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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
607/659

トライデント★

 アカシニアにおける “(Edge of)外れ(Town)” という言葉は、城塞都市外郭の外側を意味した。

 城塞都市の内と外を隔てる、巨大な城門を出た一帯を指していう。

 しかし西方の雄リーンガミル聖王国の王都である “城塞都市リーンガミル” では、それは都市の中心に拡がる、旧内郭――旧王城があった付近を指す。

 そこは二〇年前の騒乱の折りに、史上最悪の簒奪者 “僭称者(役立たず)” によって破壊され、今では巨大な地下迷宮 “呪いの大穴” がポッカリと口を開けている。

 冒険者――迷宮探索者(無頼漢)にとっては、迷宮がある場所こそが “(Edge of)外れ(Town)” なのだ。


 しかし今朝が彼らがいるのは、一般的に言われている郊外の方だった。

 東から昇る朝日が、高く分厚い城壁と、その基点であり収斂部でもある外郭城門を赤く照らし出している。

 西に長い影を伸ばす、五〇人を超える人数。

 そのうち、これから迷宮に挑むのは三パーティ、一八人。

 残りは彼らを見送る女王と、側近・護衛たちだ。


「それでは娘をよろしくお願いいたします」


 栗色の豊かな髪に簡素な王冠を戴く女王マグダラが、今まさに探索に出ようとする探索者たちに頭を下げた。

 背後には今回女王を補佐する、鷹風ホークウィンドの称号を持つ忍者 “ドーラ・ドラ”を始め、近衛騎士の “ロンドラッド”、祐筆(秘書官)の “マイスン” などが控えており、さらには侍女――警護役のお庭番――のメリッサが油断のない視線を走らせている。

 側近や護衛たちに驚きの表情が浮かぶ。

 いかに人目を遠ざけているとは言え、一国の統治者が平民――それも他国の――に頭を下げたのだ。

 常日頃から接し、主君の人柄を知っている側近たちでさえ狼狽した。


「必ず連れて帰る」


 男がここまでハッキリ明言したことに、今度は探索者たちが驚いた。

 男――探索者を率いるグレイ・アッシュロードは、()()()()以外での大言を嫌い、壮語せず、彼を慕う娘たちはその煮え切らない態度にやきもきしている。

 正確には今日の探索は女王の娘―― “僭称者” に連れ去られた王女エルミナーゼを救出するための前段階だ。

 “僭称者” が立て籠もる最下層へは、迷宮の各所に出現する五体の “生命を吹き込まれた物アニメーテッド・オブジェクト” を討伐しなければならない。

 それらは強大な力を持つ魔法の武具たちで、人類の守護者である “運命の騎士ナイト・オブ・ディスティニー” の装具であった。

 聖銀に輝く五つの “魔法の武具” を打倒して集めることこそ、禁域である最下層へ侵入するための女神の試練なのだ。


 しかし王女救出のための探索は遅々として進まず、現時点で入手できた武具は “鎧” と “盾” だけ。残る三体は依然として迷宮の何処(いずこ)かで挑戦者を待ち続けている。

 もはや時間がなかった。

 アッシュロードの思考は飛躍した。

 ()()()()()残る武具の元に直接転移(テレポート)して、一気にカタをつける。

 しかも転移するのは、三体の武具それぞれに一パーティずつ。

 すなわち “緋色の矢”、“フレッドシップ7”、そして王配ソラタカ・ドーンロアが直率する彼の郎党である。

 今日の探索で、残る “魔法の武具(マジックウェポン)” をすべて討伐し、最下層への道を切り拓く。

 それがアッシュロードの目論見だった。


 三つのパーティはそれぞれ、進発の準備を始めた。

 君主(ロード)であるアッシュロードとドーンロアが僧侶(ヒーラー)の消耗を抑えるため、“認知(アイデンティファイ)” “永光コンティニュアル・ライト” “恒楯コンティニュアル・シールド” の加護を次々に嘆願する。

