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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
659/660

相剋

「なんとかしのいだか――すぐに被害を集計しろ」


 拠点に侵入した魔族の掃討を終えると、ドッジさんは安堵する間もなく次の指示を出しました。

 ラーラさんから留守を任されている、一文字の疵面(しめん)がいかにもな練達の戦士です。

 場慣れした自警団たちはすぐに四方に走り、被害を調べます。

 調査の結果、奇跡的にも犠牲者は出ていませんでした。

 運がよかったのではなく、殺戮そのものよりも人間が恐怖に(おのの)く姿を好む魔族の習性・趣向によるものでしょう。

 しかし負傷者は多数――特に防戦に当たった自警団に多く出ていました。

 合流を果たしていたわたしたちはただちに救護所に向かい、溢れる負傷者の手当にあたりました。

 加護を嘆願できる、わたし、隼人くん、早乙女くんはもちろんのこと、他の三人も軟膏と包帯を手に応急手当に追われます。


「あの凄え音聞いたか? あれって聖女様(師匠)神雷(ゴッドサンダー)の轟きだぜ!」


 軽傷者に片端から “小癒(ライトキュア)” を施しながら、早乙女くんが口角泡を飛ばします。


「俺は間近で見てたけど、まったくあれは凄まじかったぜ。魔族を二〇匹(この数は語るたびに増えていきました)もまとめて灼き滅ぼしたんだからよ。あれこそまさに女神(ニルダニス)の神意にして神威だぜ」


 わたしの口にした演出……という言葉の意味を正しく理解してくれたのでしょう。

 早乙女くんは “広報官” よろしく、魔族に襲われたばかりの人々の不安を払拭していきます。

 大人も子供も男性も女性も怪我人もそうでない人も、早乙女くんの周囲に集まり、目を輝かせて話に聞き入っています。


「女神様はわたしたちの味方をしてくれてるの?」


「おうともさ! あの加護はそのものずばり “神威(ホーリースマイト)” っていうんだぜ! 俺たち聖職者が授かる最上位の加護だ! これが女神様が味方してくれてる証でなくてなんだってんだ――いっちょ上がり!」


 そういって早乙女くんが、“小癒(ライトキュア)” を施した負傷者の腕を叩きます。

 まだ治りきっていない傷口を叩かれ、飛び上がる自警団の若い戦士。

 それでも若い戦士は顔をしかめたあと、苦笑して腕をさすりました。

 誰もが、この異世界からきたイガグリ頭の聖職者に心を許し、接することで平安を覚えるようになっていました。

 早乙女くんは明朗な人柄で、パーティだけでなく、この拠点でもムードメーカーになりつつありました。

 和やかな空気を一変させたのは、飛び込んできたドッジさんからの一報でした。


「問題が発生しました。団員のひとりが魔族を追って地上に出たようです」


 耳を疑うようなその報告に、場が凍り付きました。

 それは……そうでしょう。

 報告の内容が、あまりにも異常だったからです。


「連れ去られたのではなく、追って出たのですか?」


 現在の地上は、灰と砂塵の吹き荒ぶ、滅びた世界。

 血の色に染まった空には “災禍の中心ハート・オブ・メイルストローム” が巨大な渦を巻き、思い出したように直撃される “対滅アカシック・アナイアレイター” が、死した世界をなおも削り取っている場所です。

 そんな場所に “自らの意思” で出たというのですか?

 

「ヨシュア=ベンは、妹を魔族に殺されてる。聖女様が来られる以前で、ジーナが “祈命” の加護を授かる前だ……助けようがなかった」


 ドッジさんと一緒に駆け込んできた若い自警団員が沈鬱な表情で呟きました。

 わたしはすぐに “探霊(ディティクト・ソウル)” の加護を嘆願して、魔族を追って地上に出たというヨシュア=ベンさんの安否を確認しました。


「生きています。ですが砂嵐が起こり始めていて姿が巻かれつつあります――すぐに救助隊を出しましょう」


 念視が終わるなり、即座に提案します。


「わたしも同行します」


「師匠が行くなら俺も行くぜ!」


 可能な限りの素早い決断と、早乙女くんが勢い混んで同道を申し出てくれたこともあって、不安な顔をしていた住人たちの間に安堵の空気が流れました。

 

「待て、俺たちにそこまでする義理はないぞ」


 冷や水を掛けたのは、隼人くんでした。

 わたしはハッとして、パーティーのリーダーである彼を見ました。 

 硬く張り詰めた顔に浮かぶ、ハッキリとした “拒絶” の色。


「ドッジさん、ラーラさんの執務室に行きましょう。救助隊の編制を決めます」


 わたしは自分の意思を明確にする言葉で、隼人くんとの対立を覚悟しました。


◆◇◆


「おい、なんだよ、さっきのあれは! 住人たちが動揺しちまったじゃねえか!」


 主のいない執務室に入るなり、早乙女くんが隼人くんに食ってかかりました。

 

「どこまでお人好しなんだ。拠点に侵入した魔物を退治するぐらいならいい。援助を受けている恩義がある以上手を貸す。だがあの地上に出て人を捜すなんて無謀まではパーティのリーダーとして受け入れられない」


「わかってねえのはお前の方だ、志摩っ! 俺たちはすでにして “この世界の一部” なんだぞ! この拠点があってこそ、俺たちは生存が許されてるんだ! 都合のいいときだけ利用するなんてそんな()()()()な真似してみろ! あっというまに世界から排除されるぞ!」


 “賢者” 早乙女くんの言葉は、物事の核心をついていました。

 彼の言葉は、まさしくわたしの考えでもありました。

 ですが、隼人くんの表情は頑なでした。

 そして他のパーティメンバーも口こそ出しませんが、隼人くんに近い思いを抱いているようでした。

 “中立(ニュートラル)” の五代くんと安西さんは無論のこと、“(グッド)” の田宮さんも隼人くんに同調しているようです。

 隼人くんからして属性は “善” なのです。

 “善” は利他的ではありますが、決して自己犠牲を良しとはしないのです。


「わたしは早乙女くんと同じ意見ですが、隼人くんの意見ももっともだと思います。ですから救助隊にはわたしだけ参加します」


 これが唯一の折衷案でしょう。


「師匠、それなら俺も!」


「拠点には “神癒(ゴッド・ヒール)” を嘆願できる回復役(ヒーラー)をひとりは残しておかないといけません。同じように救助隊には “探霊” が使える聖職者が必要です。そうでなければ “救助隊” ではなく “捜索隊” になってしまいますから」


 わたしは諭すように、それ以上に感謝を込めて、微笑みました。


「あなたがいれば、拠点の人たちも安心でしょう」


 これがパーティをこの世界につなぎ止め、なおかつ分裂を回避する唯一の選択肢でしょう。


「……わかったよ」


 厳つい怒り肩を落として、シュン……と早乙女くんがうなだれます。


「それでいいですね?」


「おまえが遭難しても俺たちは助けにはいかない。()()()()()()()二重遭難は絶対にさせない」


「留守はお任せします」


 時として “子供っぽい駄々をこねてしまう” 幼馴染みの少年に、首肯しました。

 元を質せばわたしがこのパーティに加わったのも、その “駄々” が発端でした。

 それが今、はるか一〇〇年後の未来でいよいよ訣別のときを迎えようとしている。

 かつて、もうひとりの幼馴染みと道を違えたように。


 “あなたはあなたの道を。わたしはわたしの道を”


 わたしはドッジさんと救助隊の編制に取りかかりました。



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― 新着の感想 ―
どちらも正しいのですが、個人的にはエバたちの意見を支持しますね。 もう一蓮托生ですから。
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