ガールズトーク★
「ふん~ふん~ふ~ん♪ ふんふんふふ~ん♪」
ジャブ、ジャブ、ジャブ♪
好きだったアニソンの替え歌を歌いながら、ジャブジャブジャブ♪
今日は洗濯日和で、ジャブジャブジャブ♪
皆さん、こんにちは。
エバ・ライスライトです。
わたしは今、“獅子の泉亭” の裏手にある洗濯場に来ています。
ここは宿の利用客が自由に使える無料のランドリーです。
あの “スタンド・バイ・ミー” 事件も無事?に解決し、なぜか報告会そのものよりも終了後の方が波乱に満ちてしまったギルドへの報告も終わり、わたしたち探索者にも平穏な日常が戻ってきました。
もっとも怪我や体力は “癒しの加護” で回復することが出来たのですが、精神的疲労はそうもいかず、わたしたちはあれから気怠くも怠惰な数日を送っています。
(要するに気抜けの “燃え尽き症候群” というやつですね)
レットさんも、
「こんな状態で(迷宮に)潜ってもろくなことにはならないだろう。武具の修繕も終わってないし、装備が整うまでは休みにしよう」
と提案して、他のみんなも心からそれに賛同したのでした。
わたしはといえば、根が単純なせいか(おおっと!)一晩ぐっすり寝たら心身ともに充分元気になれたので、この数日は探索以外の細々とした “お母さん仕事” を片付けていました。
この洗濯もそのひとつです。
よいしょ、よいしょ、と、踏み洗い。
うんしょ、うんしょ、と、もみ洗い。
押し洗いに、叩き洗いも。
いやぁ、相変わらず手強い。手強い。
まるで “狂君主” 並の手強さです。
「――ちょっと、エバ!」
洗濯槽の縁にしゃがみ込んでゴシゴシやっていると、突然背中から名前を呼ばれました。
「ふぁい?」
「鼻の頭にシャボンをつけて、“ふぁい?” じゃありません! どうしてあなたがグレイの汚れ物を洗ってるの!」
「ああ、フェルさん。おはようございます」
後ろにいつの間にか立っていたのは、腰の脇に両手を当てて仁王立ちしているフェルさんでした。
なぜかプンスカした表情ですが、エルフという種族は本当にどんな表情でも絵になる種族です。こんな顔でもその可愛らしいことといったらありません。
「答えてちょうだい! エバ!」
“答えてちょうだい!” ――と言われましても。
わたしは鼻の頭のシャボンを拭って、少しだけ小首を捻って考えたあとに答えました。
「だってわたしがお洗濯してあげなければ、アッシュロードさんはずっとバッチイままですよ? あの人、迷宮を出たら生活無能力者の木偶の坊さんですよ?」
「そういうことを言ってるんじゃなくて……」
あ、“頭痛が痛い” のポーズ。
これも絵になりますね~。
「どうしてあなたがそんな真似をしているのか、それを訊いているのよ」
「ああ、それはですね」
「それは?」
「それは、ずばり “奴隷修行” です!」
えっへん♪
「はぁ?」
あ、絵にならないエルフさん。
「つまりですね、わたしは借りているお金を返せなければ、アッシュロードさんの借金奴隷になるわけです。その時のために今から修行をしているのですよ」
備えあれば憂いなし――です。探索者たる者、事前にあらゆる事態を想定して、準備を怠ってはいけません。
「どうして借金を返せない前提なの! そもそも “奴隷修行” ってなんなの! 変でしょ! それって!」
「そうですか? “花嫁修業” があるのですから “奴隷修行” があっても別にいいと思いますけど?」
やることはあまり違わないような気がしますし……。
「ああ、女神よ、ニルダニスよ。道を見失った迷い子がまたここにひとり」
フェルさんが胸の前で聖印を切って、女神さまに祈りを捧げます。
ええと、わたしはそんなに迷える子羊に見えるのでしょうか?
「――わかりました、エバ。あなたがそこまで言うのでしたら、あなたの代わりにわたしがグレイの奴隷になりましょう」
「ふぇっ!?」
さすがのわたしにも、その発想はありませんでした!
凄いです、フェルさん!
脳味噌のどこに何をインプットしたら、そういう考えがアウトプット出来るのでしょう!?
危ないクスリをキメたくらいのぶっ飛び具合です!
