さらに新装備★
赫々とした炎をまとう刃が、明度を落とした執務室を照らしました。
魔剣 “炎の剣” 、確かに次の “氷の迷宮” ではなにかと役に立ちそうな装備です。
「熱くないの?」
田宮さんが興味津々といった様子で訊ねました。
「ああ、まったく。不思議だな」
「そりゃそうさね。その剣は持ち主とそれ以外の区別がつくんだ。喋りこそしないが “知能を持つ剣” の一振だからね――どうやらあんたを主と認めたようさね」
「光栄だ」
ラーラさんの説明に、隼人くんが静かにうなずきます。
その視線は魅入られたように、赫々と燃える刀身に注がれ続けています。
「“龍の文鎮” には “火精の舌” という同類の魔剣が存在しましたが、威力は段違いのようですね。あちらは “火弓” 程度、こちらは “焔爆” 並の熱量です」
“岩山の迷宮” で見つけた “火精の舌” は戦士が扱うには中途半端な威力しかなく、レットさんも愛用していた “段平+1” から乗り換えることはありませんでした。
ですが、この “炎の剣” は違います。
「武器としての強さは+2相当の魔剣に匹敵するか、あるいはそれ以上でしょう」
「さすが聖女様、お目が高い。その剣の威力は古の名匠が鍛えた “旋風剣” 剣に並ぶ最上大業物さ。迷宮下層でも充分通用する得物だよ」
「勇者の聖寵を持つあなたに相応しい品ですね」
「魔方陣の真ん中にぶっ刺せば、焚き火いらずだな。まったくステッチの奴、狙ってたんじゃねえか?」
「おそらくは、そうなのでしょう。自分が連れ去れるのが “氷の迷宮” だと思って、最後の力を振り絞ってわたしたちに残してくれたのです」
「あの娘を助けるまで借りることにする」
述懐したわたしに、隼人くんは冷静さと分別をなくすことなく答えると、剣を鞘に戻しました。
「前衛が使える武器はこれで全部だ。“達人の刀” や “妖刀” はなかった」
ドッジさんが申し訳なさげに、田宮さんに告げました。
「そう。残念だけど仕方ないわね。こればかりは運だもの」
それほど気落ちした様子もなく、軽く肩を竦めてみせる田宮さん。
「それにラーラさんからもらったこの刀を気に入っているの。わたしが命を託すのはこれで充分よ」
「代わりといってはなんだが、“侍” 向けの防具がある――これだ」
そういって佐那子さんに、黒い筒状の部分鎧を差し出すドッジさん。
「それは “前腕鎧” ね」
「ああ、“騎士の前腕鎧” と呼ばれる魔法の部分鎧だ。騎士と名がついているが、大型の盾を持てない “侍” が装備してこそ進化を発揮する品といえる」
「良い色合ね。今着ている紅の “武士の鎧” によく合ってる」
「籠手と合わせて装備できるし、抜刀術の邪魔にもならんだろう」
「いいわね――それじゃ、これはわたしがもらう」
「武器の類いはこれで終わりだ。あとは後衛向けの品だ」
前衛を三人と早乙女くんにそれぞれ一品ずつが行き渡ったところで、ドッジさんがさらにズタ袋に手を入れます。
「魔術師向けのもある?」
安西さんが期待に充ちた瞳をドッジさんに向けます。
「ひとつある、こいつなんかはおまえさん向けだ」
ドッジさんが安西さんに差し出したのはフード付きの厚手の外套でした。
「クローク? 魔法の品なの?」
「そうだ。こっちも盾を持てない魔術師でも防御力を高められる。丈夫な山羊の皮で織られていて、まとうだけで装甲値を-2できる。さらに魔術師の呪文と聖職者の加護を一割ほど軽減する。わずかな減殺だが他の装備と累積するので組み合わせれば大きな効果が得られるぞ。もちろん保温性も高いから氷の迷宮に潜るにはぴったりの品だろう」
「至れり尽くせりじゃねえか」
