ミッシング・リンク★
「地上が滅んだ切っ掛けは、二〇年前に “ソラタカ・ドーンロア” が “魔太公” を討滅したことだっていうのか……」
隼人くんが混乱に蒼ざめて独語しました。
彼こそ、その後継者と目されていた当代の “勇者” なのですから。
“クククッ、表の歴史ではそうなっておりますな”
「表!? 裏があるというの!?」
緊張に耐えきれなくなった田宮さんが、悲鳴染みた声で訊ねました。
“然り、然り! 言い伝えられる歴史などその時々の権力者が恣意をもって捏造した偽史にすぎません!
真に “魔太公” を討滅したのは、王配、勇者 “ソラタカ・ドーンロア” に非ず!
真の勇者にして英雄は――”
「“ミチユキ・ハイバラ” 。“ソラタカ・ドーンロア” の双子の兄にして迷宮探索者。そして現在は迷宮保険屋――グレイ・アッシュロード」
話の穂を接いだわたしに、“道化師” を含めた全員が息を呑みました。
“ほほう……さすが聖女さま。ご存じでしたか”
“地獄の道化師” 改め “死の道化師” の虚無の双眸が、スッと細まります。
「あくまで推論で確かめたわけではありません。ですが伝え聞く情報を繋ぎ合わせた結果、そう考えるのが一番蓋然性が高いでしょう」
あの人――グレイ・アッシュロードさんが灰原道行くんであることは、“心の旅” でリンダに告げられています。
さらにリーンガミル聖王国に着いてからの諸々の出来事。
マグダラ陛下のあの人への労りと悔恨と愛情に満ちた眼差し。
その良人である、王配ドーンロア公のファーストネーム “ソラタカ”
そして何より、あの人に秘められている “全能者” の力――。
それらを結びつけて考えれば、自ずとひとつの物語が浮かび上がってきます。
秘められた……悲しい物語が。
「……どういうことだ、瑞穂?」
「グレイ・アッシュロードさんは、わたしたちと同じ転移者です。真名は灰原道行。地球では学校こそ違いましたが、同じ新宿区内に住む高校一年生でした。ですからどこかですれ違っていたかもしれません」
胸に去来する確かな温もりと鈍い痛みを抱きしめながら、言の葉を紡ぎます。
「量子の不確定性のせいでしょう。彼と双子の弟、幼馴染み、クラスメートたちは、わたしたちが転移した時代よりも二十数年前の――それも “僭称者” の騒乱直後のリーンガミル聖王国に転移したのです。
女神が王女の祈りを聞き届け、彼らを――道行くんたちを遣わしたのでしょう。
そこで彼らは、弟王子アラニスを失ったばかりのマグダラ王女と出会ったのです。
そうして迷宮探索者となって王女を助け、彼女と共に “僭称者” の負の遺産である “呪いの大穴” に挑んだのです」
わたしは言葉を途切れさせました。
息が続かなかったのではありません。
胸の痛みが、そうさせたのです。
「その結末は大筋おいて皆さんが知ってのとおりでしょう。“運命の騎士” となった道行くんの双子の弟の空高くんが “女神の試練” を乗り越え、五つの “K.O.D.s” を集めて、神器 “ニルダニスの杖” を授かった。
空高くんは、隼人くんと同じ “勇者” の聖寵を授かっていました。
女王に即位したマグダラ陛下と救国の英雄である勇者空高くんとの婚姻は、騒乱に疲れたリーンガミルの人々にとって、新たな時代の幕開けの象徴だったのでしょう」
「……だが事件はそれで終わらはなかった。迷宮支配者である “僭称者” を討滅し “女神の試練” を達成して神器を授かったというのに、迷宮から魔物が消えることはなかった」
隼人くんの言葉に、わたしは静かにうなずきました。
「“呪いの大穴” には “僭称者” が召喚し盟約を結んだ “真の迷宮支配者” が、未だ存在していたのです。聖典に記されしところの “堕天使” たちの長、魔界に攻め込み “先住者” たちを斬り従えてその王となった者―― わたしたちが “魔太公” と呼ぶ、魔王の中の魔王が。
“魔太公” は迷宮の深奥で勢力を蓄えており、盟約者の意思を継いでいずれ地上に攻め上がってくるのは明らかでした。
平穏を取り戻した王国に再び動揺が走るのは、是が非でも防がねばなりません。
リーンガミルの王城で、密かに魔王の討滅が決められました。
その討手に選ばれたのが……」
「……女王との結婚が決まっていた灰原空高ではなく、双子の兄の道行だったというわけか」
「それじゃ、あのアッシュロード……さんは、双子の弟の影武者になったわけ?」
隼人くんの述懐を受けて、田宮さんが聞き返します。
“……さん付け” にしたのは、わたしを慮ってくれたのでしょう。
「高度な政治的判断、ってやつだな。弟は女王の婿になる救国の英雄だ。万が一にも失うわけにはいかなかったんだ」
早乙女くんがもっともらしくうなずきます。
「そ、それじゃ “魔太公” を討ち倒したのは王配ソラタカ・ドーンロアじゃなくて、お兄さんの方だったの?」
「枝葉の推理が真実を衝いているならそういうことになるな――あのオッサン、よく今まで生きてこられたもんだ」
「どういうこと?」
「普通なら、そんな国を揺るがすような秘密を抱えてたら消されるのがオチだ」
安西さんが五代くんの説明に、暗然と黙り込みます。
「あの人は覚えていないのです。自分こそが当代の “運命の騎士” だということも、本当の名前も……」
わたしは血を吐き出すような思いでつぶやきました。
「……なぜ、そんことになってしまったのか」
“それは女王マグダラが “禁呪” を用いて、“運命の騎士” の記憶を封じたからですよ”
「……え?」
戯すように “道化師” に言った、わたしはハッと顔を向けました。
“今では名君の誉れ高いあの女傑は、そうした上で真なる救国の英雄を自分の国から放逐したのです。ご丁寧に監視者として猫人族のくノ一まで付けてね。いやはや、まったく見事な解決策です”
「記憶を封じた……マグダラ陛下が」
“おおっと、ですが勘違いしてはいけません。これは “運命の騎士” 自身が望んだことなのですから。彼の御仁が女王に望んだ唯一の “報酬” 。それが自らの記憶を永久に封じることだったのです”
「でも、どうして!? なぜあの人がそんな真似をする必要があったのです!?」
“彼の騎士は疲れていたのです。疲れ果てて、人生に絶望していた。それほど数年にわたり、単身迷宮最下層を征く戦いは過酷だった。ですがそれだけではありません。それは結果であって原因ではない。彼をそんな過酷な探索行に駆り立てたものこそ、彼の英雄をして生に絶望させ、記憶と共にすべての過去を葬らなければならなかった原因であり存在なのです”
「その原因とは――存在とは誰なのです!?」
わたしの中でその名前は、半ば以上確定していました。
ですが確認せずにはいられなかったのです。
“その者とは “剣聖キリコ”。リーンガミル史上最高の剣士にして、“女神の試練” の最終盤に “運命の騎士” をかばって消失した、彼の騎士の幼馴染み――真名を “片桐貴理子” と申す少女”
ミッシング・リンクが繋がった瞬間でした……。







