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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
580/660

会議は踊る。されど会議は終わる

 円卓の時間が奪われた。

 女王、義勇探索者、筆頭近衛騎士、祐筆(書記官)

 円卓に着くすべての人間の視線を集めて、グレイ・アッシュロードが刻を奪った。


「あの、もう一度言ってくれる? あたい最近、耳が遠くなってきたみたいで……」


 最初に言葉を取り戻したのは、精神攻撃に種族的な耐性を持つホビットの魔術師(メイジ) だった。


「一層一層チマチマ攻略するのはもう止めだ。“フレンドシップ7” と “緋色の矢”、それにドーンロアの一党(パーティ)で、三層から五層まで一気にぶち抜く(同時攻略する)


 一言一句違わずに繰り返す、アッシュロード。


「ぎゃーーーーっ!!! おっちゃん、あんた何考えてるの!!? 馬鹿なの!!? 馬鹿でしょ!!? あんな奴らと共闘できるわけないでしょ!!! あんたの脳味噌(うじ)塗れでしょ!!!」


 リピーターボウの如く、罵詈雑言を吐き出すパーシャ。


「人を“腐乱死体(ゾンビ)” みたいに言うな。俺に解呪(ディスペル)は効かねえ」


「疑わしいわい!」


 まずホビットの少女が頭の回転の速さと()()()()()()()()口で反駁(はんばく)してくるのは、想定の内だ。

 アッシュロードはひとつ息を吐き、声の質を真摯にした。


「がきんちょ、それからおめえらも聞いてくれ。今回のこの騒動の裏には “魔族” がいる。“僭称者(役立たず)” を甦らせたのは、おそらく奴らだ」


 先にも増した衝撃が、円卓に走る。


「迷宮の最奥から脱出する最中、俺とエルミナーゼは苔むした墓を見つけた。玄室の闇中にポツンと忘れ去られたように建つ墓だ。墓碑銘は “役立たず、ここに眠る” と刻まれていた。俺たちはその墓前で奴らに取り囲まれたんだ。


 “高位悪魔(グレーターデーモン)

 “地獄公爵(ヘルマスター)

 そしてそいつらを束ねる

 “魔軍参謀(ライカーガス)


 奴らは “僭称者” の命令でエルミナーゼに迎えにきたと告げ、エルミナーゼは俺を救うために連中と迷宮の闇に消えた――」


 強い後悔の滲む声が爆ぜた。


「時間がねえんだ! こうしている間もエルミナーゼは、あの虫唾が走る糞虫どもに囲まれてる! もう一層ずつチマチマ掘り進んでいる暇はねえ!」


 明かされた事態の最悪さにパーシャは絶句し、エルミナーゼの母であるマグダラは顔面を蒼白にした。


「まだある」


 容赦なく続けるアッシュロード。


「俺は(かどわ)かされた迷宮で、聖典に記された伝説の聖女に会った」


 なんともいえない空気が漂った。

 多くの仲間が、やはり男は度重なる激闘に気が触れたのでは……と思った。


「信じられねえのは無理はねえが事実だ」


「伝説の聖女……それは勇者と共に魔王を討滅したという銀髪の聖女、”メリア” のことですか?」


「そうだ。メリアは女神(ニルダニス)から言伝を託すべく束の間、甦った。そして言伝はおめえ当てだ、マグダラ」


 それからアッシュロードは女王に、女神からメッセージを伝えた。


「かつて世界を滅ぼしかけた厄災が目覚め胎動を始めている。“災禍の中心ハート・オブ・メイルシュトローム” は時宜を得た。(あるじ)の波動は眷属たちを昂ぶらせ、さらなる闇と手を結ばせた。世界もまた目覚めなければならない。人もまた目覚めなければならない。女王の善処を望む――以上だ」