「人が人を奴隷にするなど、本来であればあってはならぬこと。女神ニルダニスの僕として、あなたがそのような不幸な境遇に堕ちることを、そしてグレイがその様な大罪を犯すのを見過ごすわけにはいきません!」
「あー、でもフェルさん。そういう意味では、わたしも一応 ニルダニス様の僕なわけですが……」
「気にすることはありません。わたしはついに自分が生涯を掛けて成し遂げるべき務めを――グレイ・アッシュロードを再び “善” なる道に帰還させるという使命を見つけたのです。それを成し遂げるためならば、この身も心も投げ出し捧げる覚悟です!」
そういって再び聖印を切るフェルさん。
……えーーっ。
「いえいえ、せっかくのお申し出ですが、これはわたしが背負った借金ですので、例え奴隷として一生かかっても、わたしが返していきます。ですので、どうぞお気遣いなく」
「いえいえ、あなたの方こそ気しないで、エバ」
「いえいえ、フェルさんこそ」
「いえいえ」
「いえいえ」
「「いえいえ」」
「……ねぇ、あんたたち。はたから見て自分たちがとんでもなく頭のおかしい会話をしてるって気づいてる?」
わたしとフェルさんが「いえいえ」問答を繰り返していると、不意に “どんよりどよどよ” とした声が響きました。
フェルさん共々声のした方に顔を向けると、パーシャが顔面神経痛を起したような顔で、ドン引きしていました。
「ああ、パーシャ。おはよう」
「パーシャ。わたしとエバは今、ニルダニスの教義ついて深遠な論議を交わしているのよ。邪魔をしないで」
「~その会話のどこが女神の教義で、どこが深遠なのよ。どう見ても雄を取り合って牽制し合ってる受付嬢とマスターニンジャじゃないの」
「「失敬な」」
なんですか、その文頭の~は? そこまで呆れることはないでしょうに。
「~どっちも奴隷になりたがってるなんて、倒錯趣味もいいとこでしょ。世の中の奴隷全部敵に回す気?」
「パーシャ、わたしはただアッシュロードさんの汚れ物を――」
「~エバ、あんたもニルダニスの聖女さまなら労働は同胞と分け合いなさいよ。フェルだって修行がしたいのよ」
「え?」
パーシャの言葉にフェルさんを見ると、胸の前で両手の人差し指を合わせてモジモジと顔を赤らめています。
あら、可愛らしい。
まったくエルフずるい、超ずるい――です。
「え、あっ――ああ、そうですね。これは気づきませんでした。どうぞ、まだまだドンドコありますから、半分お願いします」
「――え? ええ、ありがとう!」
フェルさんは長く尖った耳を横に倒して、零れるような笑顔を浮かべました。
◆◇◆
「…………はぁ」
探索者ギルドの昼休み。
受付嬢のハンナ・バレンタインは休憩室のテーブルに突っ伏して、深いため息を漏らした。
「? どうしたの、せっかく寛大な処分どころか処分なしですんだっていうのに?」
同僚でハンナの親友の受付嬢が、昼食の包みを開きながら怪訝な顔で訊ねた。
ギルドの備品を無断で持ち出し、エバ・ライスライトらに勝手に貸し与えたハンナの重大な職務規定違反は、ギルドの不手際によって危険に曝された探索者を救うための緊急避難的行動だったと解釈され(事実その通りなのだが)、すべては不問――との最終決定が下された。
実際のところこの一連の経緯でハンナに処分を下しては、ギルドの職員どころか探索者からの反発も必至であり、そもそもギルドが依頼人の信用調査を怠ったことが発端である以上、これ以外の落とし所がなかったのである。
それなのにハンナの表情は優れない。
「…………ブツブツ」
「え?」
「……モテ期がきた」
「モテ期?」
「……ライバル増えた」
同僚の受付嬢は思わず吹き出してしまった。
ハンナが憂悶の表情を浮かべてテーブルに突っ伏している理由が、やっとわかった。
「笑いごとじゃないわよ。ドーラさんだけならなんとかなると思ってたら、エバさんが現われて。かと思ったら、今度はフェルさんまでだなんて……」
年下でふたりとも器量よし。しかも片方は人間の女では絶対に太刀打ちできない美しさを誇るエルフなのである。
「“無自覚”にぐいぐい押してくる娘に、“女神の名の下” にぐいぐい押してくる娘だものねぇ。そりゃ強敵よね。奥手のあなたには」
同僚の受付嬢は冗談めかして笑いながらも、ハンナに同情せざるを得ない。
大貴族の一人娘に生まれて、世間勉強のためにギルドの職員になったハンナ。
一九才になるこの年まで恋を知らずに成長し、“還らぬ探索者を見送り続けるという心の重荷” を軽くしてくれる男に、初めてのトキメキを覚えたとしても責められるわけがない。
「だいたい、あの男もあの男よね。あなたにあそこまでのことをさせて、何も言ってこないんでしょ?」
「…………うん」
「とんだ草食系ね。飢えた狼みたいな振りして、実は “狼の皮を被った羊” だったってわけね」
まったくハンナもハンナなら、あの男もあの男だ。
ギルドの備品を無断に持ち出させたうえ、満座で大泣きしたハンナに抱きつかれたっていうのに。
自分があの男なら、とっくにハンナを押し倒している。
それですべては解決だ。
「彼、ああ見えて紳士なのよ……すごく。“女は撲ったり、蹴ったりしちゃいけない” って本気で思ってるんだから……」
最悪のカップリングだわ……これは。
