BIG MOUTH★
昇降機 を降りると、そこは色と音の洪水でした。
色は、二×二区画四方の玄室の壁一面に彫り込まれた、奇妙奇天烈なキャラクターたちの戯画。
デフォルメにも奇形にも見えるキャラクターたちが、友好的すぎて不気味な笑顔で両手を広げて歓待しています。
すべて極彩色なので……目眩がします。
そして音。
音楽。歌声です。
底抜けに陽気でエレクトリカルな、おそらくはこのテーマパークのテーマ曲……。
『BIG MOUTH♪ BIG MOUTH♪ BIG BIG MOUTH♪♪
BIG MOUTH♪ BIG MOUTH♪ BIG BIG MOUTH♪♪』
『BIG MO~UTH♪ BIG MO~UTH♪♪』
「なに……これ」
「だからテーマパークだろ……迷宮的な」
パーティ唯一の公認カップルが呟き合います。
「は、は……なかなかエキセントリックじゃねえか。嫌いじゃないぜ、こういうの」
「趣味悪る~」
早乙女くんが引きつった笑いを漏らせば、実はファンシーな物が大好きな田宮さんが露骨な嫌悪を浮べます。
「と、とにかく入園しましょう。中に入らなければ探索になりません」
「チケットはどこで買うんだろうな?」
わたしの言葉に、隼人くんが周囲に視線を走らせます。
パーティの誰もが隼人くんしては(失礼)気の利いたジョークだと思いましたが、本人にその気はなかったようです。
「ここはおそらく駐車場……みたいな場所なのでしょう。言うなれば」
遠方から訪れた来園客が、まず最初に降り立つ場所。
マイカーで来なければ、遊園地の名前がついた最寄り駅でしょうか。
“示位の指輪” で確認すると、昇降機の座標は “E7、S8” でした。
北東の区画の北と東に、やはりカラフルなキャラクターが描かれた扉があります。
「どっちに行くんだ?」
斥候 を務める五代くんが訊ねました。
「北に行こう」
隼人くんが即座に決断します。
事前情報なしの二者択一です。
逡巡・熟考する理由はありません。
五代くん(盗賊 )
隼人くん(君主)
田宮さん(侍 )
早乙女くん(僧侶)
安西さん(魔術師 )
ライスライト(僧侶)
パーティはいつもの一列縦隊で進発しました。
扉の前に達すると、五代くんが危険の有無を調べます。
慎重に近づいたその時、
『HAHAHAHAHAHAHAHAHA! Welcome to “MenFREDDY’s Theme park”! BIG MOUTH♪ BIG MOUTH♪ BIG BIG MOUTH♪♪』
突然、扉が笑い声を上げました。
ギョッとして飛び退ったのは五代くんですが、憤慨したのは安西さんです。
わたしたちが、激高して扉を蹴り飛ばそうとする彼女を抑えてなだめている間に、五代くんが罠が仕掛けられてないかを調べました。
ビックリドッキリな挨拶の他には、仕掛けはありませんでした。
それでも慎重に扉を開けると、奥は一×三(東西一区画、南北三区画)の玄室で、北側と東西の真ん中(二区画目)に、やはり扉がありました。
プリプリしている安西さんがマッピングをミスしていないか確認したパーティは、次の扉を選びます。
ここでもほぼ当てずっぽうです。
初見の階層では、そうならざるを得ないのです。
ここでも隼人くんは時間を無駄にすることなく、西の扉を選びました。
この決断が吉と出ました。
慎重に扉を調べ、果敢に蹴り開けて躍り込んだ六人の視界に飛び込んできたのは、白金の鎧に身を包んだ雲を突くような巨人でした。
「HAHAHAHAHAHAHAHA! ハラハラドキドキ、ワクワクゲラゲラ! スリルと興奮と嗤いに溢れた、“メンフレディ” の迷宮遊園地へようこそ!」
武器を手に身構えるわたしたちに、巨人が朗らかに語りかけます。
でも顔は無表情なので……とても恐怖です。
「おお、これは初めてのお客様だ。初にお目にかかる。わたしがこのテーマパークのお客様係 “ビッグマウス” だよ。ようこそ、少し大きなお友達たち」
ズイっ! とわたしたちの方に顔を突き出して、巨人が自己紹介します。
「あ、あなたがビッグマウスさんですか……」
た、確かに大きなお口です。
「ん? おや? もしかしてわたしの口臭が気になるのかな? これは失敬、失敬、エチケットには気を遣っているんだけどね」
巨人……ビッグマウスさんは、後ずさったわたしにそういうと、手品師のように、パッと大きな掌に口臭用のデオドラントを出現させ、大きな口の中に噴霧しました。
「ん~~~! 爽やか~~~! ――さあ、これでどうだい大きなお友達たち!」
「い、いえ、別にお口の臭いは気になりませんでしたが、ですがお気遣いありがとうございます」
「HAHAHA! 気にしないでいいよ! これでも客商売だからね!」
それよりも、無表情ながら朗らか極まるその喋り方の方が……怖いです。
「大きなお友達たち。入園するならチケットが必要だよ。六人ならフルパーティ割引が効いて迷宮金貨五〇〇〇枚だ。入る? 入らない? さあ、どっち?」
(ど、どうする?)
