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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
629/659

続々々3・4・6★

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


「“夜小鬼(ナイトストーカー)” !」


「“食人鬼頭(オーガロード)” !」


 陸続と現れるの後続が、仲間(ミーナ)を呑み込んで逃げ出した “破滅蛙(ドゥームトード)” とパーティの間に割って入る。


「こら待て!」


 ドッスン……ドッスン……と大儀そうに逃げていく “破滅蛙” に、スカーレットが怒鳴るが、巨大なだけの蛙(それも脳味噌が腐っている)が止まるわけもない。

 跳びはねるたびに腐敗した体皮から有毒の腐汁が噴き出す姿は、醜悪そのものだ。

 早く腹を割いて助け出さなければ、ミーナが危険だ。

 まかり間違って見失いでもしたら、毒死が確実となる。


「邪魔だ!」


 憤怒に任せて “夜小鬼” の一体を斬り倒す、スカーレット。


「まずはこいつらを片付けないと!」


 エレンがさらに一体の “夜小鬼” を斬り伏せる。

 “夜小鬼” は残り、四体。

 “食人鬼頭” は、五体だ。

 “夜小鬼” を前衛に、“食人鬼頭” が “焔爆(フレイム・ボム)” の呪文を唱え始めている。

 このままで五発の火の玉(ファイアボール)に晒されることになる。


(“食人鬼頭” に “静寂(サイレンス)” ――いや、“夜小鬼” を解呪(ディスペル)か!? しかし “焔爆” をどう防ぐ!?)


 ミーナの安否が気に掛かり、スカーレットの判断が乱れた。

 “静寂” の加護が五体すべてに掛かる確率は高くはない。

 しかし呪文を封じないことには、五発の “焔爆” がパーティに炸裂する。

 だが “夜小鬼” には、探索者が何よりも怖れる吸精(エナジードレイン) があった。

 まかり間違って――。


「“食人鬼頭” はわたしが!」


 凜とした声が響くなり、ヴァルレハの鈴音のような澄んだ詠唱が響いた。

 ハッと我に帰ったスカーレットが続けて叫ぶ。


「ノエル、解呪だ!」


 さらに、


「前衛は “夜小鬼” を防げ! 吸精に気をつけろ!」


(問題はヴァルレハが “食人鬼頭” を()()()()かだ)


 魔剣を振って黒い染みのような不死属(アンデッド)を牽制しながら、スカーレットは思った。

 “食人鬼頭” が唱えている “焔爆” は第三位階の呪文で、比較的詠唱が短い。

 鈍重な “食人鬼” が唱えたとしても、呪文の完成は速い。

 しかもヴァルレハは、最大で生命力(ヒットポイント)64に達する “食人鬼頭” を一挙に屠らなければならない。

 HP64といえば、魔術師系第五位階の呪文 “氷嵐(アイス・ストーム)” の最大ダメージと同値だ。

 したがって “氷嵐” では “食人鬼頭” を全滅させることは難しい。


 しかしそれ以上の位階の呪文では、絶対に間に合わない。

 ヴァルレハは優れた実力と才能を持つ熟練者(マスタークラス)魔術師(メイジ) だが、高速詠唱にかけては同じ部隊(クラン)のパーシャには及ばない。 

  口から先に産まれたホビットの少女なら、あるいは第六位階の “絶零(アブソリュート・ゼロ)” で “食人鬼” の詠唱を抜き去り、巨大な氷像を現出させることもできるやもしれない。

 だが彼女(パーシャ)に己を比肩するほど、ヴァルレハは自身に盲目ではない。

 自分が()()()()()()、ぎりぎり第五位階の呪文まで。

 では不足するダメージをどうするか。


「――()っ!」


 エレンが三度、“退魔の聖剣(エセルナード)” に封じられた力を解放した。

 刀身がブンッ! と低く唸り、“烈風(ウィンド・ブレード)” の加護と同等の真空波が発生。

 “食人鬼頭” の群れを斬り刻む。

 それでもすでに詠唱の瞑想(トランス)状態に入っている “食人鬼頭” たちの詠唱は、心の臓を止めない限りは止まらない。

 魔力が全身を駆け巡る恍惚感が、一切の痛痒を無感にしているのだ。

 

 呪文の完成に先んじて、ノエルが残っていた “夜小鬼” を退散(ターン)させた。

 タールのような不浄の魔物は清浄無垢な塵と化し、イモータルであることの永劫の責め苦から解放された。


 勝敗の行方は、ヴァルレハと “食人鬼” の詠唱速度に集約された。

 ヴァルレハの “氷嵐” か、“食人鬼頭” たちの “焔爆” か。

 “食人鬼” たちの両掌に、人間の頭大の真っ赤に燃える火の玉が生成された。

 そして真っ赤に燃えたまま、凍り付いた。

 炎すら凍り付かせる、ヴァルレハの冷凍呪文。

 半瞬遅れて、無数の氷刃が “食人鬼頭” たちに襲い掛かった。

 先にエレンの真空波で切り刻まれていた皮膚が、今度こそ生死に関わる深度で斬り刻まれる。

 五体の “食人鬼頭” は、凍り付き、斬り刻まれ、最後には無数の氷片に砕けた。


「……ふぅぅぅぅぅ……」


 殊勲の魔術師の口から、真っ白な呼気が長く漏れた。

 直後、霜の降りた迷宮に彼女の凜とした声が響く。


「いいわ、追いかけましょう」


 ヴァルレハの言葉を合図に、パーティ “緋色の矢” は仲間を呑み込んだ巨大蛙を追って駆けだした。


◆◇◆

    

