男子トイレの決斗★
地下迷宮の第五層をまるごと使った、“メンフレディのテーマパーク”
その最後のアトラクションである “水晶のダンシングオールナイトフィーバー” の手前で、パーティは固まっていました。
“紳士用レストルーム”
入口直前に設置された一×一区画の玄室の扉には、典雅な筆致の文字が彫刻された黄金の案内プレートが掛けられています。
「これってつまり、アトラクションに入る前にしておけ……ってことだよな」
目の前に忽然と現れたトイレを前に、早乙女くんがなんとも表現のしがたい表情で言いました。
驚けばいいのか、呆れればいいのか、それともこれが当然と受け流せばいいのか、判断の付きかねる……といった面持ちです。
「でもそれなら淑女用もあるはずですが……」
返答に困ったわたしは、まったくもって毒にも薬にもならない感想を述べて辺りを見渡しますが……女子トイレは見当たりません。
「……男女共用の多目的トイレか?」
「不潔なこと言わないで!」
呟いた五代くんを安西さんが睨みましたが……理由がよくわかりません。
「コホン……女子トイレが見当たらないのなら、罠と考えるべきかしら?」
田宮さんが顔を赤らめて咳払いしましたが……理由がよくわかりません。
「調べてみるしかないか」
生真面目な顔で隼人くんが思案すれば、
「嫌よ、男子トイレに入るなんて! 入るなら男子だけで入って!」
猛然と安西さんが拒絶します。
こう言うときに、男女混在パーティは不便です。
「そんなこと言われてもなぁ、それじゃ別行動になっちまうだろうよ。地下迷宮でパーティの分断は御法度だぜ」
早乙女くんが『うーん』とイガグリ頭を撫で回し、
「「……」」
わたしと田宮さんは、困ったように顔を見合わせました。
顔を見合わせたのは隼人くんと早乙女くんも同じで、違ったのはふたりはその後、『んっ、んっ』と五代くんに顎をしゃくったことです。
五代くんは顔を顰めて拒絶しましたが、同性からの圧にはあらがえません。
結局、彼女さんである安西さんの説得に回ります。
「俺が思うに、これは男子トイレじゃないな」
「本当?」
「男子トイレなら女子用のが併設されてないとおかしいし、共用ならわざわざ紳士用なんてプレートはつけない。これは俺たちを惑わす罠だ――そうは思わないか?」
「そ、それはまあ確かに」
五代くんの言葉に、不承不承ながらうなずく安西さん。
「だからここは全員で突入すべきだ。俺もおまえがいてくれた方が心強い」
「……うん、わかった」
おお、見事に説得しました。
さすが彼氏さんです。彼女さんの扱いを心得ています。
というわけで我がパーティは出現した “紳士用レストルーム” をフェイクと判断。分裂の危機を回避して、突入する運びとなりました。
いつものように五代くんが扉を調べて、危険の有無を確認します。
『罠はないが魔物の気配あり』とのハンドサイン。
全員がうなずき合い、武器を構えます。
五代くんがハンドサインでカウントダウン、ゼロを数えたと同時に蹴破りました。
バンッ!
