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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
570/659

フクフク★

「楽しくないわ、楽しくないわ、楽しくないわ。ミカエル、わたし楽しくないわ!」


「ああ、ガブリエル。頼むから少し静かにしてくれないか。あなたが退屈しているのは天界中が理解しているから。可哀想に弟妹(ブラザー)たちが怯えてしまっているじゃないか」


「どうしてアッシュロードはリーンガミルから出てきてくれないの? どうしてわたしはリーンガミルに降りることができないの? ねえ、どうして?」


「彼には彼の事情があるのだろう。そしてわたしたち(天使)は “ニルダニスの杖” の護りがある限り、あの都に近づくことはできない」


「意地悪だわ、意地悪だわ、意地悪だわ! ニルダニスは意地悪だわ!」


「嗚呼、熾天使ガブリエル、我が最愛の姉よ! あなたは本当に純真で無垢な方だ! お願いだからわたしの情緒をかき乱すのはやめてくれ! 感情を抑制していたころが懐かしくなってしまう!」


「ふん、だ!」


「……あなたは彼に執着しすぎだ。人間の命はわたしたちよりも遙かに早く尽きる。すぐにでも別れのときがくるのだよ」


「だからこそよ! だからこそわたしはアッシュロードともっと楽しみたいのっ! 今のままでは貴重な時間を無駄にしてしまう!」


「……ガブリエル」


 コーンッ!


「? ガブリエル、どうした?」


「……ニルダニスが告げた……アッシュロードが危ない……」


 フッ!


「ガブリエル? どこだ、ガブリエル?」


 そして――。


◆◇◆


挿絵(By みてみん)


「久しぶりね、アッシュロード。なかなか会いに来てくれないから、わたしの方から来てしまったわ」


 随分と丸っこくなってしまった守護天使が、パムッと両手を合わせた。


「いや、だっておめぇ……なんでそんなに()()()()してん……だ?」


 アッシュロードの作画が崩壊した。


 ガブ。

 ガブリエル。

 ひょんなことからアッシュロードと知り合い、彼の守護天使になった熾天使(セラフ)

 天界を統べる三大天使の一翼にして、天界最年長の天使。

 故にその能力(ちから)は天界最強。天使最強。

『嗚呼、天使様!』『天使な脳天気』などの異名を戴く、いろいろな意味で取り扱い要注意の純真無垢イノセント()()

 人類属の美の頂点エルフすら及ばぬ完璧な美貌の持ち主だった彼女の……縦横比が変だった。

 なんというか、限りなく1:1に近い……。


「天界でミカエルとお喋りをしていたら、あなたが危ないって、ニルダニスの宣託があったの。でも天使はこの迷宮の支配者(ダンジョンマスター)と契約を結んでいないから勝手には降り立てなかった。だから咄嗟にあなたが求めていた盗賊(シーフ) になって転移(テレポート)したの。探索者ならどんな迷宮でも出入りは自由でしょ」


 解ったような、解らないような、ガブの説明。

 いやおそらくは理路整然とした説明なのだろう。

 しかし死の指輪(デスリング)” のデバフと置かれた状況の異常さが、アッシュロードの脳味噌を麦粥(オートミール)にしてしまっている。


「よ、要するに、おめぇは俺を助けられるのか? この足かせを外せるのか?」


 そうだ。

 それこそが今は何よりも重要なのだ、とアッシュロードは思った。


「もちろんよ。今のわたしは熟練者(マスタークラス)の盗賊なのだから。待っていて、すぐに自由にしてあげる」


 パムッ!


