女子トイレの決斗★
“淑女用レストルーム”
「「「「「「……」」」」」」
目の前に現れた小部屋を前に、重なる六つの沈黙。
既視感が半端ではありません。
「やっぱり、あったな」
こういう時に口火を切るのが、早乙女くんの役目です。
「で、どうするよ? 前回は……」
「みんなで入って、酷い目に遭ったわよね」
困ったようにパーティを見返した早乙女くんに答えたのは、安西さんでした。
「当然、わたしたちだけで入るわ」
もちろんその “わたしたち” というのは、安西さんの左右に立つわたしと田宮さんでしょう。
「いや、でもそれじゃ……」
「なに? 女子トイレに入りたいわけ?」
「ば、馬鹿言うなよ」
いつになく果断な安西さんに、タジタジと黙り込む早乙女くん。
ですが早乙女くんの心配も理解できるのです。
迷宮内でのパーティの分散・離散がどれほどの危険を招くのか、これまでの経験上誰もが骨身に染みています。
「スルーするか?」
五代くんが隼人くんを見やりました。
「ステッチの痕跡は?」
「近くにはない」
「そうなると無視はできない」
隼人くんがやりきれない表情で嘆息しました。
ステッチちゃんの痕跡が見当たらない以上は、階層の床すべてにわたしたち自身の足跡を残すしかないのです。
「……やむを得ない。安西たちに任せよう。ただし入って五分以内に戻らなければ、俺たちも突入する。トイレの中が “転移地点” や “強制連結路” の可能性もある――」
「わかってる。その時は “再出現地点” で待機してる」
心得顔の安西さんに、隼人くんもうなずくしかありません。
念のために五代くんが危険の有無を確認します。
女子トイレの扉を調べるシュールな仕事でしたが、恋人の命が懸かっている以上、その顔はいつにも増して真剣でした。
「罠も、魔物の気配もない」
「ありがとう、行ってくる」
「気をつけろ」
「うん」
五代くんと柔らかく会話を交わすと、安西さんは一転した厳しい表情で、
「それじゃ、行きましょ」
と、わたしと田宮さんをトイレに誘いました。
全員が武器を携え、
田宮さん。
わたし。
安西さん。
――の順で、女子トイレの扉を潜ります。
扉の奥は一×一区画の玄室で、それがさらに複数の個室に区切られていました。
個室はすべて開け放たれていて、豪奢で清潔な白磁の『便器』が覗いています。
わたしたち以外の利用者はいないようです。
「クリア」
「クリア」
「クリア」
「空振りね」
刀の柄に手を掛けたまま、田宮さんが肩の力を抜きました。
「魔物もいなければ転移地点も強制連結路もない。もちろん “怪盗少女” の姿も」
「却って都合がいいわ」
田宮さんの言葉に、安西さんが彼女の顔を見据えて答えます。
「どうやら、わたしたちに話があるみたいね」
「女同士で話すのなら、女子トイレは最適だから」
「いいわ。聞く」
田宮さんの声が張り詰め、安西さんに気迫が漲ります。
「佐那子ちゃん、枝葉さん。言っておく。あなたたちが誰を好きになって、その結果ふたりで殺し合おうとどうでもいい。どうぞ勝手にやって勝手に死んでちょうだい。でも、わたしを巻き込んでわたしの幸せを壊すなら、その前にわたしがあなたたちを殺すから」
言葉の激烈さに、絶句するわたしと田宮さん。
「冗談でもただの脅しでもないから。これは宣言だから。わたしは、わたしの幸せのために生きている。そのために迷宮に潜っている。誰にも邪魔はさせないし、邪魔をするなら、わたしの持ってる力すべてを使って滅ぼしてやるから――わかった?」
わたしも田宮さんも、安西さんの気迫に圧倒されてうなずく以外にありません。
「今のわたしを甘くみないで。もう教室の隅で縮こまっていた頃のわたしじゃない。やるといったらやるわよ。――理解した? 理解したなら迷宮にいる間は協力して。出たら好きなだけ殺し合えばいい」
毒をもって毒を制す……とは、このことを言うのでしょうか。
安西さんのあまりの毒に、却って毒気を抜かれてしまったわたしと田宮さん。
どちらともなくお互いを見て、
「確かに彼女の言うとおりです。結着をつけるにもまずは元の時代に還らなければ」
「そうね、わだかまりを抱えたまま突破できるほど、この迷宮は甘くない」
ぎこちない握手を交わして、ひとまずひび割れていた関係を修復します。
「この場しのぎは許さないからね」
「わたしも古強者の迷宮探索者です。パーティメンとの間に亀裂を抱えたまま探索を続ける愚かさは理解しています」
「我執は太刀筋を鈍らせる――道場で祖父から言い聞かされて育った言葉。わたしもこんなところで死ぬつもりはない」
「なら男子が突入してくる前に戻りましょ」
扉を押し開け、わたしたちは “淑女用レストルーム” を出ました。
女子トイレの戦いは、安西さんの圧勝でした。
「ああーーーーっ! あんたたち女子トイレの前でなにしてるのよ! このエッチ、スケッチ、ワンタッチ!」
直後に耳に飛び込んできたのは、探し求めていた怪盗少女♥が待ちぼうけしていた男子たちにぶつけた、時代錯誤な非難の声でした……。







