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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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Dungeon of Death

「……ちょっと早かったか?」


 駅前のロータリーを “えっちらおっちら” 横断してきた少年がわたしたちと合流するなり、開口一番に言いました。

 グレートデンの老犬を彷彿とさせる “グダ~”というか “グデ~” というか、とにかく若さというか溌剌さというか覇気というか、そういう空気がまったく感じられない()()です。


「「「……」」」


 唖然とするわたしたち。

 ある意味素晴らしい先制パンチです。

 一発で目が覚めました。

 お腹の虫もどこかに消し飛びました。

 本当にありがとうございます。


『……あ?』


 といった風な表情で少年が、わたしたちの反応に困惑しています。


「つ、つまり、こういう奴なんだ。今日一緒に行くのは」


「なんというか一瞬にして理解できた気がする……うん」


「ええと……」


 三者三様の反応の後に、微妙に気まずい沈黙が訪れます……。


「……? どうした、行かねえのか? 映画だか、水族館だが、遊園地だか、そういうとこに? 行かねえなら帰って寝るぞ」


道行(みちゆき)、取りあえず自己紹介しろよ」


 今すぐにでも回れ右しそうな道行くん(少年)に、灰原くんがため息交じりに顔を振ります。


「まだしてなかったのか?」


「俺がしたら自己紹介じゃないだろ」


「……灰原道行(はいばら みちゆき)空高(こいつ)の兄貴だ。一応」


「一卵性の双子なんだ……一応」


「「ええーっ!」」


 思わずリンダとユニゾンしてしまいました。

 きょ、兄弟なのはともかく、一卵性の双子ですか!?

 わたしは今の今まで一卵性の双生児というのは、瓜二つの代名詞のようなものだと思っていました。

 どうやら認識を改める必要が出てきたようです。

 瓜二つではなく、対照的な場合にも使えるなんて。


「ははは……大自然の脅威ってよくいわれるよ」


 乾いた笑いの灰原……空高くん。

 道行くんに空高くん――名前から何から、何もかもが対照的な双子さんです。


「とにかく全員揃ったんだから、行こうか」


 全員がSuicaを持っているので切符を買う必要はありません。

 ふたりの灰原くんが先に自動改札に入るなりリンダが振り返り、にこやかに、それでいて迫力のある笑顔でいいました。


「よかったわねぇ、瑞穂。まさにあんた好みの男の子が現われたじゃない」


 ええーっ!


◆◇◆


 わたしたちが向かったのは電車で約一時間の距離にある、有名なテーマパークでした。

 湾岸部の広大な埋め立て地に造られたそのレジャー施設には、これまでにも何度か家族やクラスメートと来たことがあります。

 灰原くんたちのお父さんの持っているクレジットカードの特典で、ペア券が二枚手に入ったらしく、今回わたしたちを誘ってくれたというわけです。


 リンダは――電車に乗っている間に弟の空高くんと意気投合していて、今もわたしたちの前をふたりで楽しげに歩いています。

 その様子はまさに仲の良いカップルです。

 すごいです、リンダ。

 さすがです、リンダ。

 わたしには真似の出来ない見事な “女子力” です。

 そして必然的に残されたわたしたちは、わたしたちで歩いています。


「眠そう……ですね」


「…………ああ、眠い」


「昨夜、よく眠れなかったんですか?」


「…………よくは眠れた……でも眠い」


「そ、そういうことも()()()()ありますよね」


「…………そうだな」


 な、なんなのでしょうか、この会話は。

 黙って歩いているのも気まずいので、必死にお兄さんの道行くんと会話のキャッチボールを試みますが、それはそれで気まずいのです……。


「…………まぁ、付き添いだからな」


「は?」


「…………空高のさ。あいつが “知り合ったばかりの女の子といきなりふたりで出かけるのは警戒されるから” って言うから……だから眠かろうが怠かろうが関係ない」


 欠伸を噛み殺しながら、道行くんがぶっちゃけトークをしてくれました。


「…………あんたもそうだろ?」


「え?」


「…………あんたもあっちの子の付き添いなんだろ」


「な、なんでそう思うのですか?」


「なんでって……」


 そこでようやく、道行くんがわたしを見ました。


「見るからに休みの日は、朝寝して、二度寝して、読書して、親父さんと父娘(おやこ)の語らいをしてるタイプだから」


「な、なんでわかるんですか!?」


 あなたはエスパーですか!?


「なんでって……あんた自分が “初めて会う男たちと喜び勇んで遊びに出かけるような(たま)” に見えると思ってるのか?」


 た、珠……。

 古風な表現、どうもありがとうございます……。

 そして、もちろん思っていません……。

 し・か・し です!

 ここまで図星を指されてしまうと、さすがのわたしもモヤっと来てしまいます!

 なんでもいいので言い返さないと、精神衛生上モヤッとしてしまいます!


