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迷宮保険  作者: 井上啓二
第二章 保険屋 v.s. 探索者
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戯れ歌

 “炎の(ファイヤー)巨人(ジャイアント)” ×1

 “夜小鬼(ナイトストーカー)” ×6

 “中忍(レベル8忍者)” ×3


 そして、火球の(ゲート)を通じて魔界から召喚されたばかりの “低位悪魔(レッサーデーモン)” ×1


 怪力で直接攻撃と耐久力に秀でた、巨人。

 触れた者のレベルを奪う吸精(エナジードレイン)を持つ、不浄なる小鬼。

 急所への致命攻撃(クリティカル)で、どんなに生命力(ヒットポイント)の高い探索者も一撃で屠る、忍者。

 さらに、高い知能を持ち “焔爆(フレイム・ボム)” の呪文でパーティ全体にダメージを与えてくるうえに、住処である魔界から次々に同族を召喚する、悪魔。


 前衛・中衛・後衛とバランス良く配された部隊(パーティ)だ。

 どうやら “道化師(フラック)” が中庭に繋げたのは、迷宮の地下九階だったらしい。

 この部隊編成は、地下九階に下りられるようになった古強者(ベテラン)の探索者たちが、もっとも嫌がる編成だからだ。


 “夜小鬼” “中忍” ともに最大出現数。

 “低位悪魔” は最初は決まって一体だけだが、魔界の尖兵だけあってすぐに増援を呼んで戦力を強化する。

 これで “炎の巨人” が三体いたら、本当のフルパーティの完成だった。

 ドーラは “炎の巨人”の大剣を飛び降り、橙に発光する “低位悪魔” 向かって疾駆する。

 仲間を呼ばれて増殖する前に始末する。

 体術では完全に回避できない攻撃呪文を、連続で浴びせられたらやっかいだ。

 当然、前衛である “夜小鬼” が間に割って入り、立ち塞がった。


 猫のヒゲが鋭く反応し、マスターくノ一に二匹の間隙を縫わせる。

 右手の “手裏剣(苦無)” で一匹の、左手の手刀で更に一匹の首を同時に刎ね、不浄なる者を不浄なる物に変える。


 ――まず、2.


 気配を()()()()()()()で “中忍” が3、接近中。

 左後方、真後ろ、右後方。

 距離は各々一〇メートル。

 ドーラの()()が、ピンピンと周囲の情報を収集する。

 どんな微細な空気の揺れも、彼女の天性のセンサーは見逃さない。

 自分が “低位悪魔” に仕掛けたときに、一斉にその隙を突くつもりだろう。


 ――修行がなっちゃいないね。


 あたしに気づかれている時点で、(Hide in)れる( Shadow)には失敗してるってのに。

 気づかれていることにすら、気づいていない。

 “低位悪魔” が四本の腕の指で印を結び、呪文の詠唱を始める。

 言語は違うが、その韻律は紛れもなく魔術師系第三位階の中規模集団(グループ)攻撃魔法、“焔爆” だ。


 前方に、呪文を詠唱する山羊頭の巨大な悪魔。

 後方に、こちらの隙をうかがう三人の忍者。

 呪文を嫌がって悪魔に飛び掛かれば、その瞬間を忍者に衝かれる。

 忍者を先に片付けようとすれば、炎の呪文の洗礼を浴びる。

 どちらにしても、ドーラには面白くない。

 くノ一は躊躇しない。


 ヒュンッ!


 またも慣性を(イナーシャル )無視(キャンセル)した動きで方向転換(ターン)。爆発的な加速力をそのままに、後方から接近していた “中忍” の真っ直中に飛び込んだ。

 三人の “中忍” に浮かぶ、“驚” の感情。

 “恐” の感情は訓練次第で抑えることができる。

 戦いに身を置く者なら、誰もが意識的・無意識を問わずに行っている鍛錬だ。

 しかし、突発的に湧き起こる “驚き” の感情は、よほど深い精神的修練を積まない限り抑えることはできない。

 三人の “中忍” が、このまま突き進み斬り結ぶか、それとも立ち止まって迎え撃つか、刹那の逡巡に絡め取られた。

 驚きの感情を張り付かせたまま、真ん中の首が落ちた。


 ドーラが高く跳躍する。もはや慣性は彼女の理の埒外だ。

 伸身のまま大きくトンボを切ったその直下で、“低位悪魔” の現出させた “焔爆” が残る “中忍” を巻き込んで炸裂した。

 一瞬にして生ける松明と化すふたりの忍者。

 忍者は身体能力こそ常人離れしているが、その素早い身のこなしを得るためにギリギリまで肉体の無駄を削ぎ落としている。

 脂肪はもちろんのこと、それは動きを阻害する必要以上の筋肉にまで及んだ。

 結果として忍者は、前衛職の中ではもっとも耐久力―― 生命力(ヒットポイント)の低い職業(クラス)だった。


 ふたりの “中忍” はレベル8にしては低い生命力を根こそぎ焼き尽くされ、共闘すべき悪魔の手によって消し炭にされた。

 “低位悪魔” は眼前高く跳躍し、自分の放った呪文を軽々と回避して見せた 猫人(フェルミス)に狼狽し、そして憎悪した。


 ――人の分際で小癪な!