同僚の受付嬢は頭が痛くなる思いだった。
品行方正で世間知らずな貴族の箱入り娘であるハンナにとって、一見野趣に溢れていて、その実 紳士。
これほど相性の良い相手はいない。
「で、どうするの? というか、どうしたいの?」
「それは……もちろん」
「ハンナ。アドヴァイスをあげる。あなたはもう一線を越えているのよ。“ギルドの職員は探索者と適切な距離を保たなければいけない” ――そんな不文律にはもう縛られる必要はないの。ここまできたら押しの一手 でしょう」
「……押しの一手……」
「そうよ。周りの娘がグイグイ来てるなら、あなたはグイグイグイグイぐらいで行くの。そして隙をみて押し倒しちゃいなさい」
「お、押し倒すって」
ガバッと身を起し、顔を真っ赤にして同僚を見るハンナ。
「草食系を墜とすなら、それが一番確実よ。自分に置き換えてごらんなさい――どう?」
「カアアァァァァッッッ――!」
「そう。それが唯一無二の答えよ」
そして親友は、まるで茹でたタコのようにさらに真っ赤になったハンナにトドメを刺す。
「ハンナ、もう “待ってるだけの戦い” はやめたんでしょ?」
「――!」
◆◇◆
「ちょっと! なんであたいまでおっちゃんの汚部屋の掃除しないといけないのよ! そういうのはあんたたちだけでやってよ!」
「パーシャ、あなたもグレイには大変お世話になったはず。受けた恩は返す。これは人として当然の道よ」
「そ、それはそうだけどさぁ」
「大丈夫よ、パーシャ。アッシュロードさんはあれで女の子には優しいから。別に取って食われはしないわ」
「……うへぇ、つい先日バッチリ裸を見られたっていったのはどこの誰よ」
宿屋の階段を四階へと登りながら、不満たらたらのパーシャをなだめます。
手には水の入ったバケツだの、雑巾だの、ホウキだの、ハタキだの。
そう、わたしたちはこれから、かねてよりの懸案だった例の汚部屋を退治しに行くのです。
おそらく……いえ、確実に厳しい戦いになるでしょう。
それはきっと、これまでにわたしたちが経験したことのない、苛烈で凄惨な戦いになるはずです。
なんといっても相手にするのはあの汚部屋なのですから。ええ、それはもう激戦必至です。
やがて四階に到達したわたしたちは、決戦の場となる “玄室” の前に立ちました。
コンコン、
ノックしてもしも~し。
「アッシュロードさん、わたしです。また入りますよ~」
「エバ、あなた随分とグレイの部屋に入り慣れているのね」
402と部屋番号が書かれたドアを気楽に開けたわたしに、フェルさんが形の良い眉根を寄せて言いました。
「そうですね。ここ数日は毎日朝昼晩と来てますから」
ゆで卵を差し入れに。
だから、もう慣れたものといえば慣れたものです。
「よ、よくないと思うわ。仮にもニルダニスの聖女ともあろうあなたが、そんな頻繁に殿方の部屋に出入りするなんて」
「でもアッシュロードさんは、あと一ヶ月は部屋から出ないで “食っちゃ寝” の生活をすると言ってますから。わたしがご飯を差し入れてあげないと飢え死にしてしまうのです」
「だ、だから、そういう時は、せめてふたりで……」
「~入るなら入る、話すなら話すにしてよ」
「あ、ごめんなさい。もちろん入ります、入ります」
結局フェルさんとの話はそれきりで、わたしたちはアッシュロードさんの事務所兼自室に入りました。
フェルさんはなにやら不満げでしたが、今は話すよりも “絶対に負けられない戦い” が待っているのです。
「……Zzzzzz」
客室の中央に置かれたベッドからは、暢気で平和そうな鼾が聞こえてきます。
アッシュロードさんももう慣れたもので、わたしが入ってきても最初の頃のような 狸寝入りはしません。
ですので今朝ほど “朝のゆで卵” を持ってきて、その足で汚れ物を回収したときも、アッシュロードさんはずっとグースカピーを決め込んで、一度も目を覚ましませんでした。
あ、でも “朝のゆで卵” は奇麗に殻を剥かれてなくなっていますね。
どうやら一度目を覚ましてちゃんと食べてから二度寝をしたようです。
あれほどの死闘・激闘を潜り抜けたのです。
今は “戦士の休息” の時なのです。
「ぐっすり寝てるけど……騒がしくしてしまっていいのかしら?」
不満げから不安げに表情を変えて、フェルさんが訊ねます。
「大丈夫です。アッシュロードさんは一度熟睡すると、耳元でお鍋とお玉をガンガンやっても起きませんから」
「そ、そう……(もう、なんでそこまで知ってるのよ!)」
「アッシュロードさ~ん、ちょっとお部屋を片付けますね~。アッシュロードさんは、そのまま寝てていいですよ~。起きたときには奇麗になってますからね~」
「「……」」
「さあ、それじゃちゃちゃっと、やっつけてしまいましょう!」
頭の中に “ラデツキー行進曲♪” をかけて――いざ戦闘開始です!
「「「ワッセ、ワッセ」」」
「「「ワッセ、ワッセ」」」
「「「ワッセ、ワッセ」」」
「――もーーーっ! うるさいニャーッ!」
と突然、アッシュロードさんに被さっていたシーツが盛り上がると、ポンッと中から子供が生まれました。
「いったい何事ニャッ! うるさくて寝られないニャーッ!」
猫人の幼女が、毛を逆立ててわたちたちに怒鳴りました。
さすがに……この発想はなかった……です。







