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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
623/660

最も悪辣は、最も単純

 パーティは再び、ポッカリと口を開けた落し穴に突き落とされました。

 それでも二度目だったこともあり古強者(ヴェテラン)の探索者たちは前回よりも、素早く適切に反応しました。

 ひとりを除いて……。


「ぐううっ!」


 着地の衝撃に早乙女くんが、右腕を抱え込んで苦悶しました。


「大丈夫ですか!」


 駆け寄ったわたしの足にも痺れが残っています。


「…………屁でもねえや」


 脂汗と一緒に、強がりと気遣いの笑みを浮べる早乙女くん。


「あの娘、今度会ったら只じゃおかない!」


 田宮さんが怒りも露わに叫びました。


「この罠自体は、ステッチちゃんが仕掛けたものではないでしょう」


 わたしは頭を振りました。


「彼女のパーソナリティは、ここまで悪辣ではないはずです」


「それにしたって――」


「待て田宮――どういうことだ?」


 憤る田宮さんを制してから、隼人くんがわたしを見ました。


「おそらくですが、彼女は引っかからないのです。この罠自体に」


 そうしてわたしは、自分の考えをパーティの皆に披露しました。


「……なるほど。瑞穂の言う通りかもしれない」


「いずれにせよ、この悪辣な罠の連環から抜け出さないと。そうしなければ――」


 ――死んでいまいますよ。


 わたしは最後の言葉を呑み込みました。

 誰もが一様にうなずき、今一度穽陥(せいかん)の底から脱出を謀ります。

 すでに経験していたため作業はスムーズに運び、わずかの時間でパーティは穽から脱しました。


「早乙女くん、血が出てる!」


 流血に気がついた安西さんが、あっと叫びました。

 二度目の落下の衝撃で、折れていた骨が肉を突き破ってしまったのです。


「…………いいダイエットになるぜ」


 早乙女くんがニヤリと笑い返します。

 骨折は発熱を伴います。

 痛みの他にも激しい悪寒と倦怠感に晒されながら、早乙女くんは仲間への気遣いを忘れない強い人でした。


「真っ正面は外れだ。次はどっちだ?」


 ――今は無駄なやり取りをせず、脱出して早乙女を治療することが先決だろう。

 五代くんのぶっきら棒な言葉にもまた、仲間への気遣いがありました。


「右だ」


 すでに(しらみ)つぶしを宣言(コール)している隼人くんが、迷うことなく速決します。

 パーティは進発しました。

 傷文字の付けられた壁に沿って一区画(ブロック)を進み、行き当たった扉を、五代くんが再び調べます。

 同じ作業の繰り返しでしたが、自身の仕事と技術に誇りを持つ彼は、倦むことなく危険の有無を確認します。

 先の扉と同様、罠も魔物の気配もありませんでした。

 安全を確認したうえで、パーティは武器を手に扉を蹴破りました。


「同じ構造ね……予想してはいたけど」


 刀の柄に手を添え、腰を落とした抜刀術の構えのまま、田宮さんが呟きます。

 扉の先は前回と同様に、短い回廊が一区画先で左に折れていました。

 背後の扉もまた一方通行で消えています。


「似た状況に慣れないように注意しろ」


 隼人くんが喚起します。

 前回もそうだったから今回も同じだろう――。

 人間の持つ無意識の学習能力を逆手に取って、墓穴を掘らせるのが、迷宮支配者(ダンジョンマスター)の常套手段です。

 もちろん、そんなことはありません。  


 一区画を進んで左を見ると、予想どおり一区画先で左に折れていました。

 さらに一区画先でもまた左に。

 そして行き当たりの左型に、扉がありました。

 やはり、一×一の玄室を回廊が取り囲む構造だったようです。

 五代くんが無言で扉を調べ、今度も安全を確認しました。

 パーティは戦闘態勢を整え、四度扉を蹴破ります。


「クリア!」

「クリア!」

「クリア!」


 ここでも、守護者(ガーディアン)である魔物の姿はありませんでした。

 あったのは……。


「ここまで一緒なの……?」


 安西さんが両手で(スタッフ)を強く握りしめて、玄室の中央部にこれ見よがしに張られたワイヤーを見つめます。

 既視感(デジャヴ)ではなく、何から何まで同じ仕様なのです。


「当然、あのワイヤーを引くと、出発点の穽陥(落し穴の)の上に飛ばされるわけね」

  