 丸っこくなった守護天使は腰の雑嚢から盗賊の七つ道具(シーブズ・ツール)を取り出すと、モコモコとした指であっという間にアッシュロードの残る足かせを外した。

 モコモコした指でもそこはドワーフ。手先の器用さでは抜きん出いている。

 本人の言うとおり、腕は確かなようだった。

 肺腑が空になるほどの安堵の吐息が、アッシュロードから漏れた。


「傷も癒やしてあげたいけど、この身体では無理なの……ごめんなさい」


 すまなそう顔でアッシュロードを見るガブ。


「いや、それは自前でやれる。俺が欲しかったのは腕のいい盗賊だ。おめえは最善の選択をしてくれた」


「アッシュロード、今あなたが置かれている状況はとてもとても楽しくないわ。早くここから抜け出さなければ、あなたはその指輪に呪い殺されてしまう」


「ああ、だがここはいったいどこなんだ? 降りてくるときに見なかったか?」


「リーンガミルの国内だとは思う。聖王都からずっと北の方だった。でも地名までは知らないの」


 熾天使の知性は人類属を遙かに凌駕しているが、市井の知識はそこまでではない。

 基本的にも応用的にもガブリエルは、楽しいこと以外は興味がないのだ。


「この身体では天使だったときのようには戦えないし、天使に戻ることもできない。

すべての迷宮は世界の(ことわり)の外にある迷宮支配者(ダンジョンマスター)のための世界。それが世界(アカシニア)の理。ここでは天使は受け入れられていない」


 ガブリエルの表情が緊迫する。

 アッシュロードも頭痛に(さいな)まれる頭で理解した。

 ここでは彼女はドワーフの盗賊としでしか存在できない。

 いくら熟練者とはいえ、盗賊は盗賊。天使よりもよほど(もろ)くか弱く、強力な魔物に囲まれたら容易に命を落としてしまう。

 そして死んだからといって天使の存在が許されないこの迷宮では、 熾天使として復活することはできないのだ。


「すまねえな」


「気にしないで。だって立場が逆なら、あなたはどんな手段を使ってでも助けに来てくれるもの」


 ガブリエルの脳裏に、聖銀に輝く鎧をまとった騎士の姿が浮かんだ。

 心を病んだ弟の剣から自分を救い、肥大した自我に乗っ取られていた弟までも解き放ってくれた “運命の騎士”

 アッシュロードは覚えていないし、これから先も思い出すことはないだろう。

 だが熾天使ガブリエルは忘れない。

 彼女が存在し続ける限りグレイ・アッシュロードは、彼女の楽しいなのだ。


「……厳父たる男神 “カドルトス “ よ」


 アッシュロードはヒビの走った片足に “小癒(ライトキュア)” の加護を二度施した。

 完全には癒えなくても痛みが引いて、動けるようになればいい。


「ここがどこだろうと迷宮は迷宮だ」


 頭は割れるほどに痛み、胃はでんぐり返りをしている。

 装備は無く、呪われてさえいる。

 だが動ける。

 アッシュロードは “焔柱(ファイヤー・カラム)” で焼き払った五人の戦士の骸に歩み寄った。


「どうなっていやがる……?」


 アッシュロードの顔が引きつる。

 五つの骸は、巨大な蟻の死体になっていた。


「マーミドン」


「なに?」


「蟻から進化した神話時代の民族よ」


 巨大な蟻の屍を見つめるガブリエル。


「死んで本来の姿に戻ったの」


「“提灯南瓜ジャック・オー・ランタン” といい、この迷宮の支配者は随分と個性的な奴らしいな」


 どれも世界三大迷宮では確認されていない魔物だ。

 この先も初見の魔物が現れるかもしれない。

 アッシュロードは物言わぬ蟻人たちの周辺を探り、一振りの(ロングソード)を拾い上げた。

 “焔柱” の高熱に炙られ脆くなっている危険もあるが、無手よりはマシだ。


「わたしが先を行くわ」


「頼む」


「ふふっ、今回はわたしがドーラの代わりね」 


 急ごしらえのバディは、玄室の入口に向かった。

 脱出行に先立ちアッシュロードはふと、フクフクとした新しい相棒に訊ねた。


「なぁ、ガブ……盗賊はともかくとして、なんでドワーフなんだ?」


「だって今まで一度もドワーフになったことがなかったんですもの!(パムッ)」


「……そんだけ?」


「そうよ?」


 嗚呼、天使様オー・マイ・エンジェル……!


 君主の受難は、始まったばかりだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 縦横比が1対1でも、まだ奥行きがありますからw
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