 君主のいない “緋色の矢” には、女王マグダラ自らが施した。

 俗に加護の三点セットと言われる探索前の祈祷が終わると、全員の視線がひとりの少女に集中した。

 革鎧(レザーアーマー)を着た背が低く膨よかな、ドワーフの少女。

 少女がうなずき、進み出る。


 ――とその姿が輝きだし、眩い光が一同の視界を覆った。


 光の圧力が失せて再び目を開けたとき、短躯の少女の姿はなかった。

 代わりにいたのは、ゆるく波打つ黄金の髪を持った緑衣の少女。

 ドワーフの名匠でも再現できないと謳われる、マグダラ・リーンガミルの美貌さえ霞む、繊細さの中に神々しいまでの力強さを宿す超越の美。

 少女の背に畳まれていた、三対の純白の翼が広げられる。

 熾天使(セラフ)ガブリエルが、本来の姿を顕現させたのだ。


 最高位天使(アークエンゼル)の降臨を目の当りにし、彼女を知らない人間からどよめきが起こった。

 しかしそのどよめきはすぐに治まった。

 彼らの多くは二〇年前に、“僭称者” が召喚した魔族(デーモン)が聖王都を蹂躙跋扈(ばっこ)する姿を目にしているのだ。

 悪魔がいるのなら、天使がいても不思議はない。


「ガブリエル、お願いいたします」


 生得の姿に戻った熾天使に、正式な作法で頭を垂れた。

 聖王都には女神(ニルダニス)によって施された、高次元生命体(天使や悪魔)の侵入を防ぐ強力無比な結界が張られている。

 最高位天使といえど、その結界の中には降り立てない。

 だからこそガブリエルはドワーフに変態し、だからこそ一行は天使としての彼女の力を借りるために城外にまで足を運んだのだ。

 ガブリエルはうなずき、静かに目を閉じた。


「三階 “()14、()13”  マジックソード

 四階 “()10、()4”  マジックヘルム

 五階 “()10、()9”  マジックガントレット」


 唇から零れた清澄(ルーシディティ)な言葉を、ヴァルレハ、パーシャ、そしてドーンロア配下の魔術師が、羊皮紙の片端に素早く書き取る。いずれも練達の地図係(マッパー)たちだ。

 本来、五つの “魔法の武具” を集めるには、(シラミ)潰ししかない。

 最下層を除く五つの階層(フロア)のいずこかに潜んでいる武具を探し出し、これと戦い打ち倒す。

 五層すべてを丹念に探索して地図を作り(マッピング)、居所を突き止めなければならないのだ。


 しかし囚われのエルミナーゼを思えばもはや一刻の猶予もなく、アッシュロードは飛躍した。

 すなわち、人間よりも遙かに女神に近い存在の天使のガブリエルに、残りの武具の存在を感知させ、その座標に “転移(テレポート)” の呪文を使って突入。これを撃破・入手後は、再び “転移” で地上に帰還する。 それを三パーティ同時に行なうという無茶振りだ。


「よぉぉぉおっし! やってやろうじゃないの!」


 一行で最も小柄な少女が、掌に拳を打ち付けて叫んだ。

 全身から火の玉のような闘志を漲らせた、ホビットの魔術師(メイジ)

 彼女たちのパーティが挑むのは四層に潜む、単体なら五つの武具で最強と言われる “魔法の兜” だ。


「レット、幸運を(グッドラック)!」


 自らの名と同名のパーティを率いて三層に跳ぶスカーレット・アストラが、同志であり恋人でもあるレトグリアス・サンフォードに快活に告げた。

 

君も(ユー・トゥー)


 落ち着いた微笑みを浮べて、レットが答える。

 レットがまとっているのは、胸の中央に大粒の金剛石(ダイヤモンド)が輝く “伝説(K.O.D.s)の鎧(アーマー)” 。

 スカーレットが携えるのは、中央やや上部にやはり金剛石の輝く “伝説(K.O.D.s)の盾(シールド)” 。

 ドーンロアの郎党は無言だった。


「女神の加護があらんことを」


 最後にマグダラが手向けの言葉をかけ、三つのパーティは行動に移った。

 それぞれのパーティの魔術師 兼 地図係が、互いに干渉しないよう時間差を付けて “転移” の呪文を唱え始める。

 先陣を “緋色の矢” が切り、次いでドーンロア一党の姿が掻き消え、そして殿に “フレンドシップ7” が跳んだ。

 跳躍する刹那、ドーンロアとアッシュロードの視線が交錯した。

 善と悪、白と黒、光と闇。

 対照を成すふたりの君主が、対決の確信を胸に掻き消える。

 

「……どうか誰一人欠けることなく還ってきて……」


 女王の祈りのような呟きと共に、迷宮を穿つ三つ叉の鉾(トライデント)が放たれた。


◆◇◆


 目眩にも似た浮遊感が去ったとき、“フレンドシップ7” は意外な場所にいた。


「な、なによ、ここ?」


 再出現(テレアウト)するのは地下迷宮の直中だとばかり思っていたパーシャが、周囲を取り囲む剥き出しの岩壁を見て戸惑う。まるで洞窟だった。


 アッシュロードには似た場所に覚えがあった。

 かつて男が死闘を演じた “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” の最下層も、厚い岩盤をくり貫いただけの階層だった。そこに似ている。

 さらにもうひとつ心当たりが――。


「がきんちょ、おめえ一層間違えて跳んでねえか? こりゃ五階だぞ」


 “呪いの大穴” の第五層は、天然の洞窟を利用した階層であり、崩れやすく落盤が多発する危険地帯だ。

 パーティが跳躍すべきは第四層である。


「あたいがそんなミスするわけないでしょ!」


 憤懣やるかたなし! なホビットの少女に睨まれ、すぐにアッシュロードは自分の勘違いを認めた。

 そもそも今自分たちが潜っているのは、“呪いの大穴” ではなく “林檎の迷宮” だ。

 構造から生育している魔物までまるで違う、別の迷宮だ。

 アッシュロードの()()()()()()()()()

 パーティが転移したのは、紛れもなく “林檎の迷宮” の四層だった。

 六人の眼前、四方を天然の岩壁に囲まれた玄室に、聖銀に輝く兜が出現した。

 

挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[一言] まあガブリエルの存在知ったら対策しますよね。 そしてグレイはそれも込みで作戦練っていると思っています。 どうなるか、楽しみです。
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