最も悪辣は、最も単純
パーティは再び、ポッカリと口を開けた落し穴に突き落とされました。
それでも二度目だったこともあり古強者の探索者たちは前回よりも、素早く適切に反応しました。
ひとりを除いて……。
「ぐううっ!」
着地の衝撃に早乙女くんが、右腕を抱え込んで苦悶しました。
「大丈夫ですか!」
駆け寄ったわたしの足にも痺れが残っています。
「…………屁でもねえや」
脂汗と一緒に、強がりと気遣いの笑みを浮べる早乙女くん。
「あの娘、今度会ったら只じゃおかない!」
田宮さんが怒りも露わに叫びました。
「この罠自体は、ステッチちゃんが仕掛けたものではないでしょう」
わたしは頭を振りました。
「彼女のパーソナリティは、ここまで悪辣ではないはずです」
「それにしたって――」
「待て田宮――どういうことだ?」
憤る田宮さんを制してから、隼人くんがわたしを見ました。
「おそらくですが、彼女は引っかからないのです。この罠自体に」
そうしてわたしは、自分の考えをパーティの皆に披露しました。
「……なるほど。瑞穂の言う通りかもしれない」
「いずれにせよ、この悪辣な罠の連環から抜け出さないと。そうしなければ――」
――死んでいまいますよ。
わたしは最後の言葉を呑み込みました。
誰もが一様にうなずき、今一度穽陥の底から脱出を謀ります。
すでに経験していたため作業はスムーズに運び、わずかの時間でパーティは穽から脱しました。
「早乙女くん、血が出てる!」
流血に気がついた安西さんが、あっと叫びました。
二度目の落下の衝撃で、折れていた骨が肉を突き破ってしまったのです。
「…………いいダイエットになるぜ」
早乙女くんがニヤリと笑い返します。
骨折は発熱を伴います。
痛みの他にも激しい悪寒と倦怠感に晒されながら、早乙女くんは仲間への気遣いを忘れない強い人でした。
「真っ正面は外れだ。次はどっちだ?」
――今は無駄なやり取りをせず、脱出して早乙女を治療することが先決だろう。
五代くんのぶっきら棒な言葉にもまた、仲間への気遣いがありました。
「右だ」
すでに虱つぶしを宣言している隼人くんが、迷うことなく速決します。
パーティは進発しました。
傷文字の付けられた壁に沿って一区画を進み、行き当たった扉を、五代くんが再び調べます。
同じ作業の繰り返しでしたが、自身の仕事と技術に誇りを持つ彼は、倦むことなく危険の有無を確認します。
先の扉と同様、罠も魔物の気配もありませんでした。
安全を確認したうえで、パーティは武器を手に扉を蹴破りました。
「同じ構造ね……予想してはいたけど」
刀の柄に手を添え、腰を落とした抜刀術の構えのまま、田宮さんが呟きます。
扉の先は前回と同様に、短い回廊が一区画先で左に折れていました。
背後の扉もまた一方通行で消えています。
「似た状況に慣れないように注意しろ」
隼人くんが喚起します。
前回もそうだったから今回も同じだろう――。
人間の持つ無意識の学習能力を逆手に取って、墓穴を掘らせるのが、迷宮支配者の常套手段です。
もちろん、そんなことはありません。
一区画を進んで左を見ると、予想どおり一区画先で左に折れていました。
さらに一区画先でもまた左に。
そして行き当たりの左型に、扉がありました。
やはり、一×一の玄室を回廊が取り囲む構造だったようです。
五代くんが無言で扉を調べ、今度も安全を確認しました。
パーティは戦闘態勢を整え、四度扉を蹴破ります。
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」
ここでも、守護者である魔物の姿はありませんでした。
あったのは……。
「ここまで一緒なの……?」
安西さんが両手で杖を強く握りしめて、玄室の中央部にこれ見よがしに張られたワイヤーを見つめます。
既視感ではなく、何から何まで同じ仕様なのです。
「当然、あのワイヤーを引くと、出発点の穽陥の上に飛ばされるわけね」
「だが、もしかしたら他の場所に飛ばされるかも」
怒りを含んだ田宮さんの話の穂を、隼人くんが接ぎました。
「なんて悪辣っ!」
半ば以上――いえ、ほぼ確実に罠だと解っていても、ワイヤーを引かないわけにはいかないのです。
「視野狭窄に陥らないように。ワイヤーに触れないように玄室を調べてみましょう」
中央のワイヤーに意識を集中させて、隠された脱出手段から目を逸らさせているのかもしれません。この仕掛けを考案した者なら考えそうな奸計です。
「「ますます悪辣!」」
田宮さんと安西さんがユニゾンで憤りましたが、それ以外に手はありません。
パーティは手分けして、迅速かつ慎重に玄室を調べました。
そして、なにも見つかりませんでした。
「…………構うな、やってくれ」
訊ねられる前に、早乙女くんが告げました。
「月照、背負い袋は下ろしておけ。他はバラバラに飛ばされない程度に距離を取れ」
三度穽陥の上に飛ばされた場合に備えて、隼人くんがせめてもの指示を出します。
「いいか?」
五代くんがワイヤーに近づきます。
「やってくれ」
隼人くんがうなずき、五代くんが再びワイヤーを引きます。
遊びの多さも前回と同様。
直後に訪れた、浮遊感までも。
(どっちが上でどっちが下ですか!)
“転移” の瞬間は平衡感覚が消失するので上下が解らなくなり、体勢を整えるのが遅れます。
パーティは三度出発点に飛ばされ、穽陥の底に叩きつけられました。
六重に重なる苦悶。
「だ、大丈夫ですか……?」
わたしは全身の痛みに耐えながら、呻くように訊ねました。
「生命力-80……次はないかも」
田宮さんが倒れ込んだまま、答えました。
「………… “癒しの指輪” の回し飲みといこうぜ」
骨折の苦痛に苛まれる早乙女くんには申し訳ありませんが、もうそれしか生命力を回復させる手段がありません。
全員で代わる代わる、魔法封じの罠の中でも効果がある魔法の指輪を掌で包んで、打撲の痛みが治るのを待ちました。
「単純な分だけ、怖ろしい罠ですね」
わたしは頭上高く口を開ける、落し穴の口を見上げました。
“癒しの指輪” で全員の完全な回復は望めません。
時間が掛かりすぎて、その間に指輪を持たないメンバーが衰弱してしまいます。
「左か、後ろか、確率は五〇パーセントだな」
ふたつの扉を見比べて、隼人くんが悩みます。
次に穽に落とされれば、確実に犠牲者が出ます。
脱出できる確率は二分の一。
もし脱出の術がどの扉の先にも用意されていなければ、このアトラクションに足を踏み入れた瞬間に、わたしたちの全滅は決まっていたことになります。
ですが――。
「これはアトラクションです。必ず抜け出すことが出来るはず」
「脱出できても、ぜったいリピーターになんかならないわよ」
プリプリとした田宮さんの言い様が、却ってパーティの緊張を解しました。
隼人くんが最後となる扉を選びます。







