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迷宮保険  作者: 井上啓二
プロローグ 線画迷宮
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解呪★



 アッシュロードさんとわたしは迷宮の地下二階を南東区域に向かって進んでいます。

 上層である一階への梯子から、まずは北へ。

 そしてそこから今度は西へ。

 扉をひとつ潜って、一区画(ブロック)幅の回廊をさらに西へ進みます。


 前を行くアッシュロードさんの背中は相変わらず隙だらけ……に見えて、わたしの方が落ち着きません。

 武器も抜いておらず、まるで “初めてのお使い” に出た幼い我が子を見守っているお母さんの心持ちです(ん? 全然違う?)。


 やがて、わたしたちは迷宮の西の端に行きつきました。

 行きついたはずなのですが……。


「……え? どうして」


 目の前には分厚く冷たい自然の岩盤ではなく、これまでと同じような回廊が続いています。

 地図の上では間違いなくここには岩盤の外壁がなければおかしいはずなのに。


「迷宮の歪みの最たるものだ。西と東が次元連結(ループ)されている」


「それじゃ、今目の前に見えているのは……」


「ああ、地下二階の()()()の回廊だ」


「……」


 もう言葉が出ません。

 この迷宮はわたしの……わたしたち異世界からきた人間のことわりの外に存在する魔境なのです。


 目の前の回廊はほんの一区画先で南に折れています。

 これが真っ直ぐに続いているなら、探索者はすぐに異常に気づくでしょう。

 ですが、わずか一区画では次元連結(ループ)に気づかないかもしれません。

 地図を作成(マッピング)をしていれば、当然狂いが生じるわけです。


 わたしは、ダンジョンマスター(この迷宮の創造者) “大魔女アンドリーナ” の嘲笑が聞こえた気がしました。


 アッシュロードさんとわたしは迷宮の “西の端” から “東の端” へ()()()()()すると、回廊に沿って南に向かいました。

 西側に規則ただしい間隔で出現する扉を無視して進むこと九区画。

 先を進むアッシュロードさんが立ち止まりました。

 今度もまた西側に扉があります。

 

“突入用意”

 訓練場で嫌というほど教え込まれた探索者用のハンドサイン。

 わたしは頷くと角灯を腰のカラビナに吊り下げ、両手で “堅い杖” を握りました。

 大きく息を吸い込んで身構えます。

 迷宮の澱んだ空気は不快でしたが、それでも酸素が必要だったのです。


 1、2、3――ダンッ!


 指を三本立ててから、(ロングソード)を抜いたアッシュロードさんが扉を蹴破り玄室に躍り込みました。


挿絵(By みてみん)


「“腐乱死体(ゾンビ)” 、数は七だ」


 わたしが玄室に入るなり、アッシュロードさんが冷静な声で伝えてくれました。

“認知” の加護の恩恵で、一瞬で玄室に巣くっていた魔物の正体を見極めたのです。


 二区画四方の玄室に充満する、顔を歪めるほどの腐敗臭。

 角灯の光の届くギリギリの距離で、七つの人影がこちらに向き直り緩慢な動作で近づいてきます。

 差し出した腕から腐汁が噴き零れ……指が一本、床に腐り落ちました。


 噂をすれば影が差した……のでしょうか。

 先ほど話しに聞いた、この階層で出会いたくない魔物 “その1” です。


「数が多い。 麻痺(パラライズ) がやっかいだ。接敵される前に “解呪(ディスペル)” する。合わせろ」


「は、はい!」


 “解呪” とは聖職者(僧侶や司教)――それに君主(ロード)が持つ特別な能力です。

 帰依する神に祈りその聖なる御力を借りて、不浄なる者(アンデッド)と呼ばれる魔物を退散させることができるのです。


「行くぞ」


「い、いつでも!」


「厳父たる男神 “カドルトス” よ――」

「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――」


 アッシュロードさんとわたしが、同時に祝詞を唱えます。


 韻を踏み、印を結ぶ。

 女神に祈りが届き、精神がその御胸に抱かれる高揚感と幸福感が心に満ちます。

 身体の中を清浄なる風が吹き抜け、大気(エーテル)をとおして “腐乱死体(ゾンビ)” たちを包み込みました。


 厳父たる男神カドルトスの厳しき御力が。

 慈母なる女神ニルダニスの温かな御心が。

 死してなお腐敗した肉体に魂を結びつけている呪いを解き崩します。

 ピタリと動きを止めて、さらさらと崩れ落ちる “腐乱死体ゾンビ” たち。

 

