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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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黄昏に想う★


 極彩色のキャラクターたちが溢れる賑々しい室外とは違い、舞踏場(ボールルーム)は豪奢な意匠が凝らされた、ノーブルな空間でした。


 夜ごと異なる理由と趣向で開かれる、“祝いと狂乱の夜会(舞踏会)” 。


 参加者(ゲスト)である、絢爛たる衣装をまとった貴人・貴婦人たちが、わたしたちに好奇と期待の眼差しを向けてきます。

 良く見ると身体は薄く透けて、足下にゆくほど顕著になっています。

 永久(とこしえ)に現し世に留まり、踊り続ける幽霊(ゴースト)たち。

『自らの意思で』――と言っていますが、すぐに信じることはできません。

 もしかしたら迷宮支配者(ダンジョンマスター)に召霊され、支配下にあるかもしれないのですから。

 この数の幽霊に一斉に襲い掛かられるのは脅威です。

 ですが――。


(敵意は感じられません。むしろ友好的(フレンドリー)な気配です)


 あるのは天真で邪気のない、文字どおり無邪気な歓待。

 ここはお招きに応じるのが賢明でしょう。


「見ての通り、わたしたちは無骨な迷宮探索者(無頼漢)です。わたしたちのダンスなど皆様のお目汚しでしかありませんが、このような楽しい夜会を知ってしまった以上、なんで踊らずにいられましょう」


 わたしはハッタリ一〇〇パーセント。

 背中に汗の筋を零しながら、自信に溢れる表情で答えました。


“おお、さすがは女神ニルダニスの聖女さまだ。なんという大らかさ”


“楽しいですわ、今宵の夜会は楽しいですわ”


“本当に。このような素敵なゲストがいらっしゃるなんて、何十年ぶりかしら”


“さあ、ダンスを! 苦しみも悲しみも忘れて、一夜の狂乱のダンスを!”


 幽霊たちは口々に喜びを表し囃子(はやし)ながら、宙を飛び回りました。


「隼人くん、Shall we Dance」


「あ、ああ」


 隼人くんに手を差し出し、彼のリードでホールの中央へ進み出ました。


((頼むわよ~、枝葉さん!))


 田宮さんと安西さんの熱視線を感じながら、bow()courtesy(お辞儀)をして、互いの身体を密着させます。

 肌を通して感じる、わたしの何倍もの緊張。

 なるほど、確かにこういうときは男の子の方が緊張するようです。

 ここは()()、わたしがリードしなければなりません。

 そして流れ始める典雅なワルツ。

 

 舞踏なにするものぞ!

 数々の迷宮探索で鍛えられた敏捷性(アジリティ)を舐めたらあかんぜよ!

 そして気合いと自負のファーストステップ!


 ズン、チャッ、チャッ!


「え?」


“ああ、そういえばこの舞踏場は、生身の身体ですと()()()が発動するのでしたわ”


“おお、そうだった、そうだった”


“はははは、久方ぶりだったのですっかり忘れていたよ”


“はははは、わたしもだよ”


「そういうことは、もっと早く思い出してくださーーーーーーーーーーーい!!!」


 超高速・高機動で移動する床にあっという間に連れ去られ、わたしの抗議の叫びは鷹揚な幽霊たちには届きませんでした。  


◆◇◆


 夕闇迫る、黄昏時(トワイライト)

 聖王都リーンガミルの城郭内にあるにも関わらず、その墓地はひっそりと寂しげだった。

 小高い丘に並ぶ白亜の墓石たちが、今日の命を終えて沈みゆく太陽に照らされ赤く染まっている。

 仕事が終わり家路を急ぐ夫。

 夫を温かい食事で迎える妻と子供。

 独り者は一日の疲れを憩うために馴染みの酒場に向かう。

 昼間の喧噪が夜の喧噪に取って変わられる時間。

 そんな庶民の活気も、この墓地には届いていない。

 

 現世と幽世が交わる、逢魔が刻。


 時の流れから取り残されたようなその場所に、男がひとり立っていた。  

 全身を漆黒の板金鎧(プレートメイル)で包み、同色の外套(マント)を羽織る姿は、黒い染みのようだ。

 ただ腰間に見え隠れする長剣(ロングソード)だけが白金の(こしら)えで、出立ちから浮いていた。


 黒衣の男はもう長い時間、その墓の前にたたずんでいた。

 夕日に染まる墓石は簡素で、眠る者と建てた者の人柄を偲ばせている。


“片桐貴理子”

“人生でもっとも近く、もっとも遠く、もっとも大切だった人”