「ホビット神拳奥義、“岩盤陥没破”! アチョ、アチョ、ホワタァ~!」


 ホビット伝説の暗殺拳の継承者は、得意の絶頂にあった。

 調子に乗って仲間の盗賊の背中を、アチョ、アチョ、ホワタァ~! する。


「痛て! 調子に乗んな、エセ忍者!」


 右正拳、左裏拳、後ろ飛び右回し蹴りの三連撃を喰らった、ジグが睨む。

 だが、()()高位悪魔(グレーターデーモン)” を鎧袖一触したのだ。パーシャの有頂天は、迷宮の天井を突き破って地上に達しそうな勢いである。


「そんなに跳びはねて、また床が抜けても知らねーからな」


「へへん! ホビット神拳には同じ技は二度通用しないのだ」


 ふたりがじゃれ合っている横で、アッシュロードがこれまでパーシャが描いてきた地図と、自らが持参してきた “呪いの大穴” 時代の地図を見比べていた。


「どう?」


「ああ、寸分違わず同じだ。この()()()は二〇年前の()()()だ」


 フェリリルの問いに、アッシュロードが仏頂面でうなずく。

 似た構造だが実は違っていて、気づいたときには見当外れの場所を彷徨っていた――そんな、お粗末な心配はないようだった。


「このまま進めば、まもなく三層への縄梯子が垂れてるはずだ」


 黒衣の君主(ロード)は自分の地図を丸めて腰の雑嚢にしまうと、もう一方の地図も丸めてパーティの正規の地図係(マッパー)に返した。


「下から登ってくるドーンロアの一党もすぐに気づくはずだ。落盤と陥没が厄介だがマッピングの手間がない分、奴らも――おい、どうした?」


 エルフの少女が『あっ!』と口に手を当てたのを見て、アッシュロードは実に嫌な予感に囚われた。

 男の特技は『嫌な予感が当たり、良い予感はまったく当たらない』ことだった。


「あなたとパーシャがクレバスに落ちたときに “探霊(ディティクト・ソウル)” を嘆願したんだけど、その時に “緋色の矢” の反応は三層にあった、でもドーンロアたちの反応は五層でも四層でもなく、最下層にあったの!」


「なんだと……?」


「ごめんなさい、言い忘れてたわ!」


 基本的にも応用的にも、探索者のパーティは自存自衛だ。

 例え部隊(クラン)を組み、共闘態勢(アライアンス)を採っていたとしても、他のパーティの生存確認などはしない。

 まして現在のような状況では、精神力(マジックポイント)は第一位階の一回分とて無駄にはできず、命綱ともいえる “大癒(グレイト・キュア)” を減らしてまで、他のパーティの安否など確かめない。

 今回は()()()()()()に、偶然探知できたにすぎない。


「どういうことだ? なぜ彼らが最下層に下りている?」


「……強制連結路(シュート)に嵌まったか?」


 レットの眉間が険しくなり、カドモフがむっつりといった。

 堅実で常識的な探索者であるふたりからすれば、この状況で五層にいたパーティが最下層である六層に下りている理由は、それぐらいしか思い至らない。

 そして堅実で常識的ではない筆頭格であるアッシュロードの眉根も、これでもかと寄っていた。


「うわ……凶悪な人相。どうした、おっちゃん? 親でも殺された?」


「……奴ら、テメエらの意思で下りたのかもしれねえぞ」


 まるで “賞金首の手配書(ウォンテッド)” のような顔で、アッシュロードが呟いた。


「ちょ、ちょっと顔が怖いんだけど。それになにいってるのかも解らないんだけど。なんでドーンロアたちが最下層に下りるのよ? 帰還するなら登りでしょうが」


「だがそれには五層と四層の全部と、三層の半分を占める未踏破区域(ヴァージンエリア)を抜かなけりゃならねえ」


 パーシャの答えるというよりも、自分の思考を点検するようにアッシュロードはいった。


「最下層は違う。ドーンロアは二〇年前に最下層の表半分を踏破してる。そしてその最下層の構造は、二〇年前と変わらねえ」


「ドーンロアは “僭称者(役立たず)” を討滅する気なのか?」


「んな無茶な」


 レットが端正な顔を強ばらせ、ジグが甘いと一部で評判の口元をひしゃげさせる。


「……いや、アッシュロードの話には理がある。未踏破階層(ヴァージンフロア)をふたつと半分抜いて、そこからさらに既存の階層を半分とふたつ抜かなければ地上には出られん。ならば、勝手知ったる最下層に()()()()()()方が勝算が高いと考えてもおかしくはない」


