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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
631/660

遊戯は続くよ、どこまでも

 縄梯子を下りると、凍てついた氷の世界が待ち受けていました。

 空気は “凍波(ブリザード)” の呪文のように肌に突き刺さり、呼気を白い細氷に変え、咽頭から気管に鋭い痛痒を与えてきます。


 “祝福の泉” で傷を癒やし体力を回復させたパーティは、ステッチちゃんの追跡を再開しました。

 彼女の足跡は “泉” とは別の玄室に続いていて、扉の隙間からは氷穴を覗き込んだような凍てつく空気が漏れ出ていました。

 その冷気は追跡の当初に見つけた、下層に垂れる縄梯子の穴から噴き上がっていた空気と同じでした。

 わたしたちは、六階に垂れるもう一本の縄梯子を見つけたのです。


 泉で生命力(ヒットポイント)を回復したとはいえ、魔法封じ(アンチ・マジック)の罠は依然としてわたしたちを蝕んでいて、解除するためには階層(フロア)を違えて、中和されてしまった魔法伝導物質(エーテル)を今一度、身体に満たす必要があります。

 そして――。


「こ、こりゃ駄目だ。普段着で富士山に登るようなもんだ。引き返そう」


 早乙女くんが大きな身体をさすりながら訴えました。

 身につけている金属製の胴鎧(ボディーアーマー)は、わずかの間に真っ白になっています。


「賛成だ。足跡も引き返してる――あのガキ、俺たちをここに()()()()()()()


 屈み込んで床を調べていた五代くんが立ち上がりました。


「魔法が封じられたままだと “鬼ごっこ” が続けられないと思ったか」


「彼女のこれまでを思えば、怒る気にはなれないわね」


 憐憫の籠もった表情で呟く、隼人くんと田宮さん。


「……遊んでほしいんだね」


 安西さんは、寒さと思い遣りで鼻を啜りました。


「構ってちゃんが戻ってるなら、俺たちも戻ろうぜ」


「ええ。この階層に来るのはキーアイテム(パスポート)を取り戻し、耐寒装備を調えてからです」


 そして――。


(この氷の階層が、この迷宮での探索の最後の舞台となるでしょう)


