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第15話 基本的に枕崎さんは一人で帰らない

 オニオンスープをなんとかできないか思案した結果、キッチンペーパーとザルを使って濾すことにしてみた。これが意外とはまり、少しコショウが辛いなと思える程度まで味を落ち着けることができた。


「どうにかなりそうか?」


 枕崎さんが料理に関して質問してくるなんて珍しい。いつもは俺に任せっきりで出てきたものを食べるだけなのに。

 枕崎さんなりに俺のことを気にかけてくれているということなのかもしれない。


 なお、枕崎さんの呼び方については先輩呼びするのが何だか気恥ずかしく、結局さん付けのままにすることにした。


「まあ、少し辛いですけどなんとか食べられるレベルにはなりましたよ」


「なんとか食べられるレベルじゃなくて、うまいって言えるレベルにしろよ」


「あの大事故からリカバリーしただけ褒めてくださいよ。それに……」


 枕崎さんの方に振り向き、焦らす様に間を空けて、力強く輝くその目をじっと見つめる。

 

 見つめられて気恥ずかしくなったのか、枕崎さんは目を横に逸らして、いつもよりも上ずった声で俺に問いかける。


「『それに』、なんだよ?」


「どんな味のものでも全部食べてくれるんですよね?」


 わざとにっこりと微笑みながらさっきの枕崎さんのセリフを引用する。


「……お前なあ、いつか覚えてろよ、マジで」


 自分で言ったことだから反論できないのだろう。悔しさがにじむ声で負け惜しみとしか思えないようなことを言っていた。


「でも食べてくれるんですよね?」


 自分でもびっくりするぐらい煽りにいってしまう。

 ほんとなんでだろうか。なんか枕崎さんと話しているとついついからかいたくなっちゃうんだよな。

 塞ぎこんでいた気分を晴らしてくれた、ある意味借りがあるとも言える相手に対してとる態度ではないというのは我ながら分かっているのだが、勝手にこうなってしまうのだ。

 これが俺と枕崎さんの自然な距離感ということなんだろう。

 枕崎さんの方もきっと嫌がってないと思う……たぶん。


「……食う……」


 不承不承という言葉の見本と言ってもいいような表情をしているものの、内心実は楽しげにしているのが伝わってくる……ような気がする。


「だから、ちゃんとうまいもん作れよ」


 それまでの不貞腐れた様子から打って変わって、その瞳はしっかりと俺の目を見ていた。


「了解です。枕崎さんに――」


「あっ、あの! 私、この後用事があって、か、帰ります」


 「『うめぇ』と言ってもらえるものを作りますよ」と続けようとした言葉は、突如上がった大きな声に遮られた。

 声の発生源は汐月さんだった。ここまで大きな声を出す汐月さんは初めてみたかもしれない。枕崎さんと俺の会話が続いていて、言い出すタイミングがなかったから大声を出さざるを得なかったのだろうか。だとしたら、申し訳ないことをしてしまった。


「ん? おう。んじゃあな」


 枕崎さんの挨拶に軽く会釈を返すと汐月さんは家庭科室から出ていった。


 それにしても珍しい光景だ。汐月さんが一人で帰るなんて。

 汐月さんが部活に来たときは、必ず枕崎さんが帰るタイミングに合わせて二人一緒に帰っていたのに。




「部活に来た日に汐月さんが枕崎さんよりも先に帰るなんて珍しいですね」


 少し気になったので、食事をしている最中に枕崎さんに質問を投げかけてみた。


「言われてみると――確かにそうかもな。まあ、でも、本人も用事をあるとか言ってたし、急用でも思い出したんだろ」


 枕崎さんも少し気になっているようで、珍しく戸惑うような口調だった。


 普通に考えれば枕崎さんの言ってることが正しそうなのだが、こと汐月さんに限ってそんなことがあり得るだろうか。

 より正確に言えば、枕崎さんと過ごす時間がかかった状況で汐月さんがその時間を減少させてしまうような用事を忘れるなんてことがあり得るのだろうか。


 例えば、俺が放課後に汐月さんを屋上に呼び出して、枕崎さんが一人家庭科室で待っているという状況を想定してみる。

 

 最初の関門は呼び出し方だろう。

 「放課後に話があるんで屋上に来てもらっていいですか」みたいな感じで声をかけたら、可愛らしく首を傾げながら「そ、それは命さんがいる前ではダメかな?」とでも返されてしまうだろう。

 そこでなんとか粘って呼び出しに応じてもらえたとして、次の関門だ。


 まず間違いなく屋上には汐月さんが先についているだろう。

 三年の教室は四階、一年の教室は二階と、汐月さんに地の利があるから当然だと言えなくもないが、仮に授業が長引いたとしてもブッチするなりなんなりして先に屋上に居そうなのが汐月さんの怖いところだ。

 そして、こう言うのだ。「よ、呼び出しておきながら、後から来るんだね、桜井くん」と。

 その皮肉にも負けず、なんとか話し始めても十秒と経たず、「ま、まだ、その話は続くのかな?」みたいな感じで、『早く終われよ、命さんと過ごす時間が減るだろうが』と言外の圧力を掛けられるのだ。


 最後の関門は、なんとか全ての要件を五分以内に済ませたとしても、おそらく汐月さんのブラックリストに載ってしまうということだろう。

 一度記載されたが最後。俺は永遠に、枕崎さんとの貴重な時間を奪った人間として汐月さんの中で恨まれ続けるのだ。

 もはや、これは関門でもなんでもなく、不可避の事象なのだ。


 汐月さんと出会って一ヶ月と経っていないがおそらくこの想像はさほど外れてはいないと思う。

 うちの部活メンバー、俺以外ヤバ過ぎるだろ。


 まあ、そんな汐月さんでも部活に来ない日が週に一回はあるのだが。


 疑問に思って、なぜ部活を休んだのか聞いてみたことがある。そうしたら、塾があるからと返されて、そう言えば、汐月さんも今年は受験だもんなと納得した。


 が、その後すぐ、枕崎さんよりも塾を優先するなんて以外だなと思っていったら、どうもそれが声に出ていたらしい。

 如何にも恋する乙女と言った様子で、はにかみながら、『だ、だって、いつか命さんのこと養う日が来るかもしれないから、い、いい大学に行って、いい会社に就職しとかないと』と言われたときには戦慄が走った。


「やっぱりあんまり想像できないんですよね」


「なんだ? そんなに和奏のことが気になんのか? お前もしかして和奏のことが好きなんか?」


 うぜぇ……


「あっ、僕もそろそろ帰るんで、後はお願いします」


 ちょうど食べ終わったので、ニヤニヤしながら小学生みたいな発想で絡んでくる枕崎さんをおいて帰ろうとしたら、めちゃくちゃ拗ねた雰囲気を醸し出され、枕崎さんが片付け終えるまで待つ羽目になる。

 しかも、その流れで枕崎さんと二人で帰ることになり、道すがら延々と、あれが美味しかった、これが美味しかった、今度はあれが食べたいと、枕崎さんが食べたいものをリクエストされ続けるという謎の拷問にあった。

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