すかさず隼人くんと田宮さんの前衛ふたりが突入。
早乙女くん、安西さん、わたしの後衛三人がすかさず続き――。
金色の鎧を着た下腹部にモザイクのかかった君主たちと目が合ってしまいました。
「「「「「「…………」」」」」」
「き……き……」
3……2……1……ゼロ。
「きゃあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
タメにタメての、安西さん渾身の悲鳴。
『『『『『●※△■×○※●※△■×○※●※△■×○※!?!?』』』』』
同じくらいビックリ仰天の五人の君主たち。
それは……そうでしょう。
「た、大変失礼をばいたしましたぁ!」
わたしはこれ以上ないほど深々と頭を下げて、バババババとパーティ全員の襟首を引っ掴んで外に押っ放り出すと、バタン! と扉を閉めました。
えーと……これは……いったい誰の責任なのでしょう。
フェイクではなく本物の男子トイレだった小部屋の前で、わたしは一瞬考え込んでしまいました。
しかし答えが出るよりも早く、ドタドタドタッ! と騒々しい音がして再び扉が、今度は内側から開きました。
フルチ●の黄金君主が五人、手に手に長大な剣を握って飛び出してきたのです。
デスヨネーーーー。
「きゃあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
安西さんの悲鳴、再び。
「待ってください、部屋を間違えました、失礼はお詫びします、ごめんなさい!」
矢継ぎ早に謝罪しますが、黄金君主たちは問答無用とばかりに牙を剥いています。
これは……駄目なやつです。
わたしは戦棍と盾を構えました。
「迷宮に潜るようになって経ちますが――こんな馬鹿馬鹿しい戦闘は初めてです!」
情けなさと腹立たしさのない交ぜになった声が、喉から飛び出ました。
「わたしたちもよ!」
腰を落として刀の柄に手を掛けた田宮さんが、汚い物でも見るような(……実際、彼女にしてみればそうなのしょう)声で怒鳴り返します。
「せめてその汚い物を隠しなさい!」
……やっぱり。
「黄金の鎧……――まさか、こいつらが音に聞く “狂君主” か!?」
「はぁ、“強姦君主” の間違いでしょ!」
生真面目さを崩さない隼人くんに、田宮さんに懐かしいセリフを吐きます。
嗚呼、パーシャ。今ほどあなたが懐かしく思えたことはありません。
「落ち着け、フ●チンに惑わされるな! “狂君主” が五人もいるんだぞ!」
珍しく(失礼。ごめんなさい)的を射た発言をする早乙女くんに、わたしは大いに賛同し、冷静になって相手を観察しました。
剣を抜いて斬り掛かってくる者が三体。
そして――。
「気をつけてください、“呪死”を唱えています!」
残る二体が、“黒騎士” と同じ、即死の加護を嘆願しています!
“狂君主” は呪われた鎧の力で魔術師系の呪文こそ第五位階まで唱えられますが、聖職者系の加護で嘆願できるのは第四位階までのはず。
ですが、“呪死” は第五位階の加護です。
だとするなら――。
「彼らは “狂君主” ではありません! まだ闇に墜ちる以前の “王侯” です!」
叫ぶなり “呪死” を封じるべく “静寂” の加護を嘆願します。
隼人くん、早乙女くんも同様です。
安西さんは “昏睡” の呪文を唱えています。
田宮さんは独り前に出て、勇敢にも斬り掛かってくる三体を迎え撃つ構えです。
五代くんの気配は掻き消えています。
「発っ!」
気合い裂帛、田宮さんが大剣を振りかぶった先頭の胴を鮮やかに払いました。
がら空きになった胴に抜き打ちの一閃が走り、その一刀だけで “王侯” のひとりは倒れました。
(生命力が低い。やはり “狂君主” ではありません!)
だとするなら、怖れるのは “呪死” の加護のみ。
勝敗を分けるのは、それを封じられるか否かです。
真っ先に完成したのは、最も位階の低い安西さんの “昏睡” の呪文でした。
そしてそれだけで、戦いの結着はついてしまったのです。
加護を嘆願する者も含めて、残る四体すべてがバタバタと眠ってしまいました。
次いで完成した三重の “静寂” もまた、四体すべての魔法を封じました。
「出だしが騒々しかったわりには、やけにあっけねえな」
眠りこけてしまった “王侯” たちに、早乙女くんが拍子抜けした様子で呟きます。
「催眠系の魔法が弱点だったんだと思う。わたしも効き過ぎてビックリした」
「立派なのは見てくれだけで、頭の中身は “豚面の獣人” や “犬面の獣人” 並か」
いつのまにか姿を現した五代くんも、どこか物足りない様子です。
必殺の隠れる からの不意打ちも披露されることなく終わってしまいました。
「テーマパークで遊んでいるうちに魔素に呑まれて、そのまま魔物になってしまったんだろう――情けは無用だ。トドメを刺して先に進むぞ」
隼人くんが厳しい表情で命じます。
一度戦闘になった以上は、たとえ “善” の属性であっても結着をつけるのが迷宮の鉄則です。
情けをかけた末に跡をつけられ、他の魔物と戦っている最中に挟撃されることすら考えられるのですから。
友好的な魔物でないのなら、見逃してはなりません。
わたしたちは戦いの結着をつけると、男子トイレの前から離れました。
始まりこそ滑稽味がありましたが、結末は慣れることのない胸の痛みが残る、普段と変わらない迷宮の戦いでした。