 わたしはそんな予感に囚われながら、皆の最後に縄梯子を登り始めました。



 五階の “メンフレディのテーマパーク” に戻ったパーティは、内壁で笑う極彩色のキャラクターたちの前で、今度こそ人心地つきました。

 体力はもちろん、魔力も甦りました。

 魔法が使える心強さは、迷宮では何物にも変えられません。

 縄梯子を登ったパーティは “祝福の泉” がある玄室の前を通り、西に進みます。

 すぐに二×二四方の玄室に突き当たり、室内に巣くっていた魔物を一蹴。宝箱からいくつかの財宝を得たあと、南にある扉を抜けました。

 そこからは一本道の回廊が、果てしなく続いていました。


次元連結(ループ)してる?」


 長い長い回廊を進む途中で、安西さんが立ち止まりました。

 わたしはすぐに立ち止まり、左手に嵌めている魔法の指輪の力を解放しました。

 大粒の宝石が象嵌された指輪には、自分の位置を示す魔法が封じられています。


「“(西)14、()4” ――いえ、次元連結はしていません。シンプルに長い回廊です」


 前後左右の相対方向ではなく、東西南北の絶対座標で答えます。

 南に延びていた回廊は途中で東に折れていて、現在は東に進んでいました。


「確かに長い。でもそこまでの長さじゃない。やっぱり歪んでるね」


 安西さんがマッピングをしながら、時空の歪みを指摘しました。


「うげぇ、またディメンションに囚われたのか。四階の “永劫回廊” の再来はマジで勘弁ねがいてえ」


 皆の気持ちを代弁するのが、早乙女くんの役目なのです。


「あれは長かったわね」


「とにかく歩ける限りは歩くしかない」


 田宮さんが嘆息して同意すれば、隼人くんが弛緩した空気を引き締め直します。


「ここは遊園地(テーマパーク)です。ただ歩いているだけではアトラクションにはなりませんから、時空の歪みもそれほど大きくはないでしょう」


 わたしの励ましを最後に、パーティは進発しました。

 わたしの言葉は半ば正しく、半ば間違っていました。

 パーティはそれからたっぷり三時間は歩かされのですから。

 確かに四階の “永劫回廊” よりは短かったですが、これはこれで、かなりのところ歪んでいます。

 しかも行き着いた先は……。


「……壁だ」


「言われなくても見ればわかるわよ!」


 呟いた早乙女くんに、田宮さんが噛みつきます。

 長い長い回廊の終端は、三方を壁に囲まれた行き止まりでした。


「五代、頼む」


「……調べなくてもわかる。隠し扉(シークレット・ドア)だ」


 熟練の盗賊(シーフ) であり斥候(スカウト) である五代くんが、近づくまでもなく看破しました。

 プロフェッショナルな格好良さに、安西さんが身悶えしています。

 ()()()()になった瞳で田宮さんとわたしを見て、

 

『わたしのカレシ素敵でしょ!? 素敵よね!? 素敵なのよ! 素敵~!』


 と恋する乙女の四段論法で、ドヤっています。

 気持ちは少しわかります。


 五代くんが調べると、あっというまに東側の壁に扉が現れました。

 罠も魔物気配もありません。

 突入するとそこは南北に伸びる回廊でした。

 二区画(ブロック)間隔で、東西に一区画の()()がある回廊には、見覚えがあります。


「この背骨のような回廊は確か……」


「うん、南にいくと “祝いと狂乱の夜会” ――あの舞踏会場だよ。そして北に行って西に折れればすぐに、“プレイハウス・ミステリーシアター” の入口」


 地図を確認した安西さんの言葉に、全員が心の底から脱力しました。

 なんということでしょう。

 わたしたちは壮大な苦労の末に、()()()()に戻ってしまったのです。


「足跡だ」


 ガクッと肩を落とすメンバーの顔を、五代くんの抑えた声が上げさせました。

 早乙女くんが “陽気” な空気をもたらすなら、彼がもたらすのは “沈着” さです。


「これ見よがしに北に向かってる」


「幽霊の舞踏会には向かわなかったか。さすがに同じアトラクションは嫌らしい」


 五代くんの言葉に、隼人くんが嘆息と安堵のまざった吐息を漏らします。


「北には最後のアトラクションがあります。おそらくはそこに向かったのでしょう。彼女はまだまだ、わたしたちと遊びたがっています」


「“祝福の泉” と “六階への縄梯子” に案内したくらいだからな」


「でもそれは、わたしたちが “プレイハウス” を突破したからだよ」


()()()()()()()()()()()はいらないってことでしょ。突破できたから回復させたの――あの悪ガキ!」


 わたし、早乙女くん、安西さん、田宮さんが、話の穂を接いでいきます。


「最後まで付き合う気はない。さっさと捕まえるぞ」


 隼人くんが皆の気持ちを代弁し、パーティは北に向かって進みました。

 二区画先に扉があり、その先の北側にすぐにまた扉がありました。

 回廊が東西に延びていて、東に行けば “BIG MOUTH” がいるエントランス。

 そして西が、『二度と足を踏み入れるものか』と固く心に誓ったアトラクション “プレイハウス・ミステリーシアター『大人の遊び』” です。

 ステッチちゃんの足跡は、北側の扉の奥へと消えています。

 この扉の先こそ、

 

 ・幽霊と死ぬまで踊り続ける、“祝いと狂乱の夜会”

 ・死んでしまいますよ、な “プレイハウス・ミステリーシアター『大人の遊び』”


 に続く、このテーマーパークの三つめにして最後のアトラクション


 “水晶のダンシングオールナイトフィーバー”


 ――でした。


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― 新着の感想 ―
遊びにしては殺意高いと思いますよw
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