またまたまた整理する
「“邪眼” ? あいつがこの迷宮の主だって?」
一区画四方の執務室に、ラーラ・ララさんの訝しげな声が響きました。
「いや、確かに六層にそういう名の性悪魔術師がいることは知られてるさ。でもね、あいつは性悪でせこくて性悪ってだけで、熟練者のあんたたちを苦しめるほどの奴じゃないはずだよ」
「だが実際、俺たちの前に現れたのは強大な “炎の魔神” さえも使役する、手練れの魔術師だった」
「それにオウンさんに酷い呪いを掛けたのもあいつだったし。……討伐に向かったショーちゃんの状況も判らないし……」
隼人くんが厳しい表情で事実を述べ、田宮さんが沈んだ顔で心配を口にします。
「“狂気の暴走者” も “ダック・オブ・ショート” も、いくら試しても “探霊” で念視できないんだよ。六層には質の悪い結界が張られてるみたい、あい」
ジーナさんが腕組み&難しい顔で付け加えました。
「迷宮の理を支配するからこそ迷宮支配者なのです。それは時として世界の理である魔法の効果すら操ります。“呪いの大穴” の最下層は “僭称者” によって “認知” や “永光” の加護が無効化されていました」
「ってことは、やっぱりあの薄汚い魔術師が、この迷宮のダンマスなのか?」
わたしの言葉に、腕組み&渋面で答えたのは早乙女くんです。
「それならそれで結構なことじゃない。倒すべき敵が見えたのは大いに前進よ」
すっかり逞しくなった安西さんに、全員の視線が注がれます。
「な、なによ?」
「いえ、あなたの言うとおりです。わたしたちは “邪眼” と対決し、討滅しなければなりません。そうしなければステッチちゃんは永劫、不浄なる魔術師の眷属とされてしまいます」
「……キーアイテムも取り戻さなきゃならないからな」
わたしの多分に感情的な決意を、五代くんが冷静に補足します。
「それだよ。あの薄汚ねえアンデッドメイジをぶちのめすにしても、キーアイテムがまるっとねえんじゃ、奴のねぐらの六層に下りられるのか?」
「まるっとじゃないわよ。この “♠のジャック” がある」
四層の “赤銅色の悪魔” から入手したトランプに似たカードを早乙女くんに見せる安西さん。
今や彼女の生きる目的となった五代くんが命の引き換えに手に入れたものです。
「あなただってあの “ネス湖” の近くで手に入れた “蓄電池” を持ってるでしょ」
「おおっと、そうだった。すっかり忘れてたぜ。でも……これってそもそも何の役に立つんだ?」
「どちらにしろ、六層に下りるだけならキーアイテムは必要ありません。五層までは昇降機で下りられるますし、始点から六層の縄梯子までは “メンフレディのテーマパーク” を経由すれば、チケットの半券だけで辿り着けます」
件のテーマパークはなかなかに良心的な経営をしていて、一度入場券を購入すればあとは半永久的に出入りが自由なのです。
「それはそれとして――まさかあの遊園地に “灰からでも復活できる泉” が湧いてるなんてね。これでももう “死” に怯える必要はなくなるよ。今回の最大の収穫だ。まったくよくやってくれたよ」
一転、ラーラさんが盛大な喜悦を浮かべました。
テーマパークの一画に湧く “神威の泉” の存在は、先だって報告してあります。
ラーラさんとしては話を戻して、早く子細に知りたいのでしょう。
それは――そうでしょう。
これほどの朗報が、この拠点に暮らす僅かな人々にとってあるでしょうか。
人類の僅かな生き残りの人々にとって。
隼人くんが目配せをして、安西さんが腰に着けている一番大きな雑嚢から羊皮紙の束を取り出しました。
「泉の場所はここよ。五層 “メンフレディのテーマパーク” の “W20、S1”」
すかさず副官である、横一文字の疵面の戦士 “ドッジ” さんがメモを取ります。
「これまた随分と遠いね」
「でもこの “E2、S4” 、背骨みたいな回廊の隠し扉を潜れば、あとは長い長い回廊を進むだけ。絶対に絶対に絶隊に、この “プレイハウス・ミステリーシアター『大人の遊び』” から入っては駄目。生き返らせる前に死んでしまいますよ」
黄玉の瞳を見開くラーラさんの視線の先で、安西さんが地図上に指を滑らせます。
隠し扉は、五代くんが見つけて安西さんが “瞳をシイタケ” にした扉。
そして “プレイハウス・ミステリーシアター” は、何度となく“転移” させられた挙げ句、穽陥に落とされ続けた場所。
腕を骨折した早乙女くんが苦しんだ、最悪のアトラクションです。
「――聖女様」
ラーラさんが地図から顔を上げて、真摯な表情でわたしを見ました。
「今まですまなかったね。止むに止まれずとはいえ、とんでもない重圧の中あんたに死んだ連中の蘇生を任せちまった。感謝してもしきれない。本当本当にありがとう。これからはこの泉を使うよ」
そういってラーラが頭を下げます。
ジーナさんも、ドッジさんも、執務室にいた全員がわたしに頭を下げました。
「“魂還の儀式” は確かに重圧でしたが、喜びでもありました。お役に立てたことを嬉しく思います」
「――さあ、それじゃ次は六層だね! あそこは寒いよ、永久凍土の迷宮だ。そんな装備じゃ “髭の先から尻尾の先まで” たちまち凍り付いちまうよ! ――ジーナ!」
「あい!」
打って変わって快活に言い放ったラーラさんに、ジーナさんがピョンと飛び上がるように背筋を伸ばすと、執務室からすっ飛んで出ていきました。
そしてあっという間に戻ってきた彼女は――。
「準備万端整ってますよ、あいあい!」
いずこで手に入れたのか、完全無欠の防寒着に包まれていました。







