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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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死んでしまいますよ!

 一つ所に寄り添い眠る “美女(ビューティー)()野獣(ビースト)” を残して、わたしたちはステッチちゃんを追って先を急ぎます。

 幼く愛らしい外見とは裏腹に、その実力はマスターシーフに匹敵する彼女です。

 時に痕跡残して誘い、時に痕跡を消して惑わす。

 追跡は彼女と同じ盗賊(シーフ) であり、パーティの斥候(スカウト)を務める五代くんとの技量比べの様相を呈しています。

 慎重で職人気質の五代くんは、良くステッチちゃんの残す痕跡を見逃さず、徐々に彼女を追い詰めていました。

 

 最後尾を行くわたしが、皆に続いてその区画(ブロック)に足を踏み入れたときでした。

 突然、目眩に似た浮遊感が身体を包み込み、視界が闇に覆われました。

 次の瞬間、


 ドスンッ!


 わたしは()()()()に叩きつけられたのです。

 

「――痛っ!」


 苦痛に呻きます。

 咄嗟に受け身をとるのが精一杯で、足から着地することはできませんでした。

 闇に包まれていましたが、暗黒回廊(ダークゾーン)ではないようです。

 薄ぼんやりとした光蘚(ヒカリゴケ)の発光が、線画の迷宮を浮かび上がらせているからです。

 “永光コンティニュアル・ライト” が消えたために、シンプルに目が慣れてないのでしょう。

 その薄闇の中から、みんなの呻き声やぼやき声が聞こえます。


「み、皆さん、大丈夫ですか?」


「ど、どうにかな。でも着地はできなかった。ダメージを負った」


「わたしもよ。背中を打ったわ……生命力(ヒットポイント)-20ってとこかしら」


「恋、平気か?」


「打撲したみたい。でもこれくらいなら、しばらくすれば枝葉さんから借りてる “|癒しの指輪《リング オブ ヒーリング》” で治ると思う――忍くんは大丈夫?」


「盗賊は装備が軽いからな――」


「…………ってことは、俺が一番重傷か」


 最後に答えた早乙女くんの声は、苦悶に強ばっていました。


「…………右手が折れたみてえだ」


「診せてください」


 わたしは闇に慣れ始めた目で、蹲って利き手を抱え込む早乙女くんに近づきます。


「…………い、いや、大丈夫。自分で治せる」


「わたしの手が折れたときにはお願いしますから」


「…………す、すまねえ」


 わたしは “神癒(ゴッド・ヒール)” の祝詞を唱えかけて――ハッとしました。


「どうした、瑞穂?」


「なんとういうことでしょう。冷静にならなくては――まず、“示位の指輪(コーディネイトリング)” を使います」


 怪訝な気配を向ける隼人くんを無視する形で、わたしは左手に嵌めた大粒の宝石が輝く指輪の力を解放しました。


「くそっ、そういうことか」


 “示位(コーディネイト)” の呪文が効果を発揮するより早く、隼人くんが自分たちが置かれている状況に気づきました。


「ええ、そういうことです」


「どういうこと? なんだっていうの?」


 打撲の痛みに強ばった声で、田宮さんが訊ねました。


「“示位” の呪文は “しっぱい” です――わたしたちは魔法封じの罠の中に飛び込んでしまいました。“永光” や “反発(レビテイト)” の効果が消えているのもそのためです。だから穽陥(ピット)にも落ちてしまった」


