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第1話 君たちが夢じゃないと言うのならば

 深い眠りから覚めるような心地を浸りながらも、目を開けるとそこは――見知らぬ学校の見知らぬ教室であった。


 * * *


 桜井(さくらい)贈太(そうた)は、自他ともに認める食道楽と呼ばれる類の人間である。


 だから、『もし明日隕石が落ちてきて地球が滅びるとしたら何をしますか?』という質問をされた場合、迷いなく、美味いものを食べ尽くすと答えるだろうし、食道楽を自称する人であれば、同じような内容の答えになるだろうと思っている。


 では、食道楽を自称する人に、『もし仮に、自宅でシイタケを焼き、その香りを前にものすごく楽しみにしていたのに、手を合わせてほんの少し目を閉じている間に、見知らぬ教室に転移していたとしたら、どうしますか?』と質問したらなんと答えるのだろうか。


 俺が質問された側だとしたら、質問意図が謎過ぎて、まず間違いなく思考が一時停止してしまう。


 その上で、相手が親しい友人であれば、「最近、仕事が忙しくてさー」などと全力で話題を逸らしつつ、「何か悩みがあるなら聞くよ」とカウンセリングを始めただろう。


 あまり親しくない間柄や見知らぬ人からの質問であったなら、哀れみの目線を向けつつも、速攻でスマホでググり、「近くにいい病院があるらしいですよ」と精神病院の場所を教えてあげただろう。


 少し前までならば、そのように答えていたであろう。

 そう――少し前までならば。


 では、今ならば、どのように答えるのだろうか。


 答えは簡単。



 くそくだらない自問自答をしながら現実逃避をする、だ。



 なぜなら、今まさに俺が質問のとおりの状況に陥り、現実逃避をしている真っ最中であるからだ。


 ――いや、おかしくない? つい数秒前まで自宅にいたよね?

 二十代も後半に差し掛かったおっさんには、気が付いたら、高校生っぽい人たちに囲まれながら授業受けてました、みたいなファンタジーな展開ついていけないんですけど。


 内心テンパりつつ、さらなる現実逃避のために、眼前の授業風景から目を逸らし、窓の方へと顔を向ける。

 そこには、俺の心境なんか知ったことかと言わんばかりに、清々しく晴れわたる空が広がっていた。




 しばらくの間、空を眺め、少し落ち着いて考えたことは、これは夢ではないか? ということであった。

 少し目を閉じている間に寝落ちしてしまったというのは、いかにもありそうなことだ。


 そう自分を納得させようとするが、目に映るのは、空の明るい青色に雲の白色。校庭の土の白みがかった茶色。木々の葉の若草色。赤錆色をした校門と、その奥に見える大型トラックの鈍い銀色など、あまりにも色彩豊かな光景だ。

 生まれてこの方、モノクロの夢しか見た記憶のない俺からすると、夢と言われても違和感しかない。


 また、窓から吹き込む柔らかな風が肌を撫でる感覚がある時点で無駄だろうなと思いつつも、べたに頬を抓ってみる。

 当然のように感じる痛みに、なにか損をした気分になる。


 さらには、先ほどから耳に届いている初老の男性教師が源氏物語を読み上げる声も、音が空気を、鼓膜を震わす感覚があり、夢を見ているときの感覚とは全く異なる。


 こうなると、これは夢ではないかという説を肯定してくれる可能性が残っているのは五感のうち、味覚と嗅覚だけである。


 口に何も入っていない現状、味覚はパスして、目を閉じて鼻に意識を集中するが、案の定、どことなく懐かしい学校の匂いとしかいえない独特の匂いが感じられた。


 五感さんたちの投票によると、現実が四票、白票が一かぁと、天を仰ぐ。

 残るは第六感、すなわち直感だけだが……


 謎のテンション、かつ、やけっぱちになってきたせいか、五感それぞれが全身真っ黒な人型をとり始め、円卓を囲み、固唾を吞みながら、議長である第六感の最終ジャッジを待つ場面すら幻視し始める。


 ダララララとドラムロールが鳴り始め、緊張感が漂う中、ダンッという音とともに、議長第六感が大声で叫ぶ。


『ギルティ!』


「ギルティって、どっちやね~ん!」


「そこ、授業中にうるさいぞ」


 思わず、なんでやねんポーズをとりながら、大声で突っ込んでしまい、クラス中の視線が集まるとともに、教師からの注意が飛んできた。


「あっ、すんませんでした」


 と、何ともない風を装って謝罪の言葉を口にするが、心の内では、これ以上ないほど羞恥心が膨れ上がっていた。


 謎テンションが消え去ったことで眼前から消えゆきつつある議長の幻を八つ当たり気味に睨みつける。

 睨まれた議長は、舌を軽く出しながら、胸元で両手を合わせて、メンゴメンゴと口パクで謝った後、「現実」と書かれた紙を掲げながら消えていった。


 いろいろと思うところはあるが、五感のほとんどと第六感までもが現実であると感じているのならば、自分をごまかし続けるのにも限界がある。


 認めるしかないのかと、ため息をつきながら、俺は目の前の光景を嫌々ながらも現実として受け入れていくことにするしかなかった。

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