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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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怒髪天★

「――死守するぞ」


 一瞬の沈黙の後、城門を守る兵士たちの間から怒号のような歓声が湧き起こった。

 いきなり現れ、突然彼らの指揮官に収まった仏頂面の男。

 筆頭近衛騎士であり身分に相応しい最高級の魔法の武具に身を包んではいるが、事情通によると今はただの探索者で、それも第一線を退いた迷宮保険屋に過ぎないらしい。

 そんなしがない保険屋風情に命を預けねばならない自分たちの不運を呪い、その能力を疑問視していた分だけ、目の前でアッシュロードが見せた圧倒的な強さは守備兵たちの心をつかみ、士気を青天井で高めた。


 ――この男がいれば、生き残れる!


 そう思った瞬間、守備兵たちの動きが見違えたように精彩を帯びた。

 兵たちの士気を一瞬で塗り替えたアッシュロードだが、気を抜いてる暇はなかった。

 城門は城の中で一番弱く、一番脆く、故に一番敵が押し寄せ、故に敵の数を一番減らせる場所なのだ。

 アッシュロードにしてみれば、城壁を越えた魔物の全てがここに集まってきてほしかった。

 ここで勝ちを引き寄せる。

 だが自分程度が考えるようなことは、当然敵も考えているのだ。


「――上に確認だ。攻城兵器の類いは見えるか?」


 アッシュロードは城門下部を担当する守備兵たちの隊長に訊ねた。

 指揮官はすぐに城門の上に向かって、大声で確認を取る。

 すぐに頭の上から返答が降ってきた。


“攻城兵器の類い、未だ見えず”


 迷宮内に召喚された魔物が地下一階と地上を繋ぐ “縦穴” から噴き出しているなら、攻城兵器の類いは現れない。当然だ。そんな物、迷宮では必要ないからだ。

 今から森に入り、木を伐り倒し作り上げるほど時間も忍耐力も奴らにはない。

 だとするなら、敵がこの城門を破るために採る手はひとつ……いやふたつ。


 アッシュロードは隊長に命じてこの場にいる一番優秀な伝令を呼ばせ、細々(こまごま)とした指示を伝えた。

 命令を聞いた伝令の顔に困惑の表情が浮かび、目の前の黒衣の指揮官の正気を疑った。


 ――()()()()()()()()()()、そんな突拍子もないことを思い付くのだ?


 とにかく、命令は命令だ。

 伝令兵はすぐさま早馬に飛び乗ると、都大路の中央を内郭王城に向けて駈け去った。


「――城門内、西から “食人鬼(オーガ)” の新手、四! いや五 ――い六! 六匹ぃっ!」


「――城門内、東からも来ます!  “食人鬼” の新手、五! 五匹です!」


 城門上部で()()()()()を見張る兵士から、次々に報告が飛び込んでくる。

 そして、アッシュロードの危惧のひとつめが早々に現実となった。

 彼の “数少ない特技” はまたしても当たった。


「―― “亜巨人(トロル)”! そ、その後方に “炎の巨人ファイアージャイアント” ! 数は――に、二〇以上!」


「“滅消” を残してる魔術師(メイジ)を城門の上に集めろ。“亜巨人” はそれで消せる。それから――信号兵。打ち方、一、一、五だ」


 上からの報告を聞くなり、アッシュロードも矢継ぎ早に指示を下す。

 こちらの準備が整うのが先か、それともこの城門がぶち破られるのが先か――ここからは時間との闘いだ。


「―― ネームド未満(レベル8未満)は下がって壁に寄れ! 巻き込まれて塵になるな!」


 アッシュロードは馴染みのセリフを守備兵に向かって叫ぶと、左手を食べる気満々で突進してくる “食人鬼” たちにかざした。


◆◇◆


 ――カンッ! カンッ! カンッカンッカンッカンッカンッ!


 ――カンッ! カンッ! カンッカンッカンッカンッカンッ!


 ――カンッ! カンッ! カンッカンッカンッカンッカンッ!


 金鼓の――鉦鼓の音が変わった?


 一打ち……一打ち……それから――三、四、五! 五!


「レットさん!」


「ああ、城門に行くぞ!」


 城塞都市の南西居住区。

 その一区画に侵入した “火吹き蝿(ドラゴンフライ)” の掃討を終えたわたしたちの耳に、拍子を変えた鉦鼓の音が届きました。


“一、一、五の拍子は、外郭城門に集合”


 酒場でハンナさんから伝えられた、簡単な符丁です。


(他にも、内郭城門、寺院、探索者ギルドに集合などを教えられています)


 “火吹き蝿” 自体は生命力(ヒットポイント)が最大でも16しかなく、出現数も1~4です。不意打ちを受けない限りは、全員が二回攻撃を覚えているわたしたちにとってそれほど脅威ではありません。

 この区画に侵入した個体はほとんど駆逐したはずです。

 火災の消火は住人の方に任せて、ここはギルドの指示どおりに行動するべきでしょう。


「城門……厳しいのかしら?」


 フェルさんが顔色を曇らせて、南東にそびえる巨大な外郭城門を見つめました。


「大丈夫だって。アカシニア全土にその名を轟かす難攻不落の大城塞だよ。なにより、あのおっちゃんが寄って守ってるんだから、例え一〇〇万の軍勢でも落とせるわけがない」


「パーシャ、あなたグレイのことが嫌いじゃなかったの?」


「能力と人格は別だよ。セコいわ、汚いわ、酒臭いわでいいところなしな中年だけど、腕っ節と()()()()()()()()()は “使命を果たしたホビットの伝説の英雄” 並だよ、きっと」