 罠の存在に気づかなったら、“神癒” を浪費していたことでしょう。


転移地点(テレポイント)の先が、穽陥と魔法封じか――くそ、なぜ気づかなかった」


 五代くんが自分への怒りに苛立ちました。


「仕方ありません。最後尾が足を踏み入れると発動する罠は珍しいですから」


 珍しく、そしてとても悪辣です。

 斥候が精査しても罠が作動する気配はなく、パーティの半ば以上が進んでも、なお発動しない。最後尾が区画に侵入して初めてトリガーが引かれるのです。


「治療はできませんので、応急処置です」


 わたしは折れた右手の前腕に添え木を当てて縛ると、早乙女くんに告げました。


「…………はは、これが普通なんだから、気にすんな」


 早乙女くんは顔中に粘質の汗を浮べて、笑いました。

 わたしはぐっと唇を噛みしめます。

 そもそもこの苦境を招いてしまったのは、わたし自身の油断だったのですから。

 ですが口に出して謝罪するわけにもいきません。 

 パーティの仲間に気を遣わせるだけで、何の益にもならないことです。

 自己満足は封印しなければなりません。


「とにかく、この穴からでよう――五代」


「ああ、任せろ」


 隼人くんに促され、五代くんがロープを肩に掛けて登り始めます。

 幸いにして、穽陥の底には致命傷となる槍や、先を鋭くさせた(くい)などは植えられていませんでした。

 穽から出さえすれば、仕切り直しは可能です。


「気をつけて!」


 安西さんが心配げに見上げる中、五代くんは短剣(ショートソード)予備の武器(サイドアーム)短刀(ダガー)を巧みに壁の継ぎ目に差し込み、登っていきました。


「ロープ!」


 難なく登り切った五代くんは、まず周囲を警戒。安全を確認したのちに、ロープを投げ落としました。


「…………俺は最後にいくよ。ロープを結びつけるから引き上げてくれ」


「任せろ」


「わたしが最後まで付き添います」


 隼人くんはうなずくと、力強くロープを登っていきました。

 次いで田宮さんが無事に登り切りました。

 腕力の無い安西さんは、五代くんと隼人くんに引っ張り上げてもらいます。


「早乙女くん、これ――いいでしょ、枝葉さん?」


「ええ、もちろんです」


 安西さんがわたしから借りている “|癒しの指輪《リング オブ ヒーリング》” を抜き取り、早乙女くんに手渡しました。

 そうしてから、自身も穴から脱出しました。

 残るは、わたしと早乙女くんです。


「まずは背嚢と武具をあげてもらいましょう」


 早乙女くんは無言で首肯し、背嚢を下ろしました。

 骨折している前腕に肩掛け(ショルダーストラップ)が触れて、強ばっていた顔がさらに歪みます。


「…………俺たちは、魔法に慣れすぎたな」


「指輪の回復効果(オートリジェネ)で、多少は痛みは和らぎますから」


 わたしはまず投げ戻されたロープに早乙女くんの装備一式を括り付け、吊り上げてもらいました。

 その作業が終わってから今度は、再び投げられたロープを彼の胴に回します。


「…………よし、良いぞ。やってくれ」


「OKです! 上げてください!」


 大柄で重い鎧を身につけている早乙女くんでしたが、前衛三人の力でぐいぐいと引っ張り上げられていきました。

 負傷している早乙女くんが無事に穽から抜け出たのを見届けたあとに、わたしはロープを登りました。


「これはまた」


 穽を登り切ったわたしは、思わず独語しました。

 穽陥は、十字型の玄室の中心に掘られていました。

 東西南北それぞれ一区画先に扉が見えます。

 “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” の三層を彷彿とさせる場所です。


「ああ、嫌らしい構造だ」


 五代くんは向かって右手の正面の壁に、短刀で傷文字を刻み込みんでいます。

 十字路を進む際のセオリーでした。


「それで、どっちに進む?」


 マーキングの作業が終わり皆のところに戻ってくると、五代くんが訊ねます。


「あっちだ。座標も方向も判らない。(しれみ)つぶしで行くしかない」


 隼人くんは傷文字を右手正面に見る扉を選びました。