 英邁の誉れ高い女王マグダラといえど、言葉を失うしかない。

 “災禍の中心” とはまさに伝説の聖女が討滅し、堕天した “魔太公(デーモンロード)” にその地位を奪われた魔王そのものではないか。

 想像が追いつかず、思考がまとまらず、言葉が声にならない。

 誰も彼もが酷く怯えていた。


「……状況が悪いのは理解した。だがだからといって、ドーンロアとその一党が手を貸すとは限るまい」


 胆力という点では、おそらく円卓に着く誰よりも優っているだろう。

 重苦しい沈黙を破ったのは一六才の、若きドワーフ戦士(ファイター)だった。


「いや、奴は手を貸す。これは本来、奴の仕事だ。奴らはこの時のために二〇年前の騒乱からずっと備えてきた。誰よりも迷宮に潜りたがっているのはドーンロアだ」


「自分は二〇年前に国を救った英雄で、拐かされた王女は実の娘だからな。俺たちがしゃしゃり出なければ、とっくに助けにおもむいていたはずだ」


「それが仲間に入れてもらえなくて拗ねちまったってわけか――おっと失礼」


 アッシュロードの言葉にレットがやるせなくうなずけば、続くジグが口を滑らせてマグダラに頭を下げた。


「よいのです。すべてはこのマグダラの不徳の致すところ。今回の王配ドーンロアの行いはまさに児戯の等しきもの。そのように評されても仕方ありません……」


「だがだからこそ、あいつを制御下に置けるとも言える。当代の勇者 “志摩隼人” のパーティが未帰還になっている今、先代の勇者が立てば国民の動揺も治まるだろう」


「まるでトリニティ・レインのような物言いですね」


 強く主張するアッシュロードに、マグダラが弱々しい微笑を向けた。


「……あいつがこの席にいれば、同じことを言っただろうよ」


(それに……あの娘も)


 アッシュロードは重い吐息を漏らした。

 帰国するトリニティの代わって、知謀は高いが政治力の低い自分の渉外役になると宣言した聖女もまた、この席にはいない。


「どちらにせよドーンロアを当てにできなければ、純粋に戦力不足だ」


 再び顔を上げ、アッシュロードは言った。

 残る “K.O.D.s” は三つ。

 一気にぶち抜く(同時攻略)には、熟練者(マスタークラス)のパーティがもう一部隊必要なのだ。 


「それなのだけど……」


 遠慮がちに “緋色の矢” の魔術師(メイジ)が声を上げた。

 ヴァルレハが理知的な表情を曇らせて、アッシュロードを見る。


「三階層(フロア)同時攻略とあなたは言うけれど、迷宮の構造からしてそれは不可能なのではないかしら? “林檎の迷宮” はフロアボスである “K.O.D.s” を倒すことで、次の階層への道が拓く構造になっているわ。わたしたちが苦労して一層ずつ地図を埋めているのも、階層のどこかにいる “K.O.D.s” の居場所を突き止めるためよ。 そして “K.O.D.s” がいる場所のすぐ側に下層への縄梯子がある。“K.O.D.s” の居場所が分からない限り、“転移(テレポート)” で直接縄梯子に飛んで次の階層に下りることはできない」


 ヴァルレハは、言う。

 “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” の “青の(BLUE )(RIBBON)” で起動する四~九層の昇降機(エレベーター) や、“龍の文鎮(岩山の迷宮)” の “瓶詰めの帆船模型シップ・イン・ア・ボトル” で渡る孤島の縄梯子のようなショートカットは、“林檎の迷宮” では確認されていない。

  その階層の主を倒して次の階層に進む、というシンプルな構造が、現在の探索の遅滞をもたらしているのだ、と。

 

「単純なものほど強靱で頑健、これは迷宮だけでなく世界の理だよ! 今の雪隠(せっちん)詰めはまさにそれが原因! 縄梯子をいちいち見つけ出さなきゃならない以上、同時攻略なんてしようがない!」


 我が意を得たり――とばかりに、再びパーシャが勢いづく。


「魔術師たちの懸念はもっともだ。だが今回に限っていえば、それは杞憂になる――入ってこい!」


 アッシュロードが叫ぶと “円卓の間” の唯一の扉が開き、革鎧(レザーアーマー)を着たふくよかな少女が、トコトコと入ってきた。


「え? 誰?」


 見知らぬドワーフの少女に突然の登場に、面食らうパーシャ。

 同様の戸惑いは円卓全体に拡がった。


「少々丸っこくなっちまったが――ガブだ。熾天使のガブは俺たちより遙かに高位の存在で女神にも近しい。女神が鍛えた “K.O.D.s” を感じることもできる。つまり地道に地図を埋めなくても、フロアボスの居場所はわかるって寸法だ」


 絶句する円卓を、ドワーフとなった熾天使が無邪気な表情で見渡した。

 




 会議は踊り、されど会議は終わった。

 静けさの戻った円卓に残るは、ふたつの影。


「そんで話ってのはなんだい?」


 人の気配が失せたのを見計らい、残るように目配せされたドーラが当人を見た。


「単刀直入に訊く――俺はいったい何者だ?」


 ガブリエルの告げた “自分が最も信頼する人間” に、アッシュロードが訊ねる。


「本当に単刀直入だね……それを聞いてどうする気だい?」


「聞いてから決める」


 “鷹風(ホークウィンド)” の称号を持つマスター・くノ一は、来るべき時がきたと悟った。



 エピソード『君主の受難』篇  -完-



次回から舞台は再び、一〇〇年後の迷宮へ!

聖女エバ、本編に久しぶりの登場!

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★★★完結しました!★★★


スピンオフ

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本編への動線確保のため、こちらも応援お願いいたしますm(__)m

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― 新着の感想 ―
[一言] ガブ反則ですねw そしていよいよグレイが過去と向き合うときが来ましたね。 今までは「別に必要ない」と思って放置していたのでしょうけど、流石に無視できなくなりましたよね。 自分の過去を知った…
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