狂言回し★
「――操り人形 風情が、一〇年早いんだよ!」
一夜にして血臭にむせる凄惨な廃城と化したタグマン城に、最強の迷宮探索者にしてマスターニンジャであるドーラ・ドラの啖呵が切られた。
“道化師” が書割の奥へと消えた観劇場では、扉という扉、出入り口という出入り口から、かつてのこの城の住人たちが一斉に群がり出でて、ドーラに躍りかかってきた。
“腐乱死体” でもなければ、“食屍鬼” でもない。
不死属ではなく、ただの死体が “道化師” の念動力によって操られているのだ。
迷宮最下層でも同様に、複数の死体を傀儡として操って探索者にけしかけてくる。
哀れな殺人の犠牲者を見えない糸で縦横無残に操る、まさに地獄の道化師 ――死の大道芸人である。
騎士、従士、家令、執事、メイド長、メイド、調理人、馬丁、庭師、下女、下男。そしてそれらの子供たち。
上帝トレバーンに郎党の多くを召し上げられたとは言え、それでもサンフォレスト・タグマンには五〇人からの家臣や使用人がいた。
それらが病的に黄色い肌を晒して、死人とは思えない素早さで襲い掛かってくるのだ。並の探索者なら、恐怖と嫌悪感に身を竦ませてしかるべきだった。
だがドーラ・ドラは、非人道的な修練によって人としての心を殺し、己を一個の戦闘機械と化した忍びの者――くノ一である。
彼女の鍛え上げられた動体視力からすれば、傀儡たちの動きは亀の歩みよりも緩慢であり、自慢の猫の髭がもたらす空間把握能力の前には、派手に踊れる空隙が十分すぎるほど残されていた。
しなやかな身のこなしで、ドーラは無造作に飛び掛かってくる傀儡たちの中に踏み込んだ。
忍者にして、猫。
猫にして、忍者。
およそ忍びの者として、ドーラ・ドラほどの適材がこの世界に他にいるだろうか。
刹那の間に、ドーラは一三体の傀儡の間隙をすり抜け、同じ数の首を飛ばした。
立ち塞がった最後の一体の首が床に落ちるよりも早く、ドラ猫ドーラの姿は観劇場から消えていた。
尻尾を巻く気はさらさらない。
あのクソ忌々しいお調子者の素っ首に得物を当てて、事の真相を洗いざらい吐かせるまでは。
目指すはこの城の主塔――ベルクフリートと呼ばれる角塔の最上階。
奴はいった。
“この城で、もっともわたしたちの再会に相応しい場所でお待ちしております”
外連味の化身のような “道化師” が自分を待つとしたら、そこしかない。
ドーラは加速する。惨劇の跡が色濃く残る廊下を。
駈ける。駈ける。駈ける。
床から壁に。壁から天井に。天井から壁に。そしてまた床に。
螺旋を描いて、長く続く廊下を疾駆する。
後には立ち塞がった傀儡の頭部が転がり、身体が重なり倒れる。
異変は、廊下の外から来た。
なんの前触れもなく、突然 壁が人の身の丈の三倍はある巨大な剣で突き崩された。
猫人の鋭敏な聴力をもってしても、まったく察知できなかった。
ドーラがその一撃を躱すことができたのは、彼女の素の回避能力が常の忍者よりもよほど高かったからに他ならない。
ドーラは見た。
崩れた壁の向こうにそそり立ち、凶悪な双眸で自分を見下ろす、赤銅色の肌をした “巨人”の姿を。
しかも、あろうことかその背後に映っているのは城の中庭ではなく、見知った地下迷宮の玄室だった。
大道具の書割の中に平然と入ってのけるバケモノである。
時空を歪め連結し、迷宮から直接 “炎の巨人” を連れてくるぐらいは、雑作もないことなのだろう。
それにしたとしても、
――あの狂言回しめ!
ドーラは、胸の内で毒突いた。
物語の筋書きを自由に書き換え、登場人物をいいように弄び、自分の思う方向へと誘導する、神をもしのぐ能力を持った悪戯者 。
だが、
「楽しませてくれるじゃないか!」
ペロリと小さくざらつく舌で舌なめずりすると、ドーラはたった今自分を両断しかけた赤く波打つ巨大な刀身の上を駆け上った。
「遊園地は楽しんでこその遊園地だ! “道化師” 相手に軽業師の真似事さね!」
巨人相手に刃渡りの大道芸を披露しながら、ドーラがうそぶく。
“炎の巨人” がその身ごなしに目を見開いたとき、ドーラの右手に逆手に握られた苦無が、鋭い剣のような三日月に鈍く煌めいた。
――驚いた顔のまま、そのデカい頭を落としな!
