる人はいる?」
「もちろん、大勢いるよ」
その答えを聞いて凄く安心した。
メイベルが犯人と会って、そして殺されたであろう時間はブルーノはこの街にいなかった。
じゃあメイベル殺しの犯人ではない!
「よかった!それなら、今から私がお願いする事に何も聞かないで従ってほしいの」
私の真剣な様子にブルーノは頷いた。
「じゃあ何も聞かずにそこに座ってください」
私はブルーノに座ってもらうと、タオルで目隠しをした。
それから念には念を入れて、バスタオルで顔も隠した。
「では、ついてきて」
部屋から出ると姿見のある部屋に移動した。
リトルが騒がないように、ブルーノが来る前に、「前世で流行ってたゲームをする」と大嘘をついておいた。
リトルに「そのゲームって何?」と聞かれたので、何と答えようか迷って「かくれんぼ」と答えといた。
「だから、騒がないでね。リトルが場所を教えると私が負けて罰を受けるの。そんなゲームよ」と大嘘を教えといた。
姿見のある部屋に移動して、あの秘密の部屋の鍵を開ける。
そしてブルーノとあの部屋に入ってからブルーノの目隠しを外した。
「……この部屋は?」
ブルーノは驚いていた。
お洒落とは言い難い部屋をブルーノは見回した。
新聞の切り抜きなどが無造作に置かれた部屋。
「メイベルの秘密」
私はそう呟いた。
ブルーノは『ヴェロニカ』と書かれた関係図を見て動きが止まった。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた線が沢山の人物につながっていく。
そして大半の人物の名前にはバツ印がついているのに、ブルーノの名前にはバツ印が付いていない。
それをどう思って見ているんだろうか?
私はじっとブルーノを見つめた。
「これをメイベルが?」
ブルーノは力無く呟いた。
「…ええ。いつ作って、いつからあるのかは不明よ」
ブルーノばガックリと項垂れた。
「メイベルは、俺を信用しきってはいなかったんだな」
その声から悲しみが感じ取れる。
「……ごめんなさい。見せない方が良かった?」
「嫌。そんな事はない。見せてくれてありがとう」
ブルーノは私を見て笑顔を作ったが、その顔はやはり悲しそうだった。
「メイベルはこの事件を調べていたのか。この時期、俺は確かにあの学園に居た。魔道具についての授業を受け持っていた。この事件が起きたのは、授業中だった」
そう言いながら、すごい速さで机の上の資料に目を通して行く。
「何故メイベルはこの事件を調べてるのかしら?このヴェロニカ・キーナンって誰なのかな?一応、メイベルの残したメモを総合すると2歳下の妹という事になってるんだけど」
私の疑問にブルーノは少し黙って何かを考えていた。
「調べてみる必要があるな。ただ……俺は犯人ではないが、俺は君に一つだけ嘘をついた。これを今言うと君の信用を失うかもしれないかもしれないけど、この事件を調べるなら一応伝えないといけない」
「どんな嘘?」
私は少し疑い深い声で聞いた。
「メイベルの事は10歳くらいまで知っている。メイベルの母親は侯爵家で住み込みで働いていた。住み込みの雇われ人が多い家だったけど、その子供は、ほとんどが幼児でメイベルはその面倒をよく見ていた」
「何故そんな事知ってるの?」
ブルーノはもしかしたら何かを隠しているのかも……そんな気がして質問した。
「きっとメイベルは息抜きがしたかったんだろう。侯爵家に隣接する空き地で魔道具を解体している俺の所に、よく迷い込んできた」
思い出を語るブルーノはなんだか幸せそうだった。
きっとブルーノにとっては凄くいい思い出なんだろう。
「メイベルが俺の名前を知っていたのかはわからない。ただ、俺はたまたま見た映画に12歳のメイベルが出ていて、すぐにわかった。その後、メイベルはどんどん有名になっていった。そしてメイベルと再会したのは、4年前。メイベルが引退した後だ」
ブルーノは写真立ての幼いメイベルを見た。
「あの時、ラボの立ち上げメンバーだった俺は出資者を探していた。そこに名乗りをあげたのがメイベルだ。メイベルが俺の事を覚えているのかわからない。最後に会ったのは多分、メイベルが10歳くらいの頃だ。だから、あの頃の話をした事はないよ」