決着の時★
地響きを立てて頭と胴を分断された赤銅色の巨人が、タグマン城の中庭に倒れた。
同族間では “炎色に近いほど” 男らしいとされる自慢の赤髭が、自身の血でこれ以上ないほどに朱く染められている。
それに先立ち、四匹の “夜小鬼” も同様に首を切り飛ばされて、不死属からただの死者に成り下がっていた。
フーッとドーラの口から、一連の始末が終わるまで止められていた呼気が漏れた。
準備運動には物足りないが、贅沢を言ってはきりがない。
ドーラは中庭から “道化師” の待つであろう主塔に足を向けた。
正方形の縁周を持つ、巨大な角塔である。
城に敵兵が雪崩れ込み、もはや落城を待つばかりとなったとき、城主が立て籠もって最後の抵抗を試みる施設であり、そしていよいよの場合には身を投げて最期を遂げる場所である。
ドーラは “炎の巨人” に破壊されてた壁の穴から再び長い廊下に戻り、主塔への抜け道を探した。
最後の抵抗を試みる防御施設だ。
中庭から内部に至る入り口など、存在するわけがない。
“忍びの者” の勘と経験で、居館の酒蔵に巧妙に隠されていた塔への入り口を見つけると、大胆かつ慎重に足を踏み入れる。
“主塔” の内部は一切の日の光が差し込まない構造で、真の闇だった。
さすがの猫の瞳も役に立たず、ドーラは雑嚢から小型の角灯を取り出して火を着けた。
階層はなく、所々に蜘蛛の巣の張る螺旋階段が、遙か頭上まで続いている。
吹き抜けの構造と高さ自体が、敵兵への防御手段となっているのだろう。
“足を滑らせれば死ぬ”
“突き落とされれば死ぬ”
その恐怖が守兵たちの最後の助けとなるのだ。
ドーラは体重を感じさせない所作で、階段を昇っていく。
昇っていく。
昇っていく。
昇っていく。
歩いていく。
歩いていく。
歩いていた。
どこまでも極彩色の花が咲き乱れる花園を、いつの間にかドーラは歩いていた。
(こいつはいったい、どういうことだい?)
さすがのドーラも、目をしばたたかせた。
(“狐に摘ままれる猫” なんて洒落にならないね)
もっとも摘まんだのは狐ではなく、あの “道化師” だろうが。
その証拠に、そこら中で花を咲かせている見たこともない花。
目の痛くなるような極彩色の花弁はともかく、その花弁の中心が雌しべではなく肛門で、しかもそこから長々とした大便が捻り出ているのだ。
さらには、その捻り出された大便が寄り集まって、あろうことか巨大な木偶を形作った。
大便ゴーレムだ。
これにはドーラも、頭に手を当てて振った。
頭痛が痛い。
まったく、どういう感覚をしているんだか。
もはや、悪趣味とかそういう次元の話じゃない。
猫の敏感な嗅覚が尾籠な臭いで使い物にならなくなる前に、ドーラはしなやかな指で印呪を結んだ。
そして凛とした声で、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在――前!」
刀印を結び、指先で宙空に幾何学模様の線を描く。
忍者や侍の発祥の地。
遙か東方の島国 “蓬莱” より伝わる “破魔の九字” を切れば、“道化師” の描いた悪趣味な世界は雲散霧消し、ドーラは元の螺旋階段に立っていた。
「やれやれ―― “道化師” 。あんたあたしのことを舐めてるのかい? それとも、まさかその程度の眼力しか持ち合わせてないってわけじゃないだろうね? だったら拍子抜けだよ」
ドーラが言い終わるや否や、主塔の吹き抜けの上部一杯に “道化師” の巨大な顔が現れた。
しなびた老婆のような “面”
“蓬莱” で “般若” と呼ばれる鬼女の面に似ているが、口から出ているのは蛇の舌だ。
これは “般若” の中でももっとも業深き者がなるという、“真蛇” の面にそっくりだ――と、ドーラは思った。
“これは失礼をばいたしました。やはりあなた様ほどのくノ一となられますと、わたし自らがおもてなしするしか楽しんでいただく術がないようでございます”
“よいでしょう。余興はここまで。これよりメインイベントの始まりです! もう邪魔はいたしませぬ。さあ、会場はすぐそこです。いざおいでなさいませ!”
