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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
611/658

影縫い★

 アトラクション、“祝いと狂乱の夜会(ダンスパーティー)” ……。

 ペンだこが腐り落ちたお祝いというわりには、なかなかになかなかの、なかなかな難易度と言わざるを得ません。


「ぜぇ、ぜぇ……土下座の呪いの方がなんぼかマシだぜ」


 肩で大きく息をしながら、早乙女くんが心の底からボヤきました。

 そこで “土下座の呪い” が出てくるのは、相当に相当なことです。


「ダンスに失敗するたびに、何Kmも戻ってくるなんてキツすぎるよ」


 パーティで一番耐久度(バイタリティ)の低い安西さんが、杖に縋りつきながら零します。

 この舞踏会場(ボールルーム)の床は全面が可動式で、間違ったステップを踏んだペアを超高機動で階層(フロア)の遙か彼方へと運び去るのです。


“どうしたんだい? もう降参かね?”


“さあさあ、もっと生命力に充ち満ちたダンスを見せてくださいな”


“そうですとも。何十年ぶりの生身のゲストなのですから”


 常連客である半透明の紳士淑女が囃したてます。

 この夜会は死してなお永久に踊り明かすことを選んだ、幽霊たちの舞踏会でもあるのです。


「す、少し休ませてください。このままでは死んでしまいます」


有限体(モータル)は不便ですわね。いっそわたしたちの仲間になってはいかが?”


“おお、それはよい考えだ”


「そうですね、あと七〇年もしたらぜひ――」


 わたしがグッタリと答えかけたとき、


 ガシャーンッッ!!


 突然、舞踏場二階の窓ガラスが激しい音を立てて砕け散りました。

 そして響き渡る、響き渡る、響き渡る……。


「はーーっはっは! 怪盗少女♥ステッチちゃん、予告どおり定刻どおりにただいま参上!」


 盗賊風の濃緑の衣装で身を包み、真っ黒な覆面で顔の上半分を隠した、どう見ても一〇歳くらい女の子が高らかに、そして偉そうに名乗りを上げました。


挿絵(By みてみん)


((((((……また変なのが出てきた……))))))


 パーティ全員から流れ出る、澱んだ空気。


「誰なんだ?」


“近所の()()ですわ”


“きっと寂しいのだろう。構ってほしくてたまにああして無粋な真似をするのだよ”


“こそ泥のことなど放っておいて、さあ、ダンスの続きを!”


「こそ泥いうな! あたしは怪盗――それも世紀の大怪盗よ!」


「……泥棒ならこそこそ盗むのが本道じゃねーのか?」


「……そうね、白昼堂々ならこそ泥じゃなくて強盗だわ」


 早乙女くんと田宮さんの至極もっともな会話。


「そこ! こそこそうるさい! 堂々とナンバー不揃いで五〇億をかっぱらってこそ怪盗なの! 大怪盗なの! そういことになってるの!」


((((((あ、さよけ))))))


「あんたたち見ない顔ね。見ない顔だけどなんかムカつくわ。足もあるし。決めた、今夜はあんたたちから盗んで(スナッチして)やる!」

 

((((((あ、さよけ))))))


「あー、いま馬鹿にした! 口に出してないけど心の中で絶対馬鹿にした! もー、絶対ゆるさない! 泣いてもゆるしてやらない!」


 地団駄を踏む、ステッチちゃん。

 そして闇に最も馴染む濃緑色のマントを閃かせ、パッと二階の窓から飛び上がって叫びました。


「マジカル・シャドーステッチ!」


「――うおっ!? なんだこりゃ!? 身体が動かねえ!」


 こういう時に真っ先に状況を共有する早乙女くんが、今回もまた叫びました。


「わたしも! “棘縛(ソーン・ホールド)” !?」


「いや、“棘縛” なら、話すこともできないはずだ」


 田宮さんの疑問に、やはり動きを封じられた隼人くんが答えます。


「し、忍くん!」


「落ち着け!」


「はーはっは! どうだ、この世紀の大怪盗ステッチちゃんを甘く見た、これが酬いなのだー!」


 ヒラリと重力を感じさせない身軽さで着地すると、快哉するステッチちゃん。


「さー、それじゃ身ぐるみ剥いじゃうもんねー! 脱ぎ脱ぎさせちゃうもんねー! 恥ずかしさに身悶えさせちゃうもんねー!」


 そして卑猥な表情で両手の指を卑猥に蠢かしながら、わたしたちに近づきます。

 まったく初登場から見事なキャラ立てです。

 第三層の怪僧 “ロード・ハインマイン” と良い勝負です。

 怪盗と怪僧、少し似てもいます。


(ですが――)


 わたしはパーティを守るべく踏み出し、ステッチちゃんと相対しました。


「え!? なんで動けるの!? それにその髪!」


「まさか恩寵を引き出すことになるとは。あなたの力を見誤っていました。軽んじた非礼をお詫びします」


 銀色の髪をふわふわと漂わせながら、わたしは謝罪しました。


「あんた、いったい……」


「わたしはエバ・ライスライト。女神ニルダニスの聖女にして世界最高の迷宮探索者グレイ・アッシュロードの正当なパートナーです。故にわたしの裸は売約済みなのでここで披露するわけにはいきません」


(((((……恋敵(ライバル)がいないからって、言いたい放題いってら)))))


「アッシュドーロって誰よ、そんな人知らない! もー、もー、もー、頭にきた! 牛みたいに頭きた! あんたのこととっちめてやるんだから!」


「交渉の余地はありませんか?」


「交渉の余地なし!」


「ならば戦争です」


 対峙するわたしたち。

 短剣を逆手にファイティングポーズを採ったステッチちゃんには微塵の隙もなく、どうしてどうして堂々たる盗賊(シーフ) ぶりです。


「マスターシーフだったのですね」


 戦棍(メイス)を構えながら、わたしは気を引き締め直しました。

 幼い容姿に惑わされたら手痛いしっぺ返しを喰らうことでしょう。


「いくぞー!」


 世紀の怪盗少女との、戦いの火蓋が切って落とされました。



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― 新着の感想 ―
単純な体力勝負が一番キツイこともありますよね。 怪盗少女の乱入は渡りに船だったんじゃないかともおもいます。
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