 だが、やはり人は人。

 飛翔能力も持たない種族が戦闘の最中に宙空に逃れるなど、自ら的になるようなものだ。

 ()()()()()()()()ドーラを見て、山羊頭の悪魔が嘲った。

 そして、その巨大な四本の手で握り潰さんと掴みかかる。

 カミソリの刃を握るようなものである。


 悪魔は()鹿()()()()()()()()()だ。

 自らの種族の優位性を妄信して人間を見下しているため、常に足元をすくわれる。

 訓練を積んだ人間なら、空中で身体を捻って体勢を変えるぐらいのことはできる。

 ましてドーラは忍者であり、なにより猫なのだ。

 宙空で体勢を整えるぐらいは朝飯前の芸当だった。

 一本あたり四本。

 四本で合計一六本の指が飛んだ。

 絶叫する “低位悪魔” の前に着地、そして間髪入れず再跳躍。

 ドーラが巨大な顔の横を抜けてその背後に降り立ったときには、悪魔の山羊頭は自身の胴体と永遠の訣別を果たしていた。


 これで都合、6

 あとは……。


「おや、デカいのがもう一匹いたんだったね。こんなんじゃ準備運動にもなりゃしないから、そこの小っこいの共々もう少し楽しませておくれでないかい」


 ドーラは驚愕の眼差しで自分を見下ろす “炎の巨人” と、遠巻きに襲い掛かる気配をうかがっている “夜小鬼” に、カラカラと笑ってみせた。


◆◇◆


 フェルは一区画(ブロック)四方の玄室の内壁に背中をもたれかけ、自分の膝に頭を預けて昏々と意識を失い続ける男のボサボサの髪を撫でていた。


 “翼竜(ワイバーン)” との戦闘で右耳の奥に深刻なダメージを負ったアッシュロードであったが、転移地点(テレポイント)に侵入した影響で更に悪化させ、ついには昏倒しまった。

 回復役(ヒーラー)である自分が、内耳の負傷への転移(テレポート)の影響に考えが至らなかったのは、痛恨の極みだった。


 すぐ側では、唯一焼け残った毛布にくるまってパーシャが寝息を立てている。

 例え魔物よけの魔方陣に守られたキャンプを張っていたとしても、探索者は絶対に寝袋は用いない。

 危険地帯で使う寝袋は拘束具と同義語だ。

 また毛布なら工夫次第で、担架や天幕の代わりにもなる。

 毒の影響でパーシャの眠りは快適とはほど遠く、ときおり苦しげな呻き声もあげているが、身に着けている “癒しの(リング オブ )指輪(ヒーリング)” の効能で死に至ることはなさそうだ。

 持ち主であるアッシュロードの言ったとおり、毒による生命力の消耗を魔法による治癒効果が減殺しているようだった。

 問題は、その持ち主の男の方である……。


「……俺た……軍……予備の…………備……」


 その時、意識を失い続けていたアッシュロードの口が動いた。


「アッシュロードさん?」


「……金なし……運な……能力……し……それ……も潜る……地下……宮……」


 それは、なにかの戯れ歌のようであった。

 混濁する意識の中で歌っているのだろうか。

 フェルは耳を澄ませて、その歌を聴き取ろうと努めた。

 アッシュロードが呟いていたのは、おおよそこんな歌詞だった。


“俺たち三軍、予備の予備。金なし、運なし、能力なし。それでも潜る地下迷宮”

“俺たち三軍、予備の予備。宿なし、伝なし、碌でなし。それでも救うこの世界”


 そして、最後のフレーズを聴いたとき、思わずフェルは小さく吹き出してしまった。

 アッシュロードは歌の最後を、こう結んでいたのだ。


“さもなきゃ、仲良く墓の下”


