“道化師” 、再び★
「わたしたちはとんでもない魔物と遭遇してしまったようです」
戦慄が背筋を貫き、震える声が喉から零れます。
「いるのでしょう! 姿を見せなさい、 “道化師” !」
シャン……!
澄んだ錫杖の音が、水晶の回廊に響きました。
シャン……! シャン……! シャン……! シャン……!
それは最初、水晶の壁に反響し、わたしたちを幻惑させました。
しかし、相手にその気がなかったのでしょう。
頭輪の音は徐々に集約されて、ギラギラと輝く壁の奥から響き始めたのです。
粗削りにされた水晶の壁の中に浮かぶ、歪んだ緑と橙の道化服。
パーティの全員が息を呑み、金縛りにあったように、ソレが大きくなっていくのを見つめました。
画像が屈折しているので、遠近感がないのです。
やがて耳鳴りさえ催す緊張が最大値に達したとき、道化服姿の小柄な人影が水晶の奥からソロリと足を出しました。
シャンッ!
頭輪の環が一際高くなり、全身を現した “道化師” が深々とお辞儀をします。
“レディース & ジェントルメン、地下迷宮探索を生業となさるお若き探索者の皆様、本日は “メンフレディのテーマパーク” にようこそお越しくださいました! お初にお目にかかります、わたくし当テーマパークのクラウンを務めております、人呼んで “死の道化師” と申します”
「芸名を変えたようですね、“道化師”」
“おお、これは誰かと思えば、ニルダニスの聖女様ではありませぬか! お噂は兼々うかがっておりますです、はい”
慇懃無礼とはまさにこういう態度をいうのでしょう。
“道化師” がさも驚いたように大仰に大手を広げました。
“道化師”
“紫衣の魔女の迷宮” 最強の六大魔物の一角。
そして単体での強さは《《最凶》》ともいわれる魔物。
“まさかこのようなところでお会いできるとは、これも女神の導きでしょう!”
「あなたこそ、こんなところでアルバイトですか? それともかつては同僚だった “悪魔王” からの派遣された派遣社員とか?」
“はははは! これは聞きしに勝る女傑ぶりだ! その若さでその胆力! まったく素晴らしい!”
わたしの皮肉を、哄笑でうけながす “道化師”
武器を抜かない物凄まじい闘争に、パーティの仲間たちは凍り付いています。
そうです。これは戦いです。
少しでも隙を見せれば、一瞬で皆殺しにされます。
わたしたしは、それほどまでに恐ろしい魔物と相対しているのです。
ですが、これは予期せぬ好機でもありました。
わたしは舌先を見えない刃にして詰問します。
「“人類の歴史を縦に紡ぐ悪意の糸” 、それがあなたです。ですから訊ねます、この世界に何が起ったのかを」
“おやおや、女神に導かれし聖女様がご存じないと?”
「導くことと、ただ答えを教えることは違います。ニルダニスはわたしたちを盲目の羊にするつもりはありません。牧羊犬の必要のない羊たることこそ望んでいます」
“いやはや、これは一本取られましたな。さすがは “当代の銀髪の聖女” 様だけある。よろしい、お教えしましょう!”
思ったとおりでした。
わたしのお膳立てに、“道化師” は気を良くした様子で乗ってきました。
老いた狂女のような面を着けたこの魔物は、生粋のエンターテナー。
舞台を整えてあげれば、必ず登ってきます。
嫌な “阿吽の呼吸” です。
“今から遡ること、ちょうど一〇〇年の昔。世界の激変は次元を接するもうひとつの世界で始まりました。魔族たちの棲む世界、すなわち魔界で。“第二次魔界大戦” の勃発です”
「“第二次魔界大戦” ……まさか、それは」
その響きだけで不吉なイメージが想起され、わたしは悪寒に慄えました。
“然り。魔界の先住者である “混沌系” が、征服者であり支配階級である “堕天系” に叛旗を翻したのです。
いまでこそ “混沌系” と嘲られてはいるものの、彼らとてかつては神としてこの地上に君臨した種族。主不在の “堕天系” たちを各所で撃破し、ついには魔界全土を掌握し、下剋上を成し遂げたのです。
その “混沌系” たちを率いたのが――”
「悪魔王…… “混沌をもたらず者”」
“然り、然り。“堕天系” 強大なりとはいえ、君主である “魔太公” を欠いての戦いは統制がとれず、志気も奮わず、次第に劣勢に陥り、ついには圧倒されてしまった。
“堕天系” たちは主が “僭称者” と結んで地上に干渉したことで、自ら敗亡を招いてしまったのです。
“混沌系” たちにしてみれば、“運命の騎士” 様々でしょうな、はははは!”
「地上が滅んだ切っ掛けは、二〇年前に “ソラタカ・ドーンロア” が “魔太公” を討滅したことだっていうのか……」
隼人くんが混乱に蒼ざめて独語しました。
彼こそ、その後継者と目されていた当代の “勇者” なのですから。
“クククッ、表の歴史ではそうなっておりますな”
「表!? 裏があるというの!?」
緊張に耐えきれなくなった田宮さんが、悲鳴染みた声で訊ねました。
“然り、然り! 言い伝えられる歴史などその時々の権力者が恣意をもって捏造した偽史にすぎません!
真に “魔太公” を討滅したのは、王配、勇者 “ソラタカ・ドーンロア” に非ず!
真の勇者にして英雄は――”
「“ミチユキ・ハイバラ” 。“ソラタカ・ドーンロア” の双子の兄にして迷宮探索者。そして現在は迷宮保険屋――グレイ・アッシュロード」
話を接いだわたしに、“道化師” を含めた全員が息を呑みました。
To be continued ......