 カドモフが自分でもそうするだろう、とばかりに唸った。


「でも最下層は二重構造よ? “K.O.D.s” を集めなければ、裏区域(エリア)には入れない」


「“K.O.D.s” がないのは “僭称者” も同じだ。俺がエルミナーゼと飛ばされたとき “魔太公(デーモンロード)” の玉座の間は空で、裏区域にも魔力が供給されてなかった。つまり―― 」


「“僭称者” も最下層の裏半分には入れない」


「そういうことだ」


 フェリリルの言葉に、アッシュロードがうなずいた。


「うっ、ううう……うう~~~ん???」


 何かを言いかけて、パーシャが腕を組んで再び黙り込んだ。

 今一度間を置き、そうしてからようやく、


「それってさ、()()()()()()?」


 端的に、疑問を呈した。

 彼女の明敏な頭脳をもってしも、ドーンロア一党の行動が、壮挙なのか快挙なのか暴挙なのか愚挙なのか判断が付かない。


「英断? 勇断? 果断? 専断? 独断? 猥談? 蛮断――って言葉はないか」


「似てるのは蛮勇だが、こいつばかりはどっちとも言えねえ」


 最強の “伝説の(K.O.D.s)籠手(ガントレット )” を手に入れたことで、気が大きくなったとも考えられるが、同じ立場だった場合、アッシュロード自身同様の決断をした可能性を否定できない。

 いや、むしろその可能性が高いのではないか。

 ソラタカ・ドーンロアは、グレイ・アッシュロードの双子の弟だ。

 一卵性で生育環境が同じなら、追い詰められた際の決断も似るのではないか。


(死中に活を求めたか……ソラタカ)

 

「どうする?」


 レットがアッシュロードに訊ねた。

 パーティ単位の戦術レベルでの判断はリーダーである彼の領分だ。

 だがこれは一時的にとはいえアライアンスを組む、他のパーティの問題である。

 となればこの作戦の指揮官である女王マグダラの名代であり、作戦立案者でもあるアッシュロードが判断を下さなければならない。


 このまま地上を目指すのか、それとも――。


◆◇◆


「まずは曰くある小部屋をすべてを巡ってみてくれよう。彼奴(きゃつ)の趣向に乗ったうえで薄汚い墓に参ってやるわ」


 果たして、ドーンロアの言葉どおりだった。

 一党が立ち塞がる魔群を斬り伏せ蹴散らし、最初の小部屋に足を踏み入れた直後、頭上から轟雷のような声が落ちてきた。


“王たる者が求めしは力。立ち塞がる敵を討ち滅ぼし付き従える味方を隷従させる。

されどそれ故に、騎士は背を向ける”


「な、なんだ、今のは?」


 女騎士は鼓膜を引き裂かれんばかりの大音声に、我知らず剣を構えていた。


謎かけ(リドル)だ」


 ドーンロアが沈着に応じた。

 

「だが、その一節だ」


 “謎かけ” の設問の一部。これだけでは用をなさない。


「“三角測量” だ。他のすべての小部屋の言葉を得れば、(おの)ずと答えが解る」


 女騎士は表情を引き締め、うなずいた。

 この最下層でイベントがある “曰く付き” の玄室は三つ。

 他の玄室にもこの室と同様の設問があるとすれば、すべてを巡れば謎かけの全容が明らかになるだろう。


「胡乱な。それともこうして我らの消耗を誘っているのか。どちらにせよ“僭称者” は惰弱な男だ」


 女騎士が吐き捨てた。

 リーンガミル聖王国の正式な騎士であることに強烈な自負を抱く彼女にとって、正々堂々たる行いを旨としない輩は唾棄すべき対象でしかない。


「だが戦術としては正当だ。敵の戦力を漸減させたうえで根拠地での決戦に持ち込む――侮れぬ相手と思った方が良い」


 一党で最年長の魔術師(メイジ) がたしなめるでもなく、いった。


「“(クラブ)” だの “腐肉塊(ブロブ)” だの、魔法を耐呪(レジスト)しない相手が出てくれりゃいいんだけど。そうすりゃ、この籠手で」


 “伝説の籠手” を預かる盗賊(シーフ) が、手にする聖銀のガントレッツに視線を落とす。

 パーティ随一の敏捷度(アジリティ)を誇る盗賊が、最強呪文 “対滅アカシック・アナイアレイター” を無限に使える神器を持っている以上、魔法の無効化能力さえなければどんな魔物であろうと灰燼に帰すことができる。

 事実、初手の “大気巨人(エアージャイアント)” との一戦以外は、盗賊の俊敏な魔道具(マジックアイテム)の行使により、一党は危なげなくこの玄室までの血路を拓いてきたのである。


「自身に宿らぬ力を過信するな。己以外はすべて所詮は裏切るものと心得よ」


 ドーンロアは進発を指示した。

 幾重にも張り巡らされた奸計に食い殺されるか、それとも食い破るか。

 死中に活を求めた以上、それ以外の結末はない。

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ドーンロア、本当に善なのか、疑問に思いますw
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