「…… “さもなきゃ、仲良く墓の下”」


 フェルは自分でも呟いてみて、やはり笑ってしまった。

 まったく酷い歌だ。

 そして、なんと今の自分たちの境遇にピッタリの歌だろう。


「……酷い歌だろ」


「アッシュロードさんっ、気がついたのねっ?」


「……ああ、たった今……」


 アッシュロードはまだ辛いのか、目を閉じたまま囁くように答えた。

 もしかしたら、この状況で目を開けるのは不躾だと思ったのかもしれない。


「気分はどう? 吐き気は?」


「……まだするが、土妖精の火酒(ドワーフスピリット)の二日酔いに比べたら、どうってことない……」


「……そう、よかった」


 フェルはホッと安堵の吐息を漏らした。

 そして沈んだ声で謝った。


「……ごめんなさい。転移で怪我が悪化するなんて思いもよらなかったわ」


「…… “善” の連中の悪い癖だ……」


「……え?」


「……なんでもかんでも謝って……なんでもかんでも背負い込んじまう……」


 アッシュロードは目を閉じたまま、やはり囁くように言った。


「……でもわたしは、回復役なのに……」


「……気にするな……それを言うなら、俺だって君主(ロード)だ……」


 アッシュロードが自分を気遣ってくれていることに気づき、フェルはそれ以上自分を責めることはやめた。


「……今の歌、楽しい歌ね。どこで覚えたの?」


「……覚えてない」


「……え?」


「……覚えてないが、なぜか知ってた……普段は忘れてるが、何かの時にふと口ずさんじまう……」


「……」


 フェルは、今自分の膝に頭を預けている男のことは何も知らない。

 この男の過去に何があったかなんて知るよしもない。

 ただ様々な偶然が重なり、迷宮で死んだ自分を助けてくれた男。

 そしてその結果として、こんな厄介事に巻き込まれてしまった男。


「……ごめんなさい」


 フェルは長い睫毛を伏せて、再び謝った。


「……あなたに……酷いことを言ってしまったわ……」


 仮にも聖職者である自分が、なんて酷い言葉を浴びせてしまったのだろう。

 羞恥と後悔に、フェルの細い肩が震えた。


「……あんたは……運がなかったんだ……」


 アッシュロードはようやく目を開けた。

 自分を介抱するエルフの少女ではなく、暗く高い天井の闇を見つめて続けた。


「……蘇生直後の人間には……ちゃんと寄り添ってやる奴が必要なんだ……あんたはドーラではなく仲間に蘇生させられた……あいつらは悪い奴らじゃないだろうが……素人だ……」


「…………話を……聞いてくれる?」


 自分の膝の上でアッシュロードが頷くのを感じると、フェルが心の奥底に仕舞っていた思いを吐露し始めた。


「……本当は……もう迷宮には潜りたくなかったの」


「……」


「……でも、わたしは回復役(ヒーラー)だし……パーティの仲間はみんな友達だった……」


 フェルは続ける。


「……エバがパーティに入ってくれたあともそれは同じ。彼女の代わりにわたしが抜けたら、それはまた同じことの繰り返しになってしまう」


「……だからパーティを抜けられなかったか」


「……はい」


「……」


「……それに、わたしはまだ授かっていないし」


「……授かる?」


「……使命(クエスト)よ。聖職者が帰依する神から授かり、一生を懸けて取り組む仕事……」


 そしてフェルは可笑しそうに笑った。


「……仮にもあなたも君主(ロード)なんだから、それぐらい聞いたことはあるでしょ?」


「……ああ……確かに……そんなものもあったな……」


「……わたしが故郷の森を出てこの城塞都市に来たのは、生と死と灰が隣り合わせのこの迷宮でなら、それを女神 “ニルダニス” から授かれると思ったから」


「……」


「……でも……そんなに簡単なものじゃなかったみたい……」


 エルフの少女が自嘲気味に呟く。

 それでも手は優しく、アッシュロードのフケだらけの髪を撫でてくれていた。


「……もしかしたら授かるものでもないのかもしれないな……」


「……授かるものではない? 使命が?」


「……ああ」


 アッシュロードの言葉に、フェルがいぶかしげに小首をかしげた。

 使命を自らが帰依する神から授からずして、どうしろと言うのだろう?


「……どういう意味?」


「俺も授かったことはないから迂闊なことは言えんが……自分でみつけるものなのかもしれん……」


 そういってから最後は無責任に、


「……俺にもよくわからん……」


 と匙を投げてしまった。


「……自分でみつけるもの……」


 アッシュロードの無責任な言葉を反芻するフェル。


「……流せよ……」


「……自分で言っておいて」


「……俺は誰かさんと違って自己中心的な “悪” だからな。自分の言葉には責任は持たん」


「……嘘ばっかり」


 そう微笑んでからフェルは、自分がこのグレイ・アッシュロードという男をすでに深く信頼していることに気づき、狼狽した。

 パーティの仲間で友人のエバ・ライスライトが、傍から見てほとんど盲目的ともいえる信頼をこの男に寄せているのを危ぶみ、警戒していた自分が――である。


 フェルは男が頭を乗せている太腿が、急に熱を帯びてくるのを感じた。

 信仰心篤きエルフであり、敬虔な僧侶(プリーステス)でもあるフェルは、自分の変化にうろたえ、そして怯えた。



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― 新着の感想 ―
[一言] まさかそんな。フェルまでグレイに!?
[良い点] ドーラさんの華麗なる形勢逆転からのアッシュさんのお歌……こういった世界観のよく表れた音楽演出が大好きなので感動の連続でした……
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