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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
582/659

垂直隧道

「こりゃ、相当な年代物だぜ……」


 垂れ下がる縄梯子を見て、早乙女くんが誰に言うとでもなく呟きました。

 暗黒回廊(ダークゾーン)の直中にポッカリと現れた空間。

 迷宮の真の闇に慣れた目には眩しくさえ感じるその空間に垂れていたのは、今にも朽ち果てて千切れ落ちそうな縄梯子でした。


「まるで縄梯子の即身成仏ね」


「他宗の話だけど、まさしくそれだぜ」


 田宮さんのブラックな物言いに、真顔でうなずく早乙女くん。


「どうするの?」


 田宮さんが隼人くんに訊ねます。

 触れるまでもなく梯子の強度が足りてないのは、一目瞭然です。


「上る。それ以外に道はないわ」


 答えたのは隼人くんではなく、安西さんでした。

 疲労困憊で生気の失せた顔に目だけが爛々としている様は、悽愴という言葉でさえ生ぬるく思えます。


「先頭は枝葉さん。最後がわたし。アンザイレンもなし。誰かが落ちても枝葉さんは巻き込まれない。重荷を背負っているわたしが落ちても誰も巻き込まない」


 死人のような土気色の顔が、わたしたちを見つめます。

 その凄みと痛々しさにパーティの誰もが言葉を失い、答えることができません。


「一方通行なんでしょ! これしか道がないんでしょ!」


「そうだ、安西の言うとおりだ! 上るしかねえ!」


 踊り上がるように、早乙女くんが叫びます。


「安西、俺がおまえのすぐ上を上ってやる! おまえがバテたらすぐに俺が癒やしの加護を施してやる! 坊主に任せろ!」


 気は優しくて力持ち。

 パーティ随一の人情家は機械仕掛けの人形(マネキン)のトキミさんの孤独を想い涙し、今また愛する人を助けるためにもがき続けるクラスメートのために、咆哮します。


「志摩、それでいいな!?」


「おまえはまだ出家前じゃなかったのか」


 隼人くんが苦笑し、うなずきます。


「もちろん上る。縄梯子の強度を考えればひとりずつの方がいいかもしれないが――回復役(ヒーラー)の加護を考えるなら、やはりまとまって上るしかないだろう」 

 隼人くんの言葉にわたしたちは、お互いを結んでいたロープを解きました。

 後続が踏ん張れる陥穽(ピット)と違って、不安定な縄梯子では誰かが落ちたとしても確保(ビレイ)は難しいでしょう。

 むしろ全員が連鎖的に落下する危険の方が遙かに高いと言えます。

 今回、命綱は命綱たり得ません。


 わたしは戦棍(メイス)を腰に吊るし盾を背負うと、縄梯子の踏み縄に手を掛けました。

 頼りない感触が掌に伝わります。

 想像していた以上の脆さです。


「慈母たる女神 “ニルダニス” よ――」


 少しでも強度を保つために “恒楯コンティニュアル・シールド” の加護を施します。


「ある程度の上ったらまた施します。効果時間は短いですが “神璧(グレイト・ウォール)” も施しつつ上れば、さらに効果が高いでしょう――では、お先に行かせていただきます」


 右足を踏み縄に掛けて力を込めます。

 縄梯子が軋んで嫌な汗が浮かびましたが、千切れはしませんでした。

 意を決して、ぐいぐいと上っていきます。

 時間を掛ければ掛けるほど危険は高まります。


「よし、瑞穂に続け」


 隼人くん、田宮さん、早乙女くん、安西さんの順で、パーティは縄梯子を登り始めました。


護り()()御壁よ(マツ)


 数メートル上るたびに右手を腰に吊した戦棍に触れて、真言(トゥルーワード)を呟きます。

 守りの障壁の応用的な活用には、すっかり熟練してしまいました。


「安西、大丈夫か!? キツくなったらすぐに言えよ!」


「……分かってる」


 下方から気遣う早乙女くんと、応える安西さんの声が聞こえます。

 

(……集中……集中……)


