ハイライト
まだ開けたてない左手と背後の扉。
メンバーの残りの生命力を勘案すれば、選べるのはひとつだけ。
「未だ開けていない左と後ろの扉も、正面や右手と同じ構造でしょう」
わたしは逡巡する隼人くんを見つめました。
「どうしてそう言い切れる?」
「他の階層ならいざしらず、この階層のこの区域では、四つの扉の先は同一の構造でなければならないからです」
この区域は、単なる地下迷宮の一画ではありません。
迷宮で唯一無二のテーマパークの、アトラクションです。
「そうであるなら、“四つの扉の奥の一区画だけが別の構造で当たり” では、単なる運ゲーに過ぎず、ゲーム性がありません」
四つの扉の奥はすべて同じ構造でなければならず、その中で差異を見つけ出せるかどうかが、このアトラクションの肝でありインタラクティブ性なのです。
「すべての扉の奥は四つが四つ同じ構造で、すべての玄室に出発点の穽陥の上に “転移” させるワイヤーが張られていて、クリアにはそれ以外の仕掛けが用意されているはず」
「確かに。説得力がある」
隼人くんがうなずきます。
あとは、リーダーである彼の判断です。
「後ろだ」
決断が下されました。
「俺も瑞穂の言うとおり、左と背後の扉の奥も同じ構造で同じ仕掛け――ワイヤーが仕掛けられていると思う。そしてどちらのワイヤーを引いても穽陥の上に飛ばされるだろう。脱出の鍵はワイヤー以外にあるはずだ。確率が同じなら、あとは賭けだ」
「…………へっ、いいじゃん、それで」
最後に早乙女くんが脂汗に塗れた顔で賛成して、パーティは背後の扉を潜ることになりました。
慎重な五代くんは手間を惜しむことなく、扉の安全を確認します。
罠も魔物の気配もありませんでした。
パーティは扉を蹴破り、三度左回りの短い回廊を進みます。
念のために後ろを振り返ってみましたが、蹴破った扉はやはり消えていました。
慌てず急いで進みます。
時空の歪み。いわゆる “迷宮の歪み” はなく、ほんの数分でわたしたちは、最初にワイヤーを引いた玄室の前に到達しました。
ここでも五代くんは手抜かりなく扉を調べ、危険がないことを確かめました。
今一度、同じ玄室に突入するパーティ。
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」
後衛を守って真っ先に飛び込んだ前衛の三人が、魔物がいないことを確認。
玄室の状況は、何から何まで先程と同じです。
ただ、五代くんに引かれたワイヤーだけが元の位置にまで戻っていました。
「よし、ワイヤーには触れずに部屋を調べろ」
隼人くんが緊張に尖った声で指示します。
ここで脱出に――アトラクションをクリアするために必要な、なんらかの仕掛けを見つけられなければ、件のワイヤーを引いて出発点に戻るしかありません。
そして二度の穽陥で生命力を減らしているわたしたちのうち、ほぼ確実に誰かが命を落とすでしょう。
全員が乾いた唇を粘ついた舌で湿らせながら、玄室を調べます。
迷宮は果たして、二分の一の選択を受け入れてくれるのか――。
「…………あったぞっ」
発見したのは、早乙女くんでした。
骨折の痛みと発熱で消耗していましたが、それでも嗄れた声を張り上げました。
「…………ここだ」
早乙女くんが左手で指差した先には、埃と蜘蛛の巣に塗れたもう一本のワイヤーがありました。
「よくやった、月照」
ワイヤーを注視しながら、隼人くんが労います。
「こんなワイヤー、右手の玄室にはなかったわよね?」
「うん、なかった――なかったよね、忍くん?」
「ああ」
田宮さんの話の穂を接いだ安西さんが、五代くんに確認しました。
最も注意深く調べていた五代くんも同意します。
「下がってろ」
それから五代くんは皆を下がらせ、二本目のワイヤーを覆っていた蜘蛛の巣や埃を丹念に取り除き、それがいったいどういった仕掛けなのかを精査しました。
「どうだ?」
「一本目と同じだ。ワイヤーは内壁の奥に繋がっていて、ここからじゃ仕掛けの内容までは判らん」
パンパンと手の埃を払いながら、ワイヤーから後退る五代くん。
「仕掛けの内容が判ってしまっては、スリルもクソもないからな」
「よし、今度は俺が引こう」
隼人くんがうなずきます。
リーダとして、犠牲者を出すかもしれない仕掛けは自分が引くというのでしょう。
「預けます」
任せます――ではなく、預けます。
「わたしも」
「わたしも預ける」
「……やってくれ」
「…………ドーンと行け」
わたし、田宮さん、安西さん、五代くん(肩を竦めて)、そして早乙女くん。
全員が隼人くんに、命を預けます。
隼人くんは進み出て、ワイヤーの前に立ちました。
緊張と興奮に満ちた、このアトラクションのハイライトです。
副腎からアドレナリンが迸り、実際に口にその味が広がりました。
隼人くんがワイヤーを引きます。
弓のように引いても、なかなか仕掛けが発動しません。
遊びが多いのは、スリルを最高潮にするための演出だったのです。
限界まで引いて、引いて、引いて――。
ガチンッ!
ワイヤーが繋がる内壁の奥で、何かが作動する音が聞こえました。
視界が歪み、何度目かの浮遊感が重力を消失させます。
再び重力が戻ったとき、わたしたちは二×二区画の玄室にいました。
『HAHAHAHAHAHA! 愉しんでいただけたでしょうか?』
響き渡る、お客様係 “BIG MOUTH” の声。
「「「「「「――Fuck You !!!!!!」」」」」」
間髪入れずに全員が怒鳴り返したのは、当然の帰結でした。