 墓石は、異国の言葉でそう彫られていた。

 知らないはずの文字。

 知らないはずの言語。

 だが男には、その墓碑銘が読めた。

 男がこの墓の前に立つのは、これが二度目だった。

 最初は、まるで誰かの意思に導かれるように。

 そして今回は、自らの意思で。

 男の名を、グレイ・アッシュロードという。


「……長い間、不義理をしちまってるみたいだな」


 やがてアッシュロードが墓石に語りかけた。

 剣聖ソードマスターの恩寵を持ち、伝説の妖刀を振るったリーンガミル史上最強の剣士。

 異世界からの転移者。

 そして自分を庇って、自分のために犠牲になった、幼馴染みの少女。


「……たぶんおめえは俺にとってかけがえのない存在だったんだろう。自分で自分の記憶を封じなければ、生きていけなかったほどに」


 それがなんの言い訳にもならないことを、アッシュロードは知っていた。

 今もアッシュロードは少女の顔を思い出すことができない

 向けられた笑顔を、掛けられた言葉を、与えられた慈しみと愛を、思い出せない。

 己のために生命を捧げた少女に、まさしく不義理の極みだった。


「……ドーンロアが俺を()りたがるのも無理はねえ。俺が奴でもそうしただろう……責められねえ」


 思い出せないが、知っていた。

 信頼する猫人(フェルミス)のくノ一に訊ね、自分の過去を聞かされたのだ。

 少女との関係も、少女の最期も、自分の真名(マナ)も……ソラタカ・ドーンロアが双子の弟だということも。


「……この剣、助かったよ。あの時、おめえがこれをくれなきゃ、エルミナーゼ共々 “骸骨百足(サイデル)” に轢き殺されてた」


 アッシュロードの言葉はとりとめがない。

 話があちこちに飛ぶ。

 まるで話したいこと訊ねたいことがあるのに言い出せない、子供のようだ。


「……アイツと同じ剣をくれて……それで俺にどうしろっていうんだ……?」


 そうしてようやく、途方に暮れた呟きが漏れた。


「……アイツを斬れっていうのか……差し違えろっていうのか……それとも……」


 墓石は黙して語らない。

 男の目には少女の墓が、微笑んでいるようにも蔑んでいるようにも見えた。

 男にわかるのは、現在は女神(ニルダニス)と解け合っている少女の想願がどこにあるにせよ、自分はソラタカ・ドーンロアと……双子の弟と、魂魄をかけた斬り合いをしなければならないということだった。


 気配がした。


 一瞬アッシュロードは、少女が答えてくれたのかと思った。


挿絵(By みてみん)


「……ガブ……」


「ドーラ・ドラに聞いて、ここだと思ったの。彼女からすべてを聞かされたのね」


 男の背後。

 いつの間にか夕日の中に立っていた、ふくよかな少女が答えた。


「……なかなかに重い話だった」


「気の毒だとは思う。同情もする。乗り越える力にもなる。でもそれもすべてあなた次第」


 革鎧(レザーアーマー)を着込んだドワーフの少女は、どこか超然と告げた。


「あなたに施された記憶の封印は、わたしにも解くことはできない。あなたは何事も思い出せないまま、双子の弟と対決しなければならない」


 今はドワーフに身をやつしている “熾天使(セラフ)” の言葉に、微かな苦衷が滲んだ。

 アッシュロードの記憶を閉じている術は、“龍の文鎮(岩山の迷宮)” でドーラ・ドラに懇願され彼女自身が施したものだ。

 強大な “禁呪” を用いた封印は、彼女自身にも解くことができない。


「俺が望んだことだ」


 ソラタカ・ドーンロアとの対決は、運命でも宿命でもない。

 過去の自分の選択が現出させた必然だ。

 その一点において、アッシュロードは事実を受け入れている。

 自分の(ケツ)は自分で拭く。

 だがその前に、やらなければ、片付けなければならない仕事がある。

 男は仕事をするために生きている。


「マグダラによって、あなたの作戦は正式に裁可されたわ。作戦の指揮は女王自身が直接執る。大本営は王城内に置かれてドーラ・ドラとわたしをしてこれを補佐する。

“フレンドシップ7”、“緋色の矢”、そして “ドーンロア隊” は、明日の明け方に城塞都市を出て “(Edge of)外れ(Town)” に参集。わたしが割り出す残る “K.O.D.s” がいる座標に “転移(テレポート)” して、これを撃破する」


 ――すべてあなたの計画どおりよ。


「了解だ」


 ドワーフに姿を変えた最高位天使(アークエンジェル)に決定事項を伝達され、男の色褪せていた精神に色彩が甦った。

 今こそ男には仕事が――迷宮が必要だった。

 男は幼馴染みの少女の墓に一瞥をくれて、背を向けた。

 そしてふと立ち止まり、熾天使に訊ねた。


「ガブ、作戦名はあるのか?」


「あるわ。作戦名は『海王神の三つ叉鉾(トライデント)』よ」


 アッシュロードはうなずき、今度こそ振り返ることなく歩去った。



★完結! スピンオフ・第三回配信完結しました!


『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~・第三回』


下のランキングタグから読めます。

エバさんが大活躍する、ダンジョン配信物です。

本編への動線確保のため、こちらも応援お願いいたしますm(__)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 前半と後半の格差が酷いですねw 「まずはエルミナーゼを助けてから」といけば良いのですけどね。 二人ともその前に決着つけようとするでしょうね。 この辺は理屈ではないので、しょうがないかと。 …
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