法衣の上に重ね着できて革鎧並に装甲値を下げ、さらに魔法にも抵抗する。
早乙女くんが感嘆するのも無理なからぬ品といえました。
「それじゃ、それは安西に」
隼人くんにドッジさんがうなずき、安西さんにクロークを手渡します。
「ありがとう! 嬉しい、わたし寒いの苦手だったの!」
「喜ぶところ、そこかよ……」
感嘆一転、ゲッソリする早乙女くん。
「瑞穂の分はないのか?」
わたし以外の全員が新たな装備を得たところで、隼人くんが訊ねました。
「適当な品がないようでしたら気にしないでください。わたしは現状の装備で充分に戦えていますから」
“聖女の戦棍” を筆頭に、あの人から預かっている複数の魔法の指輪。現時点でも装備品は他のメンバーよりも充実しています。
「いや、あります聖女様。あなた向けの、むしろあなたにしかお渡しできない品が」
「? わたしにしか渡せない品……ですか?」
ドッジさんの微妙な言い回しが気になります。
「これです。“奇跡のアンク” と呼ばれる異教の護符で、最初に鑑定した司教では、手に負えなかった品です」
「手に負えなかったって、鑑定できなかったってこと?」
「そのとおりさね。何度やっても “しっぱい” しちまって、最後には精神力が尽きてのびちまったんだ」
安西さんの問いに答えたのは、ドッジさんではなくラーラさんでした。
「そんじゃ、いったい誰が鑑定したんだ?」
と、これは早乙女くん。
「いるだろ、ひとりというか一個というか、金にがめつい賢者さまが、さ」
全員が『ああ……』と納得しました。
「確かに見たことのない形のお守りです。女神信仰に基づくものではありません」
「問題は形じゃなくて、封じられてる “秘めたる力” さ」
「危険なのですか?」
「ヤカン先生よると魔術師系の呪文の高位階に “禁呪” “大禁呪” ってのがあるだろ。あれの聖職者版ってのが一番近い力みたいだね」
「それは……確かに危険です」
表情を真面目にしたラーラさんに、やはり真面目な表情で答えます。
「異教の高司祭がなにかの儀式の際に使うもんらしいんだけど……なんだってそんなもんがこの迷宮にあるのかね」
難しいことは苦手だ、とばかりにボリボリと頭を掻く、ラーラさん。
「“悪魔王” が世界を滅ぼした際に、この迷宮に逃げ込んだ人の所有物だったのかもしれませんね……」
「とにかくこれはあんたが持っててくれ、聖女様。使い道が難しい上に、できるなら使わない方が良い品だ。あんた以外に持てる人はいないだろ」
「わかりました。預からせていただきます」
「持ってるだけでも回復効果+1があるらしいから、今回のところはそれで勘弁しておくれよ」
「充分すぎるほどです」
わたしがあの人から預かった “癒しの指輪” は、現在は安西さんの指にあります。
その代わりの品が手に入ったのですから、満足できる報酬です。
「全員に行き渡ったな。これで新たな階層を前にパーティの戦力は強化され――」
「……」
なにか言いたそうな顔のドッジさんに、隼人くんが気づきました。
「どうした、まだ分配してない戦利品があるのか?」
「これは渡すか渡すまいか正直悩んでいる品だ。使い方によってはある意味 “奇跡のアンク” よりも危険な品だ」
「この護符よりもですか? それはいったい……」
ドッジさんの言葉と表情に、パーティに緊張が走りました。
この場にいる全員の視線を受け、ドッジさんが諦めたようにズタ袋から最後の品を取り出しました。
それは薄汚れた茶色の小さな小瓶でした。
「水薬……ですか?」
「イエスであり、ノーとも言えます。つまり薬は薬でも――」
そこまでいって、ドッジさんは嘆息しました。
「“ほれ薬” です」
それは……確かに危険です。