 灰は灰に……塵は塵に。

 どうか、安らかに眠ってください……。


「悪くない手際だった。解呪をしたのは初めてか」


 アッシュロードさんが剣を鞘に戻しながら労ってくれました。


「え、あ、はい。アンデッドモンスターと遭遇したのは、これが初めてでしたから」


「今の解呪。俺が四体であんたが三体だった。駆け出しにしては上出来だ」


「そ、そうなんですか?」


「ああ」


「そうなんですか……」


 あたふた、モニョモニョ。

 ええと……こんなの状況だというのに。

 ごめんなさい。

 褒めていただいてちょっと嬉しいです。


「あんた、確か信仰心(パイエティ)は11しかなかったよな」


「僧侶としては恥ずかしい話なのですが、 潜在能力(ボーナスポイント)はこの職に就くために必要な信仰心に最低限だけ振って、あとはすべて耐久力(バイタリティ)に振ったので……」


 今度は別の意味で顔を赤らめるわたしです……。


 潜在能力(ボーナスポイント)は各職業(クラス)に就くために必要な能力値に最低限だけ振って、残りは耐久力に振れ。

 訓練場で職業を選ぶときに、まず最初に担当官に言われたことです。


 耐久力は生命力(ヒットポイント)の多寡に影響を及ぼす最重要な能力値だからです。

 わたしの潜在能力ボーナスポイントは15でした。

 これは普通の人よりも少し多い程度で、探索者志望者の一〇人に一人程度の割合でいるそうです。

 したがって、


職業 :僧侶プリーステス

レベル:1

HP :10

筋力 :8

知力 :8

信仰心:11

耐久力:17

敏捷性:8

運  :9


 これが現在のわたしのステータスになります。

 あ、あともうひとつ。


 恩寵:聖女


「恩寵 “聖女” が、解呪の成功率を高めてるのか?」


「……わかりません。訓練場でも “恩寵” の詳しい効能はわからなかったので。ただずっと昔にいた英雄的な僧侶(プリーステス)が “聖女” の恩寵を持っていたらしいというだけで」


「伝説の勇者と共に世界を救った “銀髪の聖女” か」


「……はい」


 でも、そんなこと言われても、わたしはお父さんもお母さんも、お祖父さんもお祖母さんも、そのまたお祖父さんとお祖母さんも、三代以上続く生粋の日本人で……。

 髪も真っ黒で、どこからどうみても銀髪(アッシュブロンド)ではありません……。


「どちらにしても奴らに解呪は効かん」


 そういうとアッシュロードさんは、左手に装備していた盾を外してわたしに差し出しました。


「使え」


「え、でも……」


「自分で貸しといてなんだが、そんな魔術師みたいな格好じゃ狙ってくださいって言ってるようなもんだ。これで少しでも装甲値(アーマークラス)を下げろ」


 確かに今身につけているのは、アッシュロードさんから借りている杖とローブです。

 “恒楯コンティニュアル・シールド” の加護を受けているとは言え、装甲値は7しかありません(装甲値は低いほどよいのです)。

 この盾を貸してもらえるのなら装甲値は5まで下げることができます。

 前衛に立つにはまだまだ充分とは言い切れませんが、それでも今の私にはとてもありがたい申し出です。


「ありがとうございます。お借りします」


 右手には “堅い杖” !

 左手には “大きめの盾” !

 身体には “少し臭うローブ” !

 そして頭には 色々な意味で “テンパった顔” !

 何があっても(気持ちの上では)万全の態勢です!


「杖で殴ることよりも盾で身を守ることを考えろ。いざとなったら――」


「両手で盾を使います!」


 それについては、これでもわたしは経験者なんです!

 意気込んで先んじたわたしに、アッシュロードさんは初めて苦笑めいた表情を浮かべてくれました。


「それじゃ行くぞ。奴らのねぐらはこの先だ」


「はい!」


 そしてアッシュロードさんとわたしは、“ならず者(初心者狩り)”たちが根城にしていると思われる玄室に踏み込んだのでした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに二人が力を合わせて戦うシーン! これこれ、こういうのを待ってましたッ。「悪くない手際だった」と言って貰えて嬉しくなっちゃう私はもう完全にエバ視点です。小説は感情移入させたら勝ちだと思…
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