「だが、もしかしたら他の場所に飛ばされるかも」


 怒りを含んだ田宮さんの話の穂を、隼人くんが接ぎました。


「なんて悪辣っ!」


 半ば以上――いえ、ほぼ確実に罠だと解っていても、ワイヤーを引かないわけにはいかないのです。


「視野狭窄に陥らないように。ワイヤーに触れないように玄室を調べてみましょう」


 中央のワイヤーに意識を集中させて、隠された脱出手段から目を逸らさせているのかもしれません。この仕掛けを考案した者なら考えそうな奸計です。

 

「「ますます悪辣!」」


 田宮さんと安西さんがユニゾンで憤りましたが、それ以外に手はありません。

 パーティは手分けして、迅速かつ慎重に玄室を調べました。

 そして、なにも見つかりませんでした。


「…………構うな、やってくれ」


 訊ねられる前に、早乙女くんが告げました。


「月照、背負い袋は下ろしておけ。他はバラバラに飛ばされない程度に距離を取れ」


 三度穽陥(ピット)の上に飛ばされた場合に備えて、隼人くんがせめてもの指示を出します。


「いいか?」


 五代くんがワイヤーに近づきます。


「やってくれ」


 隼人くんがうなずき、五代くんが再びワイヤーを引きます。

 遊びの多さも前回と同様。

 直後に訪れた、浮遊感までも。


(どっちが上でどっちが下ですか!)


 “転移(テレポート)” の瞬間は平衡感覚が消失するので上下が解らなくなり、体勢を整えるのが遅れます。

 パーティは三度出発点に飛ばされ、穽陥の底に叩きつけられました。

 六重に重なる苦悶。


「だ、大丈夫ですか……?」


 わたしは全身の痛みに耐えながら、呻くように訊ねました。


生命力(ヒットポイント)-80……次はないかも」


 田宮さんが倒れ込んだまま、答えました。


「………… “癒しの(リング オブ )指輪(ヒーリング)” の回し飲みといこうぜ」


 骨折の苦痛に苛まれる早乙女くんには申し訳ありませんが、もうそれしか生命力を回復させる手段がありません。

 全員で代わる代わる、魔法封じの罠の中でも効果がある魔法の指輪を掌で包んで、打撲の痛みが治るのを待ちました。


単純(シンプル)な分だけ、怖ろしい罠ですね」


 わたしは頭上高く口を開ける、落し穴の口を見上げました。

 “癒しの指輪” で全員の完全な回復は望めません。

 時間が掛かりすぎて、その間に指輪を持たないメンバーが衰弱してしまいます。

 

「左か、後ろか、確率は五〇パーセントだな」


 ふたつの扉を見比べて、隼人くんが悩みます。

 次に穽に落とされれば、確実に犠牲者が出ます。

 脱出できる確率は二分の一。

 もし脱出の術がどの扉の先にも用意されていなければ、このアトラクションに足を踏み入れた瞬間に、わたしたちの全滅は決まっていたことになります。


 ですが――。


「これはアトラクションです。必ず抜け出すことが出来るはず」


「脱出できても、ぜったいリピーターになんかならないわよ」


 プリプリとした田宮さんの言い様が、却ってパーティの緊張を解しました。

 隼人くんが最後となる扉を選びます。



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― 新着の感想 ―
きっつい状況ですね。 ゲームなら何も考えずに進むんですが、リアルだと絶望感が半端ないですね。
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