表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
577/658

天罰★

 強大な神気が、周囲を圧した。

 目も眩む光が爆発し、急激に膨張する霊圧が苔むした迷宮の入口を呑み込む。

 周辺に茂る樹木から野鳥が一斉に飛び立ち、深閑としていた樹海が騒然となる。


「な、なにごとだ!?」


 女騎士が(おのの)く。

 古強者(自身)の常識と冠絶(かんぜつ)する凶悪な “神聖” の出現に、彼女を含めた五人の陰謀の主が恐怖する。

 爆発した光が集約していき、“眩い(Radiant)姿( Figure)” を形作っていく――。


挿絵(By みてみん)


「……武装形態……神鎧(しんがい)をまとってやがる……どうやら本気で怒らしちまったらしいな……知らねえぞ……俺ぁ……」


 アッシュロードから、畏怖と、同情と、ざまあみやがれ、……のない交ぜになった呟きが漏れる。


「な、なんだ、あれは……」


「……だからガブだよ……俺の守護天使の……」


 そして背に三対の翼を持つ、黄金に輝く鎧をまとった神の戦士(ゴッドウォリーアー)が降臨した。


挿絵(By みてみん)


「“熾天使(セラフ)” ガブリエルの名において通告する――あなたたちはもう謝っても許してあげない」


「セ、熾天使だと……」


 女騎士のガクガクと震える顎から、かろうじてそれだけが零れた。

 そう、止まらない。

 震えが止まらない。

 訓練で、実戦で、どんな凶悪な魔物と対した際にも感じなかった “畏れ” が全身を貫いている。


「……もう知らね……」


 パキンッ!


 ガブリエルの視線ひとつで、(さじ)を投げたアッシュロード左手の指輪が弾け飛ぶ。


「……へへっ……サンクス……」


「なっ!? “死の指輪(デスリング)” が!」


「馬鹿な、あれを外すには高レベルの司教(ビショップ)の権能が必要なはず!」


「お、落ち着け! 後衛を守って二列横隊!」


 女騎士が震える声で指示を出す。

 自身と巨漢の騎士の戦士(ファイター)ふたりが前に出て、僧侶(プリースト)魔術師(メイジ) をかばう。

 盗賊(シーフ) の姿はいつの間にか消えている。

 

「やめとけって。勝負になんかならねえぞ」


 呪いの指輪から解放され、ようやく人心地ついたアッシュロードが放言する。

 何と言っても今回の件で、一番業腹(ごうはら)なのはこの男だ。

 こうなったら徹頭徹尾、無責任な観客を決め込むつもりだった。


「後衛、奴の動きを封ぜよ! しかるのち前衛が斬り込む!」


 馬鹿正直なのか、それともただの馬鹿なのか。

 人語を理解する相手(ガブリエル)を前に、女騎士が指示を飛ばす。

 僧侶が “静寂(サイレンス)” の祝詞(しゅくし)を、魔術師が自身最強の攻撃呪文をそれぞれに詠唱する。

 女騎士と巨漢の騎士が壁となって、詠唱中の無防備な魔法使い(スペルキャスター)を守る。


 女騎士は仲間の魔法使いの力量に信頼を置いていた。

 探索者ども(フレンドシップ7)には後れをとったものの、彼らとて救国の英雄ソラタカ・ドーンロアに鍛え上げられた古強者たちである。

 忠誠を尽くす女王と王家に再びの暗雲が垂れ籠めたとき、その黒雲を吹き払うのが自分たちの使命だという強い矜持がある。

 復活した “僭称者(役立たず)” を討滅し、(さら)われた王女を救い出すのは自分たち――誰よりも主ドーンロアでなければならない。

 断じてどこの馬とも知れぬ無頼漢ではあってはならないのだ。

 だからこその今回の企て、陰謀だった。

 すべては主ソラタカ・ドーンロアのため。

 この程度の蹉跌(さてつ)に、臆してなどいられるものか。


「厳父たる男神 “カドルトス” が汝に沈黙を命ずる―― “静寂”」


 僧侶が先に詠唱の短い加護の嘆願を終えた。

 大気の振動を止め発声を封じる沈黙の加護が、熾天使に向かって投げかけられる。

 問答無用で耐呪(レジスト)された。 


「堕天使め! 物言わぬ氷像と化して砕け散るがいい! ―― “絶零(アブソリュート・ゼロ)” !」

 

 魔導王国リーンガミルの禁制の最上級冷凍魔法が大気を、大地を、周囲に存在する一切合切を凍り付かせながら六翼の天使に――届くことなく消失した。

 ガブリエルの魔法無効化能力は魔王級。

 凍り付いたのは五人の騎士の心胆だった。


「おのれ!」


 恐怖に(すく)みあがる前に、その恐怖がふたりの前衛を衝き動かした。

 女騎士が魔剣、巨漢の騎士が戦棍(メイス)

 それぞれ+2相当の魔法の武器を振りかざして吶喊(とっかん)する。

 怒れる熾天使の想像を絶する霊圧を浴びて恐慌(アフレイド)状態に陥っている古強者たちに、ガブリエルの神剣が一閃した。

 稲妻を帯びた刀身が鎧に触れることもなく、ふたりを吹き飛ばす。


「うっ……あっ……」


 雷撃に打ち倒され麻痺(パラライズ)した騎士たちを、ガブリエルが無表情に睥睨(へいげい)する。

 

「“楽しくない” 者たちよ。わたしの “楽しい” を傷つけた罰を受けるがいい」


 純一の怒り。

 天界に生きる彼女の弟妹(天使)たちは知っている。

 自分たちの姉が、自分たちの誰よりも無垢(イノセント)な存在であることを。

 だからこそ彼女のお気に入りを傷つけてしまったときの恐ろしさを。

 最年長天使にして天界を統べる三大天使の一翼、熾天使ガブリエルは決して寛容な存在ではないことを。

 畏るべき最強の戦士であることを。

 

 蛇に睨まれた蛙。

 絶望。

 死の予感。

 五人の騎士たちは思った。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 命どころか魂さえも消し飛ぶ、絶対の()()

 なんという無様な最後だろう。

 なんという惨めな最期だろう。

 武技も魔法もまるで通じず、虫けらよりもたやすく踏み潰される。

 人生を賭して身につけた(スキル)を活かす場を奪われた末に、その業にすら裏切られて死ぬ。

 無価値。

 自分たちも、自分たちの人生も。

 すべてを否定されての死。

 それはまさしく魂の消失(ロスト)だろう。


 ふたりの戦士、僧侶、魔術師。

 そして木陰に隠れ潜んだまま、出てこられなくなった盗賊。

 麻痺の有無に関わらず、誰ひとりとして指一本動かせない。

 瞬きすらできぬ女騎士の目から、悔し涙が零れた。

 ガブリエルがさらに近づき、終わりの刻が迫る。

 

 強力な意思の力が熾天使の歩みを止め、振り返らせた。

   

「――惰弱な。それでこのドーンロアの郎党が務まると思うてか」


 視線の先には、純白の聖衣をまとい、長剣から蒼白いオーラを立ち昇らせた壮漢が立っていた。



次回 激突ガブリエル vs ソラタカ

--------------------------------

★★★完結しました!★★★

迷宮保険、初のスピンオフ


『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』


エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

下の画像から読めます^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 五人の騎士が怯えたのは、「ソラタカの為に何も出来ないから」だと思ってます。 狂信者に近くて正直嫌いキャラですが、だからこそ、ソラタカへの忠誠心は本物だと思うので。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