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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
657/659

探索者機動迎撃戦・各個★

「この臆病者! 降りてきて戦いやがれ!」


 嘲笑するかのように天井付近を飛び回る “黄銅色の悪魔(カルキドリ)” に、早乙女くんが怒鳴り散らします。


挿絵(By みてみん)


 “静寂(サイレンス)” の加護によって呪文を封じられた魔族はそれでも意に介した様子もなく、わたしたちの手の届かない高みからケタケタと声にならない笑いを浮かべています。

 そうやってわたしたちを釘付けにしているのでしょう。

 無防備な住人がいる以上は、わたしと早乙女くんはこの場から動くことができず、他の救援には行けません。

 その間に、侵入した他の魔族が拠点を荒らし回ってしまいます。


「畜生、これじゃ千日手だぜ!」


(……右、右下方、左前方、直上、左、左奥下方、後上方……)


 切歯扼腕する早乙女くんの隣で、醜悪な相貌の魔族の動きを注視します。

 “黄銅色の悪魔” は、存外慎重な性格のようです。

 飛び道具を警戒しているのでしょう。

 乱数機動にも似た動きで、軌道を読まれないように飛び回っています。

 “与傷” 系の加護なら単体必中ですが、魔族は魔法無効化能力を持ちます。

 なにより()()()()()()()にこれ以上の精神力(マジックポイント)を消費するのは愚者の選択です。

 ですから――。


「そこ!」


 わたしは鋭く叫び、手にした戦棍(メイス)を振りました。


 ガンッ!


 宙空に飛び散る火花。

 飛び行く先を、光の加減によっては半透明に映る不可視の障壁によって遮られて、余裕を浮かべていた魔族が一転、真っ逆さまに落下しました。


「今です!」


「お、おう!」


 床に激突した “黄銅色の悪魔” に、早乙女くんが間髪を入れずに追撃します。

 よろよろと起こされた身体の中心線――水月に、鋭い石突きの一撃。

 そして杖を返すや上部の木柄で、魔族の頭部を粉砕しました。


「見たか!」


 絶命した “黄土色の悪魔” に、怒号する早乙女くん。

 周囲の住人たちから安堵と賞賛の歓声が沸きました。


「移動します」


「アイアイマァム!」


 わたしたちは集合場所に向けて、回廊を走り出しました。

 もちろん次なる侵入者を見つければ、即座に迎撃です。


「それにしても、ほんと “神璧(グレイト・ウォール)” の使い方が上手いよな! マイスターだぜ!」


「悪巧みが浮かぶ限り、応用の幅は無限ですから! それに――」


「それに!?」 


「住人の不安を吹き飛ばすには、あれくらいの演出は必要でしょう!」


「演出って――そんなことまで考えてるのかよ!」


 早乙女くんの絶句を背に、わたしは口をつぐみました。


(そんなことまで考えて――考えられるようになっているのです)


『おめえは “こっち側” の人間だ』


 以前あの人から向けられた言葉が頭を過ります。

 時に疲れ、時に倦むことがあったとしても、わたしは迷宮で生を感じられる人間。

 迷宮に魅入られし者。

 迷宮の申し子。

 危機に際して心が躍る。


(そして――だからこそ、この危機も潜り抜けてみせます!)

 

◆◇◆


「いったい何匹入り込んでいるの!?」


 “E0、N0(地上への出入り口)” から侵入した魔族は、恋の予想を超えて多かった。

 恋と、恋の前を守り走る忍は、住人に襲い掛かっている下級魔族を目に映る端から駆逐せねばならなかった。


「まるでラーラの留守を衝いたみたいだな」


 ヘビィクロスボウで “雨樋石像(ガーゴイル)” を()()すると、忍が次矢を継げながら言った。


挿絵(By みてみん)


「それってわたしたちを舐めてるってことでしょ!? ムカツク!」


 憤る理由が微妙にズレているのは、恋人が逞しくなっているせいだと次矢の装填を終えた盗賊(シーフ) は思おうとした。


「思ってた以上に数が多い。呪文をケチるな」


「了解!」


 恋が怯むことなくうなづく。

 精神力(マジックポイント)を温存を図れる状況ではない。出し惜しみすれば住人が死ぬ。

 ふたりは回廊を抜け、住人たちの生活の場となっている広めの玄室に突入した。


「“悪魔稚児(インプ)” と “雨樋石像” の混成部隊!」


 “悪魔稚児(子供の魔族)” が広間の天井付近に広範囲に滞空していて、 今まさに壁際で怯え竦む住人たちに襲い掛かろうとしていた。


「させない! まとめて―― “深淵(アビス)” !」


 “対滅アカシック・アナイアレイター” や “滅消(ディストラクション)” と同様に複数の集団(グループ)を巻き込む暗闇の呪文が、飛び交う魔族の視覚野を狂わせた。

 “宵闇(トワイライト)” 、“暗黒(ダークネス)” 、 “深淵(アビス)” などのいわゆる “暗闇系” のデバフは、対象となった存在の “探知機能” を妨害(ジャミング)する。