その時またもやドーラの常忍離れした反射神経と回避能力が、彼女を救った。
慣性を無視した動きで、巨大な刃の上をバク転する。
すぐ眼前に夜の闇に紛れて、黒い染みのような影が這い上ってきた。
今度こそ正真正銘の “不浄なる者” のお出ましだ。
“夜小鬼” !
人の精気を1レベル吸精する、探索者の誰もが嫌悪する小汚い魔物だ。
それが、1、2、3、4、5、6!
最大出現数での、お出ましだ。
ここまでお約束の演出されると、ドーラも次の展開が読めてくる。
案の定、居館の屋根に、彼女と同じ忍び装束――それも深紅の――をまとった人影が三人、いつの間にかドーラを感情のない眼で睥睨していた。
――と来れば、残るはあいつしかいないね。
ボシュウウウッッッッ!!!!
ドーラが予想した瞬間、彼女の読み通りに、夜空に突然 “橙色の火球” が出現した。
まるで心の臓のように脈動し、一メートル大だったその大きさが倍々に膨れあがっていく。
やがてそれが最高潮に達したとき、火球が弾け、中から山羊の頭と四本の腕を持った巨大な魔物――悪魔が現われた。
◆◇◆
「……ここから……南に二区画……そこから……西に一区画……」
アッシュロードに背負われたパーシャが、彼の左の耳に向かって囁いた。
肌は “精霊” から受けた毒によって紫に変色し、自力では立ち上がることもままならなかったが、そのホビットにして、また魔術師としても類い希な記憶力は健在だった。
「……行き先は……一×一の……玄室……扉が……ひとつ……出たら……暗黒回廊 ……があれば……正解……」
「……わかった」
相変わらず……どころか、ますます酷くなる耳鳴りに顔をしかめながら、アッシュロードがうなずく
すぐ後ろでは、冷静さを取り戻したフェリリル――フェルが、エルフの優れた聴力で周囲を探り警戒をしてた。
「大丈夫。なんの音もしないわ」
「……よし、進むぞ」
右耳が完全イカれたアッシュロードにとって、今やこのエルフの僧侶の存在は、新たな半身といっても言い過ぎではなかった。
フェルがいなければ、パーシャの優れた記憶力と不屈の気力も、魔物の好餌にしかならないのだから。
三人は慎重に暗闇に包まれた迷宮を進み始めた。
アッシュロードは大して知りもしない8レベルも下の、それも毒を受けて半混濁状態の魔術師の記憶力を当てにするほど、お人好しではない。
彼がパーシャの言葉に従うのは、もはや他にすがるべき術がないからだ。
次の転移地点が最後の転移だ。
転移は一方通行。
間違えたからといって、後戻りはできない。
腹を括る時がきたのだ。
やがて二区画の南下を終えた。
次は西に一区画。
アッシュロードは躊躇なく、右に歩を進める。
「……へへ……おっちゃん……あたいのこと……信じてるんだ……」
「……病人のくせにベラベラ喋るな。水先案内の体力を消耗するんじゃない」
「……大丈夫……レットや……エバが……必ず助けに……きてくれるから……大丈夫……」
このホビットの魔術師は無邪気に、仲間たちが救援にくると信じているのだ。
どこにいるかも分からない、もしかしたら自分たちよりも下層や、あるいは “石の中” に転移したのかもしれないのに。
「……そうね、きっと助けにきてくれるわ。きっと」
どうやらエルフの娘の方も同様のようだ。
お人好しというか、無邪気というか……まったく初々しい”連中だ。
そして彼らは、最後の転移地点の前まで来た。
「……行くぞ」
「……はい」
もはや躊躇する理由はない。
三人は怯むことなく、一息に転移に臨んだ。
視界が屈曲し、軽い目眩が襲ってくる。
意識の焦点が再び合ったときには、アッシュロードたちは一区画四方の玄室に立っていた。
「魔物は……いないみたいね」
ひとまず転移直後の戦闘を避けられ、フェルがホッと息を吐いた。
「あとは、この扉の向こうが暗黒回廊なら、わたしたちは正しい道順を進んでいることになるけれど……」
「……」
「? どうしたの、アッシュロードさん?」
「うげぇぇぇっっっ!!!」
前に立つ男の異変に気づき、フェルが声を掛けたとき、アッシュロードが激しく嘔吐した。
ただでさえ三半規管に小さくないダメージを負っていたのだ。
それが転移による影響でさらに悪化したとしても、不思議ではなかった。
回復役として、その可能性にまったく気づかなかった自分の迂闊さを悔いるより速く、フェルの目の前で、アッシュロードがホビットの友人を背負ったまま昏倒した。







