ニャーの名前は ”ノーラ・ノラ” ★
「ペ、小児性愛者!」
「誰との間の子供なの! ――まさか!」
「アッシュロードさんが子供を産みました!」
「「……はぁ?」」
「い、いえ、わたしの好きな推理小説にこんなシーンがあったのです」
三者三様というか、盲人象を評すというか、とにかくパーシャ、フェルさん共々、アッシュロードさんのベッドから飛び出してきた、小さな猫人族 の女の子に眼を丸くします。
「な、なんにゃっ? アッシュの部屋に雌が三匹もいるにゃ……」
猫人族の女の子は、わたしたちの姿を見てまず驚き、そして怯えたような表情をしました。
「アッシュ! 大変にゃっ! 昼間から集団夜這いにゃ! 貞操の危機にゃ!」
「はぁ!?」
「……ポッ」
「あ、いえ、別にわたしたちはそういうのではなくてですね……」
再び三者三様の反応を示すわたしたちを尻目に、猫人族の女の子――幼女・幼児と呼んでも差し支えのない年頃の子――は、ゆっさゆっさとアッシュロードさんをシェイクしました。
「……Zzzzzzz……」
「ぬーぅ! ――シャーッ!」
シャッ! シャッ!
「ぐわっ、痛てぇっ! なんだ!? 急に引っ掻くな!」
「油断しすぎにゃ! 飼い慣らされてるにゃ! 野生が足りてないにゃ! ヴァカかと、アフォかと!」
爪痕を残されたアッシュロードさんが流石に跳び起きると、間髪入れずに女の子の舌っ足らずなマシンガントークが炸裂します。
「警報にゃ! 周辺警戒にゃ!」
女の子がアッシュロードさんの背中に隠れると、わたしたちを指差し、ますます毛を逆立てます。
「警報だぁ? ――あ、なんだおまえら?」
アッシュロードさんが、ほっぺたの引っかき傷を摩りながら、ようやくわたしたちに気づきました。
「あー……あはは。おはようございます。“小癒” をおかけしましょうか?」
「お、おっちゃん、いくらおっちゃんが人非人でも、これはちょっと洒落にならないわよ……」
「グレイ! あなたに聞きたいことがあります! 正直に答えて!」
ポリポリと自分のほっぺたを掻く、わたし。
ドンドンドン引きして三歩後ずさる、パーシャ。
怒った顔で今にも泣き出しそうな、フェルさん。
三度の三者三様の反応です。
「グレイ! いったい誰と作った子供なの! まさか、ドーラさんじゃないでしょうね!」
「? ドーラ? おまいら、マンマのこと知ってるにゃか?」
ドーラさんの名前を聞いて、女の子の反応が変わりました。
でも、マンマってなんでしょう?
マンマ……マンマ……猫マンマ? ……じゃなくて、マンマ……ママン……ママ……えっ!?
「あなた、もしかしてドーラさんの!?」
「やっぱり、あの人との子供なのね!」
「うへぇ!」
「そうにゃ。ドーラ・ドラ は、ニャーのマンマにゃ。おまいらは、マンマの仲間なのかにゃ?」
「えーと、仲間……と言うには畏れ多いですね。ドーラさんはなんといっても城塞都市最強の探索者ですから。せいぜいが “よくしてもらってる若輩者” といったところでしょうか」
わたしの馬鹿丁寧な言葉に、女の子の機嫌が見る見るよくなりました。
「おまえ、人族のくせによく分かってるにゃ! 見どころがあるにゃ!」
「あ、ありがとう」
なんだか、つい最近同じようなことを言われた気がします。
地下迷宮の派手な格好をした “カエル” さんに。
「マンマはこの街で――世界で一番強いマスターくノ一にゃ。すべての猫人 の誇りにして憧れにゃ!」
「確かに……あの人は最強ですからね。いろいろな意味で」
わたしは思わず腕組みをして、うんうんと納得&同意してしまいました。
「――グレイ! ちゃんと答えて!」
……納得していない人もいるようですが。
「わたしはエバ・ライスライトと言います。アッシュロードさんと迷宮保険の契約をしている “善”の僧侶です。あなたのお名前は?」
わたしは自己紹介をすると、ドーラさんの娘さんに訊ねました。
「ニャーの名前? ニャーの名前は、“ノーラ・ノラ” にゃ」
ノーラ・ノラ! 素晴らしいネーミングセンスですよ、ドーラさん!
「くっくっくっ、ドラ猫の娘はノラ猫ってわけだ」
シャーッ!
「にゃーは、ノラ猫じゃないにゃ! ちゃんとマンマがいるにゃ!」
「おわっ! だから引っ掻くな! 噛むな! 猫パンチすんな!」
「グスッ、グレイっ!」
「ちょっと! なにフェルを泣かせてんのよ! この変質者!」
「変質者だぁ!? ――だから、俺の娘じゃねえって! そこそんなに食いつくとこ?」
「ほんと!? ほんとに!?」
「ああ、こんなこと嘘いってどうする」
「……グスッ、わかった」
フェルさん、キャラクター変わってきてますねぇ。ええ。
(というか、本来の性格が出てきた?)