 視覚に頼る生物なら視覚野を。聴覚に頼る生物なら聴覚野を。

 さらには不死属(アンデッド)精霊(スピリット)の生体探知までも狂わせ、結果的に “盲目” 状態に陥れる。

 耐呪(レジスト)も不可能であり、使いこなすことさえできれば魔法無効化能力の高い魔物への切り札となった。


 恋の呪文が魔族たちの視覚を奪ったのを見て、忍は重い石弓を背に回し、代わりにそれまで使っていた “短弓(ショートボウ)” に矢をつがえた。

 射程は短いが軽量でかさばらず、取り回しがきく。

 敵を射ることはもちろん、遠くから罠と思しきものに矢を当てて誘発させるなど、使い勝手は戦闘用の石弓よりもいい。


 忍は上空で慌てふためく魔族の群れに向かって、矢継ぎ早に矢を放った。

 (めしい)たことで同士討ちを嫌ってその場に滞空しているので、格好の的だった。

 蝙蝠に似た羽に次々に矢を受けた “悪魔稚児” と “雨樋石像” が、バタバタと射落とされる。

 ()()()()()()()の忍は小学校までアーチェリーを習っていて、全国でも名の知れた子供だった。

 反発心の強い性格から中学に入学したころにはやめてしまったが、天性の器用さと敏捷さは迷宮でますます磨かれ、パーティで唯一無二のスキルへと昇華していた。


「凄い! 凄い!」


 恋が歓声を上げたときには、忍は短弓を捨て短剣(ショートソード) を抜き放っていた。

 床に落下した “悪魔稚児” に迫り寄り、その喉を掻き裂く。

 気道を裂かれれば呪文を唱えることはできない。

 俊敏にして沈着。

 五代忍は盗賊として、熟練者の域に達しつつあった。


◆◇◆


 “(サムライ)” の魔法は無用の長物――。

 それは “侍” 自身が口にする自嘲、自虐だった。

 なぜなら “侍” が習得する魔術師系の呪文は大半が戦闘用であり、呪文を唱えればパーティの前衛として最も重要な直接攻撃ができない。

 ならばキャンプ中ではどうかといえば、真っ先に思いつくのが魔術師に代わって “示位(コーディネイト)” の呪文を唱えマッピングの補助をすることだったが、これとてメンバーの誰かが “示位の指輪(コーディネイトリング)” を所持していれば、 その必要がなくなる。

 その点、キャンプでの治療や戦闘後の宝箱の罠の識別で聖職者の負担を減らせる君主(ロード)の加護とは、有用性に明らかな差があった。

 そんな “侍” の呪文を、佐那子はいま唱えようとしていた。


(数が多い上に、魔法に抵抗がある!)


 拠点に侵入してきた魔族は大小多数にのぼり、こちらは隼人とふたりだけのうえ、その隼人が()()()()調()ときている。

 長引くほど不利になる。

 強力な範囲呪文で一気に殲滅したいところだったが、相手は耐呪(レジスト)能力を持つ上に “侍” は呪文の習得は遅く、佐那子が使えるのは第三位階の “焔爆(フレイム・ボム)” が精々だ。

 一網打尽は望むべくもない。


(追い込まれた時ほど基本に忠実!)


「―― “暗黒(ダークネス)” !」


 堅実な性格のままに、佐那子はセオリーに従った。

 “焔爆” と同位階(レベル)で、“宵闇(トワイライト)” の倍の効果を持つ感覚遮断(ジャミング)の魔法が、大小の魔族の感覚野を狂わせた。


“Gigigigigiッ!?!”


 嘲笑しながら上空を飛び回っていた “悪魔稚児(インプ)” が動揺の声を上げる。

 その直中で今度こそ “焔爆” が炸裂した。

 隼人が “炎の剣(フレイム・ソード)” に封じられていた呪力を開放したのだ。

 “炎の魔神(イフリート)” の精髄を宿す魔剣が、耐呪不能の呪文に視界を奪われた “悪魔稚児” をまとめて叩き落とす。

 突然の盲目に幼い魔族の()()()()は経験不足を露呈し、耐呪(レジスト)に必要な精神統一を怠ったのだ。

 隼人は、古の名匠の鍛えし業物 “旋風剣(ブレード・ミキサー)” に匹敵する新たな魔剣で、地に堕ちた “悪魔稚児” たちに次々にトドメを刺していった。


“Gigigigigi……!”


挿絵(By みてみん)


 最後の一匹が憐れみと慈悲を求めて、鱗に覆われた小さな手を隼人に伸ばす。

 その姿に、隼人は勃然と理由のわからない赫怒に襲われた。

 滅多やたらに炎をまとう魔剣を振るって、小さな魔族を黒焦げの肉塊に変えた。

 それでも隼人は刃を止めず、インプが灰になるまで剣を振るい続けた。



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― 新着の感想 ―
もうそろそろ、エバは空を飛ぶと思いますw
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