地上への道★
問題は、“救助隊” にドッジさんを含めるかどうかでした。
ドッジさんはラーラさんに留守を任された拠点のリーダーであると同時に、ララの自警団で最も経験豊富な古強者であり、なによりラーラさんを除けば誰よりも地上に出たことのある戦士でした。
拠点に残って指揮を執るにしても、救助隊を率いてもらうにしても、ドッジさんが外れた方は大幅な戦力ダウンです。
「やはりあなたには拠点に残ってもらいましょう。それがラーラさんの指示ですし、住人の人たちも安心でしょう。あなたに何かあっては “動揺” 程度ではすみません」
それでもわたしは、ドッジさんの疵面を視線を向けて告げました。
「救助隊は、わたしが率います」
「しかし聖女様、あなたは地上を知らない。もちろん他に腕の立つ者をつけますが、わたし以上に地上を知っている者はいません」
ドッジさんの表情が渋面に変ります。
「万が一にもあなたの身に何事かあれば、それこそ住人には計り知れない痛痒です。希望が砕け散るといっても言い過ぎじゃない」
「それはあなたも同じ事。そしてヨシュア=ベンさんも見捨てることはできません。誰一人として見捨てないという信頼があってこその拠点です。その信頼が崩れれば、内部崩壊の萌芽となるでしょう」
「……」
沈思するドッジさん。
「いや、やはり戦力を二分するのは愚策です。救助隊にはわたしも加わりましょう。留守は――志摩、君たちに頼む」
そういってドッジさんは、隼人くんたちを見ました。
「だが俺たちは “ここ” の人間じゃない。住人たちにしても俺たちから指図されては不安だし、不満だろう」
「文官仕事をしている部下を連れ出す気はない。実務的なことは普段からそういった仕事をしている連中に任せておけばいい。頼みたいのは――」
「……わかった。魔族の襲撃があったら俺たちが対応しよう」
皆までいわれなくとも意図は伝わったのでしょう、隼人くんが首肯しました。
消極的なその表情が気になったわたしは、
「あとを頼みます。拠点の皆さんはあなたに好感を抱いています」
居残るパーティで唯一、同じ気持ちでいてくれている少年にお願いしました。
「ああ、任せろ、師匠。坊主に二言は無しだ」
シャン! と錫杖の頭鈴を鳴らして、早乙女くんが気張ってうなずきます。
「同行する部下はわたしが選びます」
「お願いします」
「無茶は駄目だからね」
同行できない後ろ暗さを隠さずに、安西さんが案じてくれれば、
「いざとなれば、素っ裸で還ってくるさ」
五代くんもまた、彼なりの表現で気遣ってくれました。
「えっち! こんなときになによ!」
「いえ、確かにその手がありましたね」
わたしは微笑み、いざという時は “帰還” の加護があることを思い出しました。
事前に定めた、自身の帰依する神の祭壇に転移できるこの加護を使えば、窮地に陥ったとしても脱することができるでしょう。
ただ、魔術師の “転移” と違って生命体にのみ有効なので、武具どころか着ている衣服まですべて失い、すっぽんぽんになっての帰還となるのですが……。
「風邪を引かないように努力します」
冗談めかした返しに、普段のように肩を竦めるかと思われた五代くんは、意外にも真摯な表情でうなずいてくれたのでした。
◆◇◆
「“恒楯” をお願いします。地上では必須です。あの加護の守りがなければ毒素を含んだ砂塵で、目と気管がすぐにやられます」
地上と迷宮を繋ぐ基点、座標 “E0、N0” に立つと、ドッジさんが厚手の粗布を何重にも巻き付けた顔を向けました。
「このボロ布も――気休めに過ぎません。なんとなれば、すぐに隙間から入り込んできますから」
納得したわたしは、すぐに祈りを捧げ加護を嘆願しました。
ラーラさんに連れられて一度だけでたことのある地上は、確かに悪意染みた猛烈な砂塵の吹き荒ぶ場所でした。
いえ……あれは紛れもなく、悪意の染み込んだ砂塵でした。
地上を灰燼に帰した “災禍をもたらす者” …… “悪魔王”の。
(“対滅” は対消滅現象を引き起こす呪文なので、残留放射能はないはずですが……地上を滅ぼした “悪魔王” の意思だけでも、人間には充分に毒素たり得るのでしょう)
「砂塵に含まれる毒素は “恒楯” で身体への侵入は防げるはずですが、必要でしたら “解毒” の加護を施しましょう」
地上に出るのはわたしとドッジさんの他に、彼が選んだ自警団員がふたりです。
共に二〇代半ばで、職業 は盗賊と魔術師 。
ふたりともレベル8に認定される古強者です。
盗賊の方が地上に魔族を追って出たヨシュア=ベンさんの友人で、ヨシュアさんの蛮勇を急報した人でもあります。
総勢四人の救助隊です。
迷宮でのフルパーティの三分の二の戦力ですが、常時視界を遮る砂塵が舞っている地上では、こちらの方が取り回しが良いのだとか。
実際のところ……拠点の防衛を考えれば、これ以上の人数は裂けないのでしょう。
人選が決まり、編成はなされ、事前の準備も整いました。
あとは眼前に垂れる縄梯子を上るだけです。
見送りにきてくれている早乙女くんらともう一度言葉を交わすと、最後にわたしは隼人くんと田宮さんに顔を向けました。
「……行ってきます」
関係の断絶をどうにか取り繕っている今は、それ以上の言葉は残せませんでした。
ふたりは黙ってうなずき、わたしはドッジさんに続いて縄梯子を上り始めました。
手を伸ばすごとに、足を踏み紐に掛けるごとに、以前も思い知った禍々しい気配が全身を圧してきます。
(いる……この先に、この上に、世界を滅ぼした元凶が)
頭骨を締め付けられるような激しい頭痛に歯を食いしばりながら、長大な縄梯子を上り続けます。
やがて……。
吹きすさぶ濛々たる砂塵と、荒廃した大地を覆い尽くす灰の世界に、わたしは至りました。
栄華を誇った城塞都市 “リーンガミル” は跡形もなく、瓦礫すら見当たりません。
そして、太陽が暗雲にさえぎられ、紅血のごとく染まった空が出迎えます。
赤黒い虚空に血脈のように走る稲光。
さらにその仄暗い雷光に照らし出される、想像を絶する大きさの竜巻。
天地をつなぐ大立柱自体も不気味に明滅し、雷鳴を轟かせています。
断じて自然現象によって生まれたものではありません。
なぜならまったく移動せず、中心に時おり浮かび上がっているからです。
上下二対の翼を持つ、巨大な影が。
「“災禍の中心” …… “悪魔王” ……」
死の世界と化した、地上の探索が始ります。







