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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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地上探索★

 そして、太陽が暗雲にさえぎられ、紅血のごとく染まった空が出迎えます。

 赤黒い虚空に血脈のように走る稲光。

 さらにその仄暗い雷光に照らし出される、想像を絶する大きさの竜巻。

 天地をつなぐ大立柱自体も不気味に明滅し、雷鳴を轟かせています。

 断じて自然現象によって生まれたものではありません。

 なぜならまったく移動せず、中心に時おり浮かび上がっているからです。


 上下二対の翼を持つ、巨大な影が。


「“災禍の中心ハート・オブ・メイルシュトローム” …… “悪魔王(パズズ)” ……」


挿絵(By みてみん)


 人間の矮小さをまざまざと見せつけられる、凄絶な光景です。

 “絶望” という心象風景を具現すれば、こういった惨状が現れるとかしか思えない破滅の世界。

 

「……災いなるかなアカシニア……なんの(とが)ありてその姿を変えん……」


 口から零れた呟きに、深い悲しみが籠もっていました。

 わたしが初めて降り立った一〇〇年前のアカシニアは苦難に満ちた世界でしたが、それでも美しかった。優しい人たちがいた。

 それが……。


「……わたしたちにとっては、これが故郷の光景です……」


 並び立つドッジさんの声は逆に、淡々としていました。

 

「……わたしたちはこの灰と塵の堆積した大地の他に、地上を知りません……世界にこれ以外の景色があったなどと、想像もつかない……」


「……穏やかな陽射しが身体を温め、柔らかな風が仄かなアカシアの香りを運ぶ……実りの季節には黄金の麦穂が一面を覆うような……そんな場所でした」


「……黄金の麦穂が一面を……なんという希望に満ちた世界だ……」


「……いつか取り戻しましょう……必ず……」


 わたしは一〇〇年前の世界からきた、それも異世界 “地球(テラ・アース)” の人間です。

 それでもこの光景には、深い悲しみと、なにより強い怒りを覚えるのです。

 こんな世界は、あってはならない。


「そのためにも、まずは今やらねばならぬことから始めましょう」


 向き直ったドッジさんにうなずくと、まずは “聖女の(メイス オブ)戦棍( セイント)” を振るって、()()()()自分たちを立方体の障壁で包みました。

 地上では魔除けの聖水を使った “魔方陣(キャンプ)” は役に立ちません。

 人体を蝕む暴風を防ぐには、強靱な守りの加護が必要なのです。

 しかしそれはごく短時間しか持続せず、絶えず張り続ける必要がありました。

 “神璧(グレイト・ウォール)” が無限に使えるこの戦棍(メイス)はまるで今この時のために、一〇〇年の刻を経てパーシャが届けてくれたかのようです。

 そうしてからわたしは、続いて “探霊(ディティクト・ソウル)” の加護を嘆願しました。

 人の “魂魄” の在処を見極める、念視の加護です。


「……いかがですか?」


「生きています。ですが、まるで “暗黒回廊(ダークゾーン)” にいるように視界が遮られて姿までは確認できません」


 ドッジさんの問いに、当惑して答えます。


「砂嵐です。巻き込まれれば、まさしく暗黒回廊だ」


「急ぎましょう。“恒楯” の護りは永続的(コンティニュアル)と思われがちですが、限界はあります。砂嵐に巻き込まれたまま効果が切れればデッドエンドです」


 かくいうわたし自身、“大長征” と名付けられた “龍の文鎮(岩山の迷宮)” での彷徨で、“恒楯” “認知(アイデンティファイ)” “永光コンティニュアル・ライト” が切れた状態で “ポトル” さんと遭遇した結果 “不死王(リッチ)” と誤認してしまい、華麗にして偉大な彼の史上最大の大魔術師を赫怒させてしまった経験があります。


 ドッジさんは無言でうなずくと進発を指示。

 口元を引き結んだ四人の救助隊が歩き出します。


 先頭に立つのが練達の指揮官(リーダー)であり、練達の戦士ファイターであるドッジさん。

 レベル12に認定される限りなく熟練者(マスタークラス)に近い古強者(ヴェテラン)で、自警団ではラーラさんに次ぐ実力者です。

 身体的にも精神的にも最も充実している、頼もしい壮年の男性です。


 その後ろに続くのがわたしです。


 3番手が魔術師(メイジ) の “ゼークリンガー” さん。

 二十代後半の寡黙な男性で、知的で沈着な印象を受ける方でした。

 レベルは8.

 ネームドですが、“滅消(ディストラクション)” や “氷嵐(アイス・ストーム)” の呪文はまだ使えないので魔物と遭遇(エンカウント) した場合は、より慎重な対応が求められます。

 

 4番手。殿(しんがり)を守るのが、盗賊(シーフ) の “イラン” さん。

 かつては “砂漠の民” といわれた、浅黒い肌をしたアカシニア中近東地方の人で、ヨシュア=ベンさんの友人でもありました。

 やはりレベルは8、年の頃は二十代の半ばです。

  

 ドッジさんを除いたふたりは自警団では中堅どころといった存在で、ラーラさんが “奇跡の泉” の確認に伴わなかったことからも、実力的には未だ発展途上と思われているのでしょう。状況に応じた適切な支援(バックアップ)援護(カバー)が必要かもしれません。

 

 わたしは徐々に迫ってくる砂の暴風を見て躊躇しました。

 地上の暗黒回廊であり、極悪なスリップダメージ地帯(ゾーン)でもあります。


(あの嵐の中でヨシュア=ベンさんを発見できるかどうか……)


 実際それは、地上に埋もれた星を探すような困難極まる任務(ミッション)でした。


(砂の中の銀河……何処へ行った)  


 わたしは口の中で口ずさみ、躊躇いを打ち消し、歩を進めます。



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