「褒めてるんだか、けなしてるんだか、わからないわ。それ」


 アッシュロードさんを心配するフェルさんと、彼女を元気づけるパーシャのやりとりに思わず笑みが零れたときです。

 ズンッ! ズンッ! と地面からお腹へと響く振動が伝わってきました。


 夜の居住区。

 橙色の火災に照らされて、巨大な人影が街路の角から文字どおり顔を出しました。


挿絵(By みてみん)


「“食人鬼” !」


 見るからにお腹を空かせた顔をした巨人が三体、わたしたちを見つけるや否や物凄い勢いで走ってきます。


「にゃろう! 俺たちは美味くねえぞ! 剣×1 棍棒×2!」


「やるぞ!」


 ジグさんが敵の得物(武器)を知らせて、レットさんが即座に戦闘開始の判断を下します。


  “火吹き蝿” 次は “食人鬼” !

 いったいどれだけの数の魔物が、この城塞都市に入り込んだのでしょう!


◆◇◆


「――なんだって?」


 城門から駆け付けた伝令兵の言伝を聞いたとき、“トリニティ・レイン” は最初に呆れ、次いで懐かしい思いに囚われた。

 場所は王城 “レッドパレス” 最奥の、帝国軍最高司令部。

 出征中の皇帝に代わる最高執政官代理にして、帝都防衛司令官である自分に、これほど無茶な要求をしてくる人間は他にはいまい。


 ――まったく、あの頃と何も変わってはいない。


 小柄で、一見すると十代前半の少女のような童顔のトリニティは胸の内側で苦笑し、自分が確かな喜びを感じていることを心地良く思った。

 自分の仕える主は、過去も現在も、なぜこうも独創的で(突拍子もない)のだろう。

 しかも申し合わせたように、ふたり揃ってそれが(ことわり)からは外れていないのだ。


 トリニティは、目の前の巨大な作戦卓に広げられている城塞都市周辺の地図に視線を移した。

 自軍・敵軍の配置から、等高線を含めた地形の様子などが詳細に書き込まれている。

 地図に目を落とし、自分の記憶の中の景色と照合し、鳥となって大空からすべてを俯瞰する。


 理がもっともなら、あとはそれを成し遂げる算段をすればいい。

 そしてそれが元 “最初の六人(オリジナル・シックス)” の一員にして、現 “大アカシニア神聖統一帝国” 財務大臣(筆頭国務大臣)である彼女の役目なのだ。


◆◇◆


 三頭目の “合成獣(キメラ)” が、獅子の口から炎の残滓を吹き零しながら “カドルトス寺院” の正面広場に倒れた。

 第一位階の呪文を一度使っただけで、探索者最強のパーティ “緋色の矢” は、三度 ネームドの魔獣を死体に変えたのだ。

 リーダーの女戦士 “スカーレット・アストラ” は気をゆるめずに、素早く周囲を見渡し、戦況を確認する。

 王城から派遣された守備隊や、自分たちの信仰の総本山を守ろうとする僧兵隊が、“合成獣” 同様空から舞い降りてきた無数の “ガーゴイル” 相手に奮戦している。


(――これなら守り切れそうか)


 スカーレットがそう判断しかけたとき、巻き起こる火災風に飛ばされた火の粉に混じって、夜空から新たな “合成獣” が――それも七頭――舞い降りてきた。


「考えが甘かったか!」


 スカーレットは自らの甘さを叱咤し、背後の魔術師を振り返った。

 パーティ唯一の魔術師系呪文の使い手であるヴァルレハがうなずき、これまで温存していた高位階の呪文の詠唱を始める。

 第五位階の “氷嵐(アイス・ストーム)” の呪文だ。

 “滅消” と同じ位階の呪文で、ネームド以上の敵にはこちらを用いるのが常だ。

 ヴァルレハが、夜空の魔獣の群れに向かって両手をかざし、最後の韻を結ぼうとしたその瞬間、


 ――バンッ!


 それまで固く閉ざされていた寺院の正面扉が勢い良く開き、大聖堂から豪奢な祭服をまとった一団が姿を現した。

 いずれもが大僧正(アーク・ビショップ)を示す衣装をまとっていて、特に中央の先頭に立つ司祭はただ一人だけ、さらに絢爛極まる祭服に包まれていた。

 まるで戦士と見まごうほどに頭抜けて体格が良く、片手で分厚い聖典を軽々と握り、その顔は石像のように硬く無表情・無感情だった。


「猊下!」


「総大主教猊下!」


 僧兵たちの間から、感激の――感極まった声があがった。


 総大主教(グランド・ビショップ)と呼ばれた司祭は、寺院の正面広場の惨状を目の当たりにし、胸の前で静かに聖印を切った。


 そして……。


 ビキビキビキビキッ!


「神域を侵す、不信心者どもがーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!」


 無表情だった顔面に無数の青筋・血管を浮き上がらせ、剃髪にも関わらず怒髪天という表現がぴったりの形相で、夜空の “合成獣” を見上げた。


「このわたしが相手です――かかってきなさいっ!!!!」



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