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trance world  作者: 篠田幸彦
プロローグという名の前戯
5/11

吐瀉物でパズルは出来るか

『全てを失った』俺は、これから何をすればいいだろうか。

……厳密には『全てを忘れた』俺なんだろうけど。


きっと人間はこんな『度を越した非常事態』には冷静になれるシステムでも備わっているのだろう。

さっきから、焦るという感情が何一つ湧いてこない。

不思議なことに俺はそれをとても静かな、とても心地の良い心情だと思った。

街中の人々は俺がまるで空気か何かと思っているかのように、街の交差点でぽつんと突っ立っている俺を通り過ぎていく。

これもまた、何故か嬉しいとまでではなかったがいい気分ではあった。


『全てを忘れる』前の俺はどんなやつだったのだろうか

と、ふと思った。

でも、今考えたところでそれが分かるはずもない。

今ある情報は、俺自身の容姿、衣服、あと口に突っ込まれていた汚い紙切れだけである。

あまりにも少なすぎる。これでは無理だと言っても過言じゃない。


なんならこの紙切れは使い物になんてならない。

はっきりいってただのゴミクズだ。なんの価値だってない。何となくもう一度紙を開いて、またグチャグチャに丸め直した。


ゴミに気を取られて自分を見ることを忘れていた。

……自分を見るなんてなんと言うか、ナルシズム的な何かを感じてしまうが。そんなことを言っている場合ではなかった。

別に『焦っていない』だけであって、『帰りたくない、思い出したくない』という訳では無い。


取り敢えず近くに鏡のようなものがあるか探してみる。


正面には規則的に建物が並ぶつまらない道が。

右手には森が。

左手に……あった。


大きな建物に窓のように取り付けられた大きな鏡。

どこかで見たような風貌だが思い出せなかった。

でも、目的の対象は見つかったので左に曲がって、そのまま歩いていく。


かつ

かつ


モノクロのレンガの道に革靴がぶつかって音を鳴らす。


かつ

かつ

かつ


こん


立ち止まって自分の顔や服装を見てみる。

黒い髪

焦げ茶の小さい黒目

……目尻が軽く赤みがかっている。

軽く腫れている右の頬

左目の下のほくろ

雑に腕をまくっているパーカー、中にはワイシャツを着て、下には黒い学ランのズボンを履いている。


特に自分の風貌を見ても、何も得られるものはなかった。

いや、何もないでは語弊があるだろう。

少なくとも、『これ』を見た時点で俺にとってのいい情報は何一つないことだけは分かったかもしれない。


泣いた後のような目に、おそらく殴られたかのような右頬。どちらも触れば軽く痛みを感じた。

何があったのか知りたいような、知りたくないような曖昧な感情が俺の中で蠢いていた。




……目的を果たしてしまったので、今度こそ何もやることがなくなってしまった。

やることも無く、ただ無心で右頬の赤みを取り敢えず鏡越しに見つめている。流石に記憶が無いとはいえ自分の体だ。(多分)

気になるものは気になるのである。

……





しばらく時間が経って、自分の顔を見るのも飽きてしまった。帰ろうにも帰る場所が分からないのでどうしようかと、ここに来るために来た道を戻ろうとした時だった。


「そこで何をしている。」


「んぎゃっ!?」


唐突に誰かに声をかけられて気色の悪い声を上げる。

振り向こうかとも思ったが、鏡越しに声の主を見て俺の体は固まった。それと同時にこう思った。



……おそらくここに俺の家はない……ということを。

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