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「初めまして。神崎昭人と申します」
金色の髪をしたイギリス系ドイツ人に挨拶をした。
「ああ、リチャード・グリーンだ」
26歳の俺は商学部を卒業して、イギリス系外資企業に就職。海外事業部で学び、4月から専務秘書に抜擢された。目の前の人物は、イギリスに本社を置く大企業の直系親族の一員。
イギリス人の母親とドイツ人の父親を持ち、母親が創業者一族。オックスフォードを卒業し、本社で実力者として君臨。30歳の若さで日本とアメリカ、インドと各国支社を飛び回っている。
この企業は、日本に30年程前支社を作り、多岐に渡り事業を展開している。俺はある目的を持ち、この企業に就職した。勿論、専務秘書となるべく、功績をあげ、着々と作戦を立て、戦力的にこのポジションに着任したのだった。
「君は、大層優秀だと聞いている。拘束時間が長いが、休憩時間は私室を使ってくれ。仮眠室が2部屋ある。左側が私だ。君は右側の部屋だ」
「はい。分かりました。宜しくお願いします」
俺は、今回3回目になる、このやり直し人生に気合いを入れて、返答した。
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「しっかりしろ!救急車を呼べ!!ああ酷い…」
救急車…?なんの為に?
何があったのかと…直後に痛みに呻き声を上げた。声が出ない。手も動かず冷たい空気の中、生温かい何かが触れる。
「……か、はっ」
次から次へと口から血が溢れ出し、呼吸を遮られ噎せ返った。
「……っ……ふっ」
気道に血液が入り込み、肺を塞ぎ呼吸が出来ない…。身体が切り裂かれる痛みが…段々麻痺してきた…。
「おい、救急車まだか!?」
周囲の人の会話が聞こえる…。
俺は頬に次々と落ちる雪の冷たさを感じながら、そうか…刺されたのだと思い知る。
(ははは、ついてねぇなぁ……)
俺はリチャードがいるレストランに目を向けた。
騒動に気が付いたレストラン従業員達の騒ぎに、中から客が次々と飛び出して来る。その中にリチャードが俺の姿を探している声が聞こえる…。
「昭人!!昭人ーーーー!!」
倒れた俺を見付けコートを落とし絶叫している。血相を変え俺に駆け寄ってくる。
「昭人!!昭人……っ!!」
(……ああ、嬉しい…俺の手を握ってくれるのか)
俺はほっと息を吐き生まれて初めて神に感謝した。2度目の死は、リチャードではなく良かったと笑みを浮かべる。
(……これ、死ぬな。3回目でリチャードに又会えると良いなぁ)
腕も脚も動かず呼吸もろくにできず、弱い心臓の音。今回の生も酷く痛く苦しくはあったが、不思議と死への恐怖は無かった。今度こそ…今度は幸せになりたい。貴方の傍で…。
「しっかりしろ!!誰か!助けてくれ…私を置いて逝かないでくれ…。お願いだ…頼む」