 わずか一区画の距離を進むと、五代くんがいつにもまして細心に扉を調べます。

 先程の後悔が胸にあるのでしょう。

 入念に確認した結果、罠も魔物の気配もないとの判断が下されました。

 パーティは戦闘態勢を整え、扉を蹴破ります。


「クリア!」

「クリア!」

「クリア!」


 前衛の三人が次々に叫びます。

 扉の先は一区画(現在の区画を含めて二区画)先で、左に折れています。


「一方通行の扉です」


 わたしは最後尾の習性でたった今潜ってきた扉を振り返り、そこに壁しかないのを見て取りました。


「大丈夫だ。やることは変わらない」


 波紋のように動揺を、隼人くんが打ち消します。

 わたしたちは突き当たりの内壁まで進みました。

 左を向くと、やはり一区画先で左に折れています。

 そして次の突き当たりでも、やはり一区画先で左に。

 つまり――。


「一×一玄室をぐるりと取り囲んでるってわけね。いかにも何かありそう」


 田宮さんが油断のない視線を左折する回廊の先に向けて言いました。

 普段こういったときに発言して状況を共有するのは早乙女くんでしたが、彼は今、骨折の苦痛と闘ってる最中でした。


「行くぞ」


 パーティは進みます。

 三度左折する内壁に行き着くと田宮さんの予想したとおり、一区画先の左手に扉がありました。


「……確かに何かありあそう」


 わたしのすぐ前で、安西さんが緊張した声でうなずきました。

 五代くんが音もなく扉に近づき、また危険の有無を確認します。

 念入りに調べ、今回も安全と判断されました。

 わたしたちは再び扉を蹴破り突入します。


「クリア!」

「クリア!」

「クリア!」


 扉の奥は、やはり四方を内壁に囲まれた玄室でした。

 視界が開けていないので、次元連結で他の座標とも繋がっていません。

 構造的には最小の玄室でしたが――誰もが一目わかる特徴がありました。

 

「なんだ、あれは?」


 玄室の中央にこれ見よがしに張られた()()()()を見て、隼人くんが唸りました。


「まるで “引っ張ってください” と言わんばかりね」


「…………どうするんだ?」


 田宮さんが不機嫌さを隠さずに呟き、苦しげな表情で早乙女くんが確認します。


「引っ張るのは最後だ。まず玄室内を調べる――おまえらはここを動くな」


 五代くんが、ここでもひとり前に出ました。


「き、気をつけて」


 自身の仕事と技術に強烈な自負を宿す背中を、安西さんが見送ります。

 返事をする代わりに、微かにうなずく気配がしました。

 かなりの時間を掛けて、五代くんは玄室を調べました。


「何もない。罠もスイッチも転移地点(テレポイント)も――あれを引いてみるしかないようだ」


 やがて戻ってきた五代くんが結論を述べました。 


「俺が引こう」


 隼人くんが即断し、前に出ました。

 パーティで最も生命力(ヒットポイント)装甲値(アーマークラス)に秀でた彼が志願するのは、正しい判断ではあるのですが……。


「充分に気をつけてください」


「そっちも」


 わたしは首肯し、ワイヤーに近づく隼人くんの背中を見送ります。


「この玄室の構造からして、ワイヤーを引くとどこか別の座標に跳ばされる可能性があります。心構えをしていてください」


 四方を回廊で囲まれている以上、転移(テレポート)強制連結路(シュート)でしか脱出は叶いません。


「引くぞ!」


「どうぞ!」


 待機組が身構えるのを確認してから、隼人くんが慎重にワイヤーを引きました。

 トリガーにはかなりの遊びがあり、弓を引き絞るほどに引いて、ようやく仕掛けが発動しました。

 浮遊感が全身を襲います。


(この感じ――まさかまた!?)


 いつもより長く思える浮遊感に、頭の中で警報が鳴り響きます。

 直後、身体がバラバラになるような衝撃。

 穽陥の床に、槍や杭が植えられていないのこのためだったのです。

 落し穴に何度も何度も突き落として、嬲り殺しにするためだったのです。

 わたしたちは出発点に戻ってきてしまいました。


 このままでは死んでしまいます。



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