それはともかくとして――、
「でも、どうしてそのドーラさんの娘さんが、アッシュロードさんと一緒に寝てたんですか?」
「そうよ! それが問題よ! この変質者!」
「変質者いうな!」
ガルルルルッ! と睨み合う、アッシュロードさんとパーシャ。
「……今日はドーラが仕事でな。なのに、いつも頼んでいる子守りが風邪で寝込んじまったんだと。それで俺の所に連れてきたんだ」
「それがどうして一緒のベッドで寝てるのよ! この変質者!」
「いい加減くどいぞ! がきんちょ!」
「「ガルルルルルッ!」」
「~いいんだよ、これで。猫人のガキはとにかく寝るんだ。食っちゃ寝、食っちゃ寝が仕事なんだよ。猫なんだぞ。そもそもが」
フーッ!
「ニャーは、子供じゃないにゃ!」
「ほう、大きく出やがったな」
“嵐を吹く” ノーラちゃんに、アッシュロードさんが意地悪げな笑みを浮かべます。
「そんじゃノーラ。おまえ、ちょっと俺の名前を言ってみな」
「な、なんにゃ、いきなり?」
「いいから、言ってみ」
「? アッシュ?」
「短縮形じゃなくて、全部」
「アッシュドーロ?」
「ぎゃはははは! もっかい、もっかい!」
目とお腹を押さえて、大笑いするアッシュロードさん。
「アッシュドーロ!」
ムキになるノーラちゃん。
「ぎゃはははは! 子供じゃないって言い張るなら、せめてその舌っ足らずな赤ちゃん言葉を卒業してからにしな!」
「シャーッ!」
「痛ててて! 引っ掻くな! 噛むな! 猫パンチすんな!」
「が、がきんちょがふたり……精神年齢近すぎ」
今日何度目かの顔面神経痛を発症したパーシャの隣で、
――な、なんて可愛いのでしょう!
わたしは両手を合わせて、感動に打ち震えてしまいました!
ノーラちゃん! わたし的に “推し” 決定です!
◆◇◆
それから一〇分ほど後、わたしたちは宿屋一階の酒場にいました。
ノーラちゃんが寝ているのに汚部屋退治をするわけにもいかず、なによりノーラちゃんが空腹を訴えたので、おやつを食べに降りてきたのです。
ノンベの溜まり場にも関わらず(当たり前ですが)、酒場のメニューには主に女性の探索者向けにスィーツも載せられています。
(ビバ! “異世界食堂” です!…… あ、それとも “異世界居酒屋” でしょうか?)
とにかく、わたしとフェルさんとパーシャとノーラちゃんは、仲良く “スィートロール” を頼みました。
ノーラちゃんは無属性の中立なので、問題なくわたしたちと同席できます。
わたしたちの後からのそのそと部屋から降りてきたアッシュロードさんは、ポツネンとどこか寂しそうに一人でいつもの “悪” の席に座って、おでこにゆで卵をぶつけています。そろそろコレステロール値が心配です。
「そうだったのですね。それでいつもドーラさんは、夜は酒場に来なかったのですね」
「そうにゃ。マンマは仕事がないときは、いつもニャーと夜まんまを食べてくれるにゃ。マンマの作るまんまは最高にゃ」
はぐはぐとスィートロールを頬張りながら、ノーラちゃんがお母さん自慢をします。視線はスィーツに釘付けです。
優しげな眼差しのフェルさんが清潔なハンカチーフでその口元を拭いてあげていて、パーシャが手を上げてノーラちゃんが飲み干してしまったミルクを再度注文しています。
「でも、まさかあの “首狩り猫” にこんな大きな子供がいたなんてねえ」
パーシャが驚くやら、呆れるやら、賛嘆するやら、とにかく色々な感情のミックスされた表情で零しました。
「マンマ、いにゃく(曰く?)、子供の一匹も生んだことのない雌は、半人前にゃ」
「「「……ははは」」」
それを言われたら、乾いた笑いを浮かべるしかありません……。
「それで、誰にゃ?」
「? 誰とは?」
「マンマのライバルにゃ。アッシュを巡ってマンマと “キャットファイト” する相手にゃ」
「それはもちろん――」
フェルさんがビシッと背筋を伸ばして、“立候補” を表明しようとしたときです。
入り口の両開き扉が勢い良く開き、探索者風の男の人が血相を変えて駆け込んできました。
「――おい、聞いたか!? “タグマン城” が蛮族に――南蛮の奴らに占領されたらしいぞ!」
“点と線” ―― その瞬間、頭の中に火花が散り、なぜかそんな言葉が過りました。







