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第10話 無理です!

 俺が料理部に入部したことがクラス中に知れ渡り、注目の的となった日から早一週間が過ぎた。

 

 クラスメイトの方は落ち着いた。というよりも、最初数日間の俺の姿のくらまし方が凄まじかったからか、みんな俺を遠巻きに眺めるようになり、誰が話しかけるのか譲り合うような状態になっている。


 基本的に誰が話しかけるか互いに譲り合った挙句、クラス一空気の読めない男こと、ツンツン頭君に視線が行きつく。みんなの視線を受けた彼は、意を決して話しかけようとするのだが、俺と目線があった瞬間、引きつった愛想笑いを浮かべ、席に戻っていくという光景が繰り返されていた。


 たまに、視線が足鹿さんに行きつくときもあるのだが、足鹿さんが困ったように笑うと、足鹿さんが無理なら仕方ないかといったような雰囲気で自然とクラス内の空気が整っていく。

 さすが足鹿さんといったところだ。足鹿さんはどうやら学級委員長らしく、クラスメイトからはクラスのお姉さん役として見られているようで、人望も厚い。


 そんな慣れ親しんできた俺の日常をかき乱すのはいつだって、この人だ。


「桜井、腹減った」


 ドア付近からこの階にはいないはずの人の声が聞こえてくる。

 決して大きくはなかったはずなのに、昼休みに入りざわつく教室内でも不思議と通る、張りのある声だった。

 

 とりあえず聞かなかったことにしよう。


「おい、桜井。腹減った」


 予想外の人物の来訪により、数秒前とは打って変わり、静まり返っていた教室内に再び声が響き渡る。

 しかもイラついているのか、今度は足のつま先でコツコツと床を小刻みに叩く音まで聞こえてくる。

 

 そんな覇王様の様子を受けてか、クラス中から集まる視線が「はやく行け」と言っているのを感じる。


 めんどくさい、相手にしたくない、そんな思いがグルグルと頭の中を駆け巡るが、これ以上クラスメイトに迷惑をかけるのも忍びない。

 仕方がない、諦めるか……


「あれ、枕崎さんじゃないですか、昼休みにわざわざ一年の教室まで来るなんてどうしたんですか?」


 さも、今、気が付きましたというように、やけに高い声を出しながら、席を立ち、枕崎さんの待つ教室の入口まで向かう。


「……腹減った」


 こちらを疑っているのか、訝しげな顔だ。


「この階には購買でも食堂でもないですよ。どっちも一階です。忘れちゃったんですか?」


「金がねぇんだ」


 額に青筋を浮かばせ、何かをこらえるように体を震わしながらも、そんな可哀想な事情を教えてくれる。

 この人でもたまには怒りを抑えることもできるんだな。


「それはあれですか? 僕に何か作れって言ってるんですか? 無理ですよ。昼休みあと三十分しかないんですよ」


「腹減ってんだよ」


「知りませんよ。放課後まで我慢してください」


 俺が折れる気配がないのを感じてか、少し考え込んでいる。


「……冷蔵庫に入ってるもん適当に食い散らかすぞ」


「冷蔵庫に入ってるものって、ほとんどが肉か野菜ですけど、生で食べるんですか?」


 俺が入部して以来、枕崎さんの間食は減り、冷蔵庫の中からはスナック菓子が駆逐され、健全な状態となっているのだ。


「……野菜なら食えんだろ」


「今、冷蔵庫に入ってる野菜って、確か——ジャガイモ、タマネギ、ピーマン、里芋だったと思うんですけど、どれを生で食べるんですか?」


「…………ジャガイモ」

 

 よりによってそれを選ぶのか。芽を食べてお腹を壊している絵しか想像できない。

 タマネギならオニオンサラダという手もあったろうに。水にさらさないと辛すぎて食べられないかもしれないが。


「そう言うなら、どうぞ。ジャガイモを食い散らかしていただいてかまいませんよ」

 

「……じゃあ、食うぞ」


「どうぞ」


「本当に食うぞ」


「ええ、どうぞ」


「ジャガイモが無くなっても知らんぞ」


「はい、どうぞ」


「……家庭科室行ってくる」


 そう言うと、こちらに背を向け廊下を歩んでいく。

 いつもと変わらぬように見えるその背中にどこか侘しさを感じてしまうのは先ほどまでの会話があるからだろうか。


 このまま放っておいたら本当にジャガイモを生で食べるんだろうなあ。

 意地っ張りだもんなこの人。

 

 仕方のない人だ。



「分かりました、分かましたよ。作ります。けど、この時間からじゃ本当に簡単なものしか作れないですよ。それでもいいですか?」


「いいぞ」


 俺の言葉を聞いて振り向いた枕崎さんは、まるで少年のように無垢な笑顔を浮かべていた。


 ああ、本当にこの人は——




「じゃあ、行きますか」


「おう」


 * * *


「なあ、お前、将来料理人になんのか?」


「急にどうしたんですか?」


「料理うめぇから、料理人になんのかなって思っただけだ」


「なりませんよ」


「なんでだよ」


「僕は料理そのものよりも食べることの方が好きなんですよ」


「だから?」


「せっかく作った料理を一口も食べることができず、目の前でどこかへと運ばれていって、見知らぬ他人が食べた後の皿だけ返ってくるなんて、ある意味拷問じゃないですか」


「なんだそりゃ?」


「なんだそりゃと言われましても。そのまんまの意味ですよ」


「よく分かんねぇな」


「ほんとにそのまんまなんですけどね。あと、まあ、料理の才能がないってのも少し理由としてはあります」


「……そうなのか?」


「そうなんです」


「……才能が欲しかったか?」


「どうでしょうね? なんとなくですけど、才能があったら、僕はそのせいで食事も料理もどっちも楽しめてなかった気がするんですよね」


「…………かもな」


 枕崎さんと肩を並べ、二人、家庭科室に向かって廊下を歩きながらそんな話をした。

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