「そ、そういうあなたも()()()()()()()意外に鋭いのですね。なかなかになかなかな観察眼だと言ってあげます」


 ツンッ! と言ってあげてしまってから、少し言い過ぎてしまったのではないかと後悔して恐る恐る道行くんの方を見ました。

 ボサボサ頭の眠そうな三白眼の男の子は少しだけ肩を竦めて、あとは気にした風でもなく歩いています。

 若干歩きにくそうなのは、わたしの歩幅に合わせてくれているからでしょう。

 ひょろ長い手足を持て余し気味に歩いている姿は、どことなくキリンをイメージさせてユーモラスでもあります。


 怒ればいいのか、軽蔑すればいいのか、それとも適当な距離を置いて付き合えばよいのか……。

 どうにも判断に困る男の子です。

 今まで自分が知り合ってきたどの男の子のタイプにも分類できません。

 だからでしょうか?

 “無視をする” ――という選択肢は浮かびませんでした。

 悩むわたしを文字どおり尻目に、やがてリンダと空高くんがひとつのアトラクションの前で立ち止まりました。

 おどろおどろしい外観には、これまたおどろおどろしい文字でデカデカと――。


 “Dungeon of Death”


 ようこそ! 死の迷宮へ!

 一生遊んでても飽きないおもしろさ!(簡単には帰しませんよ!)


 ……。

 ……ええーーっ?


◆◇◆


 後に “火の七日間” と呼ばれる騒乱劇の、最初の夜が明けた。

 どうにか襲来した魔軍 ――先ほど王城からの通達により正式に “迷宮軍” と呼称されるようになった―― を撃退した城塞都市側だったが、その被害は甚大だった。

 城壁に配置されていた守備兵は、戦死者・負傷者を合わせて全兵力の三分の一を失っていた。

 これは兵学上では全滅を意味する数字だ。

 直接の指揮官である城壁隊長も、“紫衣の魔女(アンドリーナ)” の放った “対滅アカシック・アナイアレイター” の魔法に巻き込まれ生死不明(M.I.A)(恐らくは死体も残らないほどに爆散してしまったのだろう)。


 籠城戦の最大の懸案である城門の消失は、トリニティ・レインが押し寄せていた濁流を巨大な “氷の栓” に変えたことでひとまず回避されたが、それは取りも直さず城塞都市の孤立を意味していた。

 ()()()()()()()()()()()()によって都市外からの物流は断絶し、住民たちは早くも食料の買いだめに走っている。

 このままいけば物価は見る見ると上昇し、物資を抱え込んで値をつり上げていた商人が住人によって焼き討ちに遭うのも時間の問題だろう。


 それらを解決・回避するのが筆頭国務長官であるトリニティの役目であるのだが、彼女は今消耗した魔力を回復させるために睡眠を摂らざるをえない状況だ。

 今や彼女の高位魔法こそが城塞都市側の切り札なのだから。

 トリニティが目覚めるまで次席国務長官である内大臣が復旧の指揮を執っているが、彼女ほどの辣腕ぶりを期待するのは酷な話だ。

 住人や都市設備(インフラ)への被害が僅少だったことだけが、不幸中の幸いだろう。


 いや……。


 アッシュロードは混乱の直中にある都大路を歩きながら、考え直した。

 それすらも、あの魔女が手心を加えた結果だ。

 昨夜襲来した敵の中に、最下層に出現する魔物はいなかった。

 そのほとんどが “滅消(ディストラクション)” の呪文で無効化できる迷宮中層までの敵で、“火竜(ファイアードラゴン)” や “高位悪魔(グレーターデーモン)” 、さらには最強格といわれている六大の魔物も姿を現さなかった。

 そこまでしなくても、破壊工作(サボタージュ)の専門家である “忍者” の一群を夜陰に乗じて放たれていたら、守備側はお手上げだった。

 機動的な迎撃戦を展開していた探索者も、迷宮ならばともかく都市部での “忍びの者” の暗躍には対応できなかったはずだ。


 今や名実ともに城塞都市守備隊の指揮官となったアッシュロードは、前線での指揮を一時的に次席近衛騎士(ドーラ・ドラ)に任せて、“獅子の泉亭” へと急いでいた。

 昨夜獅子奮迅の活躍をした探索者たちは、現在皆そこで休息を摂っている。

 その様子を確認するためだ。

 アッシュロード自身も昨夜から一睡もしておらず、体力よりも消耗した加護を回復させるために睡眠を摂る必要があったのだ。


 亭《店》に入ると負傷者で溢れている一階の酒場を素通りして、二階の宿屋にあがる。

 二階の簡易寝台、三階のエコノミーをやはり素通りして、四階の自分の客室(スイート)のドアを開けかけて……思い止まり、ノックをする。

 すぐに返事があって、ドアが開いた。

 ハンナ・バレンタインが心労に滲んだ表情で顔を出した。


「……どうだ?」


「皆さん、眠っていられます」


「……それで?」


「フェルさんとパーシャは直に目を覚ますと思います。単純に魔力を消耗しただけのようですから……ただ」


「……ただ?」


 アッシュロードはその先の答えを聞きたくなかったが、それでも訊ねずにはいられなかった。


「……エバさんは外部からの刺激に反応しません……昏睡状態です」



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