 機械的にならないように。

 ルーチンワークにならないように。

 一挙一動に常に意識を置いて、慌てず・急いで・正確に。

 目の前の事象に集中し、周囲の気配に気を配る。

 樹を見るでなく森を見ることで、樹を捉える。

 だから気づきました。

 縄梯子が異様な長さに。


「時空の歪みか?」


 直下を上る隼人くんも、異常に気がつきました。

 とっくに上層階に達しているはずなのに、縄梯子がまだ延々と続いていることに。

 周囲は広く開けた暗闇から、冷たく結露した厚い岩盤に変わっています。

 階層(フロア)の天井、あるいは床に穿たれた穴の中に到っているわけですが、その穴が延々と続いているのです。


「それもあるでしょうが……なんでしょうか? 単純に高さを上らされているだけのようにも感じます。位置座標は歪んでいますが、高さは歪んでいないみたいな」


「それってつまり……」


「ええ、この縄梯子は複数の階層を貫いているのかもしれません」


 同じ縄梯子の座標が上下の階層でズレているのは、迷宮の常識です。

 ですが縄梯子の長さ(高さ)までは歪んでいませんでした。

 縄梯子は常に上下の一階層を繋ぐ移動手段であり、その長さは一定でした。

 こんなにも長い縄梯子は初めてです。


「好都合じゃない。目的地の一階にそれだけ速く戻れるってことなんだから」


 隼人くんより下から、田宮さんの弾んだ声がしました。

 さらに下からは消耗した安西さんに癒やしの加護を施す、早乙女くんの祝詞(しゅくし)が。


「疲れたら言ってください。わたしと隼人くんも癒やせますから」


「ああ、癒やしの加護は()()にも効く」


「もう笑わせないで」


 他愛ないお喋りが、辛く苦しい作業を少しだけ紛らわせてくれます。

 わたしたちは再び登り始めました。

 周囲を岩盤に囲まれた隧道(トンネル)には、閉所への確かな恐怖を覚えます。

 息苦しさを感じ、こめかみが疼き出します。

 やがてこの鈍痛が耐えられないほどになり、過呼吸に喘ぐようになるのです。

 ()()()前に登り切らなければなりません。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 上っては “恒楯” と “神璧” を施して、休息。

 上っては “恒楯” と “神璧” を施して、休息。

 果てしない苦行が続きます。


 もしかして本当に果てしがないのでは?

 この縄梯子は次元連結(ループ)しているのでは?

 それならすぐにでも下りなければ――。


 疑心暗鬼という鬼が、心に棲みつきます。

 クソ喰らえです。

 そんな鬼はまとめて “滅消(ディストラクション)” です。

 

 進むは、闇。

 待ち受けるは、死。

 立ち向かうは、絶望。

 そして目指すは、一筋の光。


 それが迷宮探索。

 それがわたしたち、迷宮無頼漢(探索者)です。


 長い長い隧道。

 続く続く閉塞。

 

 それでもわたしたちは登り続けます。

 やがて伸ばした指先が縄梯子の踏み縄ではなく、岩盤の(へり)に掛かりました。

 苔むし滑りやすいその縁に力を込めて階層に転がり込みむと、すぐさま立ち上がり戦棍と盾を構えます。


クリア(周囲に魔影なし)! 上層階に到達しました!」


 ですが――。

 眼前に出現した予想外の状況に、わたしは唇を噛みました。


「はぁ、はぁ――なんだ、これは!?」


 上ってきた隼人くんも周囲の様子に気づき、やはり衝撃を受けました。

 続く田宮さん、早乙女くんも同様に絶句します。

 そして……。


「なんなのよ……なんなのよ、これーーーー!!!!」


 最後に辿り着いた安西さんの絶叫が狭い、本当に狭い空間に響き渡ります。

 そこは崩落によって周囲から断絶された、埋もれかけの玄室だったのです。


 ブチ……ブチブチブチ!


 不吉な音に振り振り返るパーティの視線の先で、“神璧” の加護が切れた縄梯子が深淵のような縦穴に呑み込まれていきました。

 凶運は絶望を連れてやってくる。

 半没した玄室で文字どおり梯子を外され、わたしたちは進退が(きわ)まってしまったのです。



★★★完結しました!★★★


スピンオフ

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― 新着の感想 ―
[一言] 希望の後の絶望、厄介ですよね。
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