それっきり巨大な “道化師” の顔は消え去り、元の果てしなく続くかに思われる螺旋階段が現れた。
ようやく “決着のとき来たれり” ――だね。
角灯の弱々しい光に揺れるドーラの表情が引き締まった。
◆◇◆
「……よし、行くぞ」
「ええ」
フェルは目の前で友人のホビットの少女を背負う男の言葉に頷いた。
彼女たちはこれから、そのほとんどが暗黒回廊の曲がりくねった回廊に踏み出す。
四階に続く昇降機にたどり着くには、パーシャの記憶の中の地図では、北に南に東に西に、実に一二回進行方向を変え、二三区画を進む必要がある。
“座標” の呪文もなしに、毒に冒され朦朧とする魔術師の誘導を頼りに行くには、あまりにも複雑な道のりだった。
フェルは左手に嵌められた指輪に視線を落とした。
つい先ほど、アッシュロードから渡された品である。
『……がきんちょにだけ指輪を貸すんじゃ不公平だからな』
そういって短い休息の後どうにか復調……完調とはいいがたい……した男は、彼女に自分の左手から抜き取った指輪を渡したのだった。
“ 滅消の指輪”
不死属を除くネームド未満のすべての魔物を、大規模範囲で塵にする強力無比な魔道具だ。
さすがに最下層の一〇階や、そのひとつ上層の九階で切り札にするには心許なかったが、この八階を含む迷宮中層までならほぼ全ての魔物を無力化できる文字どおりの決定打となる。
アッシュロードの話によると、この階を抜けられれば魔法封じの呪いの効果は切れるらしい。
自分がこの指輪を持つことによって、昇降機で四階まで昇ったあとは、剣を振るい自分たちの盾役を務めねばならないアッシュロードの負担を、大いに減らすことができるだろう。
すでに玄室の扉は開け放たれていて、その奥には “漆黒の正方形” が口を開けている。
最後の転移は、正解を引き当てていた。
パーシャのナビゲートは正確だったのである。
アッシュロードが暗黒回廊に侵入する。
これでアッシュロードは聴力の半分と視力の全てを奪われたことになる。
ここからは自分が彼の目となり耳となるのだ。
フェルは口元を引き結ぶと、決意も固く暗黒回廊に足を踏み入れた。
暗黒回廊の真なる闇は、エルフの種族特性である “暗視” の能力さえ無効化する。
だがフェルの優れた聴覚は前を進むアッシュロードの足音どころか、衣擦れや息遣いまでハッキリと捉えていた。
これならば失探することはない。
「……まず……西に一区画……突き当たりが内壁……そこで北に一区画……さらに突き当たりが内壁で……また西に……真っ直ぐ……左……真っ直ぐ……右……」
どちらでもわかりやすいように、パーシャが絶対座標と相対座標で誘導する。
左の耳元で囁くホビットの指示通りに進むアッシュロード。
魔物の気配がすれば、すぐ後ろにいるはずのフェルが警告を発してくれるはずだ。
進むごとにアッシュロードは舌を巻いた。
ホビットの――パーシャのナビゲートは驚くほど正確だった。
たった一回、それもごく短い時間見ただけなのに、あの複雑な地下八階の地図を完璧に暗記してやがる。
さらには毒に冒され朦朧とする状態で、それを引き出せる集中力と胆力。
――まったく、大した珠だ。
熟練者の君主は、認識を改めざるを得ない。
アッシュロードは今度こそパーシャの誘導を信頼して、暗黒回廊が現れては消え、消えてはまた現れる、曲がりくねった回廊を進んでゆく。
「……おっちゃん……エバに酷いことしないで……」
アッシュロードの背中にぐったりとした顔を預けたパーシャが囁いた。
「……あたいの……大切な友だちなんだ……あの子が悲しむ顔……見たくないんだ……」
意識が混濁している。
魔道具で最悪の事態に陥ることを防いでいるとはいえ、毒による体力の消耗は限界まできているようだった。
「……おっちゃん……お願いだよ……」
「……するわけねえだろ」
アッシュロードは答えざるを得ない。
元よりそんなつもりはないのだが、口にするのは自分でも良く分からない理由で憚られてきたのだ。
「……ほんと……?」
「……ああ、だから誘導に集中しろ」
「……へへ……ありがと……おっちゃん……あんた意外といい奴だね……」
「……」
フェルは、アッシュロードがエバの話題を口にするのを聞き、胸が締め付けられる思いに苛まれていた。
集中しなければ……と何度も自分に言い聞かせていたが、心の動揺はいや増すばかり。
種族的に、職業的に、なにより意識的に、落ち着いた大人びた雰囲気をまとっている娘だったが、彼女とてまだ17才の少女なのだ。
胸の中に芽生え、一歩ごとに強く大きくなるこの想いと、自分はこれからどう折り合いをつけてゆけばいいのだろう……。
暗闇の中、普段なら真っ先に祈りすがる女神の存在すら忘れて、エルフの少女は途方に暮れていた。
それから数度の休息を挟んだ三人は、ついに最後の暗黒回廊を抜けた。
彼らの一区画先に巨大なゴンドラ状移動装置――昇降機が現れる。
毒に冒され混濁する意識の中、ホビットの少女魔術師はついに一度として道を違えることなく、ふたりの仲間をここまで導いたのだ。
「……アッシュロードさん」
フェルが震える声で目の前の男の名を呼んだ。
「……ああ」
アッシュロードも頷き返す。
両人とも、同じものを――者を見ていた。
金色の鎧に身を包んだひとりの騎士――いや君主 を。
どうやら “決着のとき来たれり” ……だな。
昇降機の前で自分たちを待ち受けていた最後の障害を見て、アッシュロードの本能が告げていた。
次回、フラック v.s.ドーラ
レイバーロード v.s. アッシュロード