(五〇〇〇枚なら払って払えないことないわね。同じくらいの価値の宝石があるし)
(他に調べてない扉もありますから、そっちを先に調べてもいいかもしれません)
(『オーガの選択』だな……今に死ぬか、後で死ぬかの違いだけだ)
(縁起でもないこと言わないで!)
早乙女くん、田宮さん、わたし、五代くん、そしてその五代くんをポカッと叩いた安西さんで、ヒソヒソと相談します。
(払おう。先延ばしにしても消耗するだけだ)
隼人くんの判断に、反対する者はいませんでした。
安西さんが法衣の下の衣嚢から大粒の金剛石を取り出し、隼人くんに手渡します。
「チケットを買おう」
「Welco~~~~me!!!」
鳴り響くファンファーレ。
演奏を始めるブラスバンド。
頭上では突然現れたくす玉が割れて、ハトが(ハトが!?)飛び出します。
いやはや……です。
「歓迎するよ、少し大きな友達たち! さあ、これがチケットの半券だ! これさえ持っていれば何度だって入場からのだからね!」
「永年パスポートなのですか?」
「そうだとも! ビッグマウスは君たちのお財布とも友達なのさ! 他のどのテーマパークよりもリーズナブルで一生遊んでも飽きない面白さ! 簡単には帰さないよ! BIG MOUTH♪ BIG MOUTH♪ BIG BIG MOUTH♪♪」
訊ねたわたしに無表情で朗らかに答えると、ビッグマウスさんは歌い始めました。
そしてそれっきり、わたしたちのことは意識から消え失せてしまったようです。
総支配人のメンフレディから、人外としてこの階層の管理を任されているだけなのでしょう。
「行きましょう。おそらくは次に訪れる時まで、この人から話を聞くことはできないでしょう」
進発を促したわたしに、全員が表情を引き締めました。
現在地は一×一四方の玄室で、メインエントランスのようです。
西側と東側に色鮮やかな扉があります。
わたしたちが入ってきたのは東側の扉で、北と南にも扉があったはずですが、今は “お花畑と大きな雲” が描かれた、やはりカラフルな壁に変わっていました。
「西だな」
「そうですね。チケットを買った瞬間に現れましたから」
隼人くんに同意します。
南北の扉が消えて、チケットを購入したあとに西側に扉が出現したのです。
順路と考えて間違いないでしょう。
「おっし! そんじゃ楽しませてもらおうじゃねえか!」
ふんっ! と鼻息も荒く、早乙女くんが意気込みます。
「遊園地に入る顔じゃねーな。子供が泣いて逃げるぞ」
「子供がいるならね」
五代くんが突っ込み、さらに田宮さんがオチを付けたところで、わたしたちは扉を開けました。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、
扉を開けた直後にいきなり現れたのは、確かに子供ではありませんでした。
ビッグマウスさんといい、いったいこのテーマパークにはエント水でも湧いているのでしょうか?
身の丈が軽くニメートルを超える、黒と赤の豪奢なドレスをまとった、見るからにロイヤルな淑女たちが五人、こちらに近づいてくる光景は――壮観でした。
★完結! スピンオフ・第三回配信完結しました!
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~・第三回』
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エバさんが大活躍する、ダンジョン配信物です。
本編への動線確保のため、こちらも応援お願いいたしますm(__)m
そして作者多忙のため、しばらく週一の掲載になります
ごめんなさい (´;ω;`) ブワッ







