DHAは入ってませんよ?
『――あの学園に行くと世界の見え方が変わるぞ』
父さんの言葉を信じて受験した月詠学園。倍率が凄く高かったけど、なんとか頑張って合格した新しい学び舎。僕はここから新しい1歩を踏み出すんだ。
そう決意して門を潜ったハズなのに早速僕はピンチに陥っていた。
じぃ――――っ
見ちゃダメだ見ちゃダメだ見ちゃダメだ見ちゃダメだ!
今隣を見たら確実にヤラれる。
月詠学園の入学式を終え数日。本当は入学式の伝説的な演説やこの学園の摩訶不思議を話題に出したいけれど今はそれどころじゃない。
まだ探り探りの雰囲気のクラスで僕は冷や汗を流していた。
「……ねぇ二句森くん」
「ひゃいっ!」
各教科のオリエンテーションが終わった授業の間の休み時間。僕は隣の席の女の子に声をかけられた。
「二句森くんの目って綺麗だね……うぇへへ」
視界の端でなんとか隣の席の女の子を捉える。確か名前は四十万八重さん。目の下の涙袋が特徴的な女の子だ。
あと、長い黒髪が僕の性癖ドストライク。普通ならこんな美人さんに話しかけられたら舞い上がってしまうけど……今はそんな状況じゃない。
「し、四十万さんも……きききき、綺麗な髪だね……あははは」
震える身体に鞭打って、彼女を刺激しないように言葉を選ぶ。
「うぇへへへ、嬉しいなぁ。とっても嬉しいなぁ」
頭の中の女の子は「うふふっ」「えへへっ」と笑う生き物だと思っていた。事実、中学まではそんな女の子ばかりだった。だけどそれは幻想で、彼女から発せられた言葉は「うぇへへ」……それもちょっと危ない感じの笑い方なのだ。
『十蔵。あの学園はな……個性が豊すぎるからな! ガハハハッ』
父さん……豊どころでは無いです。実りの季節ではあるけれど、こんなデンジャラスゾーンは勘弁して欲しいです。
「ねぇ、二句森くん」
「ひゃいいっ!」
「そんなに怯えなくてもいいよ?」
「し、四十万さん!?」
近い近い近い近い近いよぉ。
彼女は自分の席から離れて僕の目の前まで迫ってくる。
あぁ、でも……綺麗な人だな。
こんな人に迫られるのも悪くないかも。
「二句森くんの目、ホントに綺麗だなぁ――ねぇ? 食べていい?」
はい?
待って待って待って。
一旦落ち着こう。
彼女はなんて言ったのかな?
「ねぇ、食べていい?」
深呼吸をしろ十蔵!
肺に空気を貯めろ!
脳に回せ!
ここで返答を間違えたら僕は終わる!
走馬灯のように過去の映像と知識をフル活用して導き出した僕の答えは……
「でぃ……」
「でぃ?」
キョトンとした顔がとても可愛く一瞬飲み込まれそうになる。誘惑を振り切り僕は言う。
「DHAは入ってませんよ?」
あぁ……これは終わったな。
こんな変な返しを女の子にしてしまった。折角お近づきになれると思ったけど仕方ない。
「うぇへへ……大丈夫」
「へ?」
大丈夫?
何が大丈夫なのだろう。間抜けな顔で返す僕に彼女はさらに危ない顔になる。
「二句森くんのDNAは入ってるから」
「あっ――」
父さん、ここは個性が豊かすぎるどころじゃないです……人外魔境です。
こうして僕、二句森十蔵と隣の席の四十万八重さんは出会ったのだ。今思えば衝撃的な会話内容だけどそれもいいかな。
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