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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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ハイライト

 まだ開けたてない左手と背後の扉。

 メンバーの残りの生命力(ヒットポイント)を勘案すれば、選べるのはひとつだけ。


「未だ開けていない左と後ろの扉も、正面や右手と同じ構造でしょう」


 わたしは逡巡する隼人くんを見つめました。


「どうしてそう言い切れる?」


「他の階層(フロア)ならいざしらず、この階層(フロア)のこの区域(エリア)では、四つの扉の先は同一の構造でなければならないからです」


 この区域は、単なる地下迷宮の一画ではありません。

 迷宮で唯一無二のテーマパークの、アトラクションです。


「そうであるなら、“四つの扉の奥の一区画だけが別の構造で当たり” では、単なる()()()に過ぎず、ゲーム性がありません」


 四つの扉の奥はすべて同じ構造でなければならず、その中で差異を見つけ出せるかどうかが、このアトラクションの肝でありインタラクティブ性なのです。


「すべての扉の奥は四つが四つ同じ構造で、すべての玄室に出発点の穽陥(ピット)の上に “転移(テレポート)” させるワイヤーが張られていて、クリアにはそれ以外の仕掛けが用意されているはず」


「確かに。説得力がある」


 隼人くんがうなずきます。

 あとは、リーダーである彼の判断です。


「後ろだ」


 決断が下されました。


「俺も瑞穂の言うとおり、左と背後の扉の奥も同じ構造で同じ仕掛け――ワイヤーが仕掛けられていると思う。そしてどちらのワイヤーを引いても穽陥(ピット)の上に飛ばされるだろう。脱出の鍵は()()()()()()()あるはずだ。確率が同じなら、あとは賭けだ」


「…………へっ、いいじゃん、それで」


 最後に早乙女くんが脂汗に塗れた顔で賛成して、パーティは背後の扉を潜ることになりました。

 慎重な五代くんは手間を惜しむことなく、扉の安全を確認します。

 罠も魔物の気配もありませんでした。


 パーティは扉を蹴破り、三度左回りの短い回廊を進みます。

 念のために後ろを振り返ってみましたが、蹴破った扉はやはり消えていました。 

 慌てず急いで進みます。

 時空の歪み。いわゆる “迷宮の歪み” はなく、ほんの数分でわたしたちは、最初にワイヤーを引いた玄室の前に到達しました。

 ここでも五代くんは手抜かりなく扉を調べ、危険がないことを確かめました。

 今一度、同じ玄室に突入するパーティ。


「クリア!」

「クリア!」

「クリア!」


 後衛を守って真っ先に飛び込んだ前衛の三人が、魔物がいないことを確認。

 玄室の状況は、何から何まで先程と同じです。

 ただ、五代くんに引かれたワイヤーだけが元の位置にまで戻っていました。


「よし、ワイヤーには触れずに部屋を調べろ」


 隼人くんが緊張に尖った声で指示します。

 ここで脱出に――アトラクションをクリアするために必要な、なんらかの仕掛けを見つけられなければ、件のワイヤーを引いて出発点に戻るしかありません。

 そして二度の穽陥で生命力(ヒットポイント)を減らしているわたしたちのうち、ほぼ確実に誰かが命を落とすでしょう。

 全員が乾いた唇を粘ついた舌で湿らせながら、玄室を調べます。

 迷宮は果たして、二分の一の選択を受け入れてくれるのか――。


「…………あったぞっ」


 発見したのは、早乙女くんでした。

 骨折の痛みと発熱で消耗していましたが、それでも(しゃが)れた声を張り上げました。


「…………ここだ」


 早乙女くんが左手で指差した先には、埃と蜘蛛の巣に塗れたもう一本のワイヤーがありました。


「よくやった、月照」


 ワイヤーを注視しながら、隼人くんが労います。


「こんなワイヤー、右手の玄室にはなかったわよね?」


「うん、なかった――なかったよね、忍くん?」


「ああ」


 田宮さんの話の穂を接いだ安西さんが、五代くんに確認しました。

 最も注意深く調べていた五代くんも同意します。


「下がってろ」


 それから五代くんは皆を下がらせ、二本目のワイヤーを覆っていた蜘蛛の巣や埃を丹念に取り除き、それがいったいどういった仕掛けなのかを精査しました。


「どうだ?」


「一本目と同じだ。ワイヤーは内壁の奥に繋がっていて、ここからじゃ仕掛けの内容までは判らん」


 パンパンと手の埃を払いながら、ワイヤーから後退る五代くん。


「仕掛けの内容が判ってしまっては、スリルもクソもないからな」


「よし、今度は俺が引こう」


 隼人くんがうなずきます。

 リーダとして、犠牲者を出すかもしれない仕掛けは自分が引くというのでしょう。


「預けます」


 任せます――ではなく、預けます。

 

「わたしも」


「わたしも預ける」


「……やってくれ」


「…………ドーンと行け」


 わたし、田宮さん、安西さん、五代くん(肩を竦めて)、そして早乙女くん。

 全員が隼人くんに、命を預けます。

 隼人くんは進み出て、ワイヤーの前に立ちました。

 緊張と興奮に満ちた、このアトラクションのハイライトです。

 副腎からアドレナリンが迸り、実際に口にその味が広がりました。

 隼人くんがワイヤーを引きます。

 弓のように引いても、なかなか仕掛けが発動しません。

 ()()が多いのは、スリルを最高潮にするための演出だったのです。

 限界まで引いて、引いて、引いて――。


 ガチンッ!


 ワイヤーが繋がる内壁の奥で、何かが作動する音が聞こえました。

 視界が歪み、何度目かの浮遊感が重力を消失させます。

 再び重力が戻ったとき、わたしたちは二×二区画(ブロック)の玄室にいました。


『HAHAHAHAHAHA! 愉しんでいただけたでしょうか?』


 響き渡る、お客様係 “BIG MOUTH” の声。


「「「「「「――Fuck You !!!!!!」」」」」」


 間髪入れずに全員が怒鳴り返したのは、当然の帰結でした。



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