違和
「ねえ、ちょっと変じゃない?」
三度目の遭遇戦を退けたあとのことです。
田宮さんが不審げに足下に横たわる盗賊たちの屍を見下ろしました。
「ああ、確かに」
隼人くんも違和感を抱いたようです。
「? 何がだ?」
「この盗賊たちよ。確かにモンスターレベルは高いけど、動きがらしくない」
屍から顔を上げ、しっくりこない様子の早乙女くんに見向く田宮さん。
「こいつら本職の盗賊じゃないわ」
「本職じゃない? それって騙りってことか?」
「騙りはレベルが低い者が高レベルを詐称することをいうのよ。でもこの盗賊たちはレベルは充分なのに職業 を詐称している」
呆けてしまう早乙女くん。
「曲刀に短刀に革鎧。装備はそれっぽいけど中身は別物ってこと」
「じゃあ何もんなんだ? 盗賊じゃないなら、ここは何のアジトなんだ?」
「わからない。でも据わりが悪いわ……すごく」
田宮さんは不快げです。
剣士として前衛として戦っている相手の正体が判然としないのは、気味が悪い以前に極めて危険なのです。
「“認知” も “怪物百科” の知識も当てには出来ない……ってことか」
早乙女くんもようやく合点がいった様子です。
「これも例の迷宮支配者の趣向なんだろう。どういう意図があるのかまではわからないが……」
「どうせ俺たちを混乱させようって腹だぜ! 性根がひん曲がってるんだよ!」
隼人くんの言葉に憤然とする早乙女くんを横目に、安西さんに声を掛けました。
「大丈夫ですか?」
「……」
「安西さん?」
「……平気」
安西さんは杖にすがることで、背嚢の重さにどうにか耐えています。
土気色の顔に目だけが爛々と輝いているのは、凄惨としか言いようがありません。
「苦しかったら言ってください。癒やしの加護を願いますから」
「……指輪」
「え?」
「……指輪借りてるから……」
「そうでしたね」
わたしは安西さんの左手に光る指輪を見て、微笑みました。
“癒しの指輪” は多少なりとも、彼女の疲労を軽減してくれていたのでしょう。
「探索を続けるぞ。この区域を根城にしているのが何者であれ、立ち塞がるなら蹴散らすまでだ」
隼人くんの声は冷静でしたが、生還への不退転の決意と責任が籠もっていました。
パーティは歩き出し、不自然な盗賊たちが巣くう第四の区域を進みます。
この区域は複数の小規模の玄室が短い回廊で結ばれた複雑な構造をしていました。
さらには各所に隠し扉があり、先に進むにはそれらを見つけ出す必要があるのです。
わたしたちは進んでは地図を描き、時に遭遇戦を戦い、休息を摂りました。
ジリジリと生命力と精神力が削られていき、飲料水と食料も同様でした。
五代くんを欠いているため、隠し扉の発見もはかどりません。
忍耐の探索が続きます……。
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「……盗賊でないと解除できない罠がないのは幸いだ」
いくつかの回廊と、いくつかの玄室を踏破した先。
四度発見した隠し扉に “看破” の加護を施した隼人くんが、安堵よりも疲労の色濃い吐息を漏らしました。
「……隠し扉自体は時間を掛ければ、わたしたちでも見つけられるもんね」
「……その隠し扉も光の加護で見つけられないんだからよ。ほんとこの時代の迷宮は悪辣だぜ」
田宮さんと早乙女くんの声にも消耗が滲んでいます。
「……ですが “看破” の加護も残りわずかになってきました」
“看破” がある第二位階の加護には他にも “静寂” や “棘縛” があり、なにかと消耗が激しいのです。
わたしと早乙女くんに加えて君主の隼人くんもいるので、低位階の加護には余裕があるパーティなのですが……それでも限界があります。
「いよいよとなれば “聖女の戦棍” を使って強行突破する。物理的な危険ならそれでかなり軽減できるはずだ」
「またお喋りが多くなってきましたね。集中力が切れてきたのでしょう。扉を開ける前に休息を摂った方がよさそうです」
疲労は集中力を低下させ、忍耐力を奪います。
会話は時として緊張を解すために有用ですが、今のやり取りにはそういった意図はありませんでした。
わたしの提案は受けいられ、パーティは疲労の回復を図ってから四扇目の隠し扉を開けました。
「二×二の玄室。北東の北側に扉あり」
室内を見渡し、隼人くんが報告します。
以前なら五代くんがしてくれていたことです。
「開ける?」
「その前に隠し扉を探る。不定形の迷宮だ。地図に空白部がないからといって安心はできない」
「よし! 探すぞ!」
気力を奮い起こすようにうなずくと、早乙女くんがノッシノッシと一番遠い南東の区画に向かいました。
残されたわたしたちもそれぞれ手分けして、玄室の壁を調べ始めました。
わたしが向かったのは北東区画の東側の壁です。
ひとつの壁が一〇メートルもあるので隼人くんも一緒です。
“永光” で浮かび上がらない以上、触れて確認していくしかありません。
全体が厚い苔に覆われた階層です。
壁を調べるにも、その都度払い落とさなければなりません。
濃密すぎる緑の匂いに目眩がしてきそうです。
やがて丹念に壁を探っていた指先が、わずかな差異を感じ取りました。
自然の損耗とは微妙に違う凹凸。
訝しみながら詰まっていた苔をほじくり出すと……。
「……これは……」
「どうした?」
「……どうやらわたしたちの想像以上に、この迷宮の支配者は邪悪なようです」
防護巡洋艦『畝傍艦』ノ証
風雲急ヲ告ゲル対外情勢ニ鑑ミ、明治一九年一二月三日新嘉坡を出航
本国ヘノ回航ヲ急グモ、南シナ海ニテ大嵐ニ遭遇ス
乗組員全員意識ヲ失ウ
気ガツケバ、コノ迷宮ニ囚ワレテイタ
水モ食料モ尽キル
狂気ガ忍ビヨル
黄金ノ幻ヲ見ル
仏蘭西人、亜剌比亜人ノ離叛相次グ
日本人孤立ス
我ラ還ルコト能ワズ
我ラ生キルコト能ワズ
祖国ノ行ク末ヲ案ジツツ、軍人トシテ名誉アル最期ヲ選ブ
日本国ヨ永遠ナレ
天皇陛下、万歳
大日本帝国、万歳
サラバ
大日本帝国海軍大尉 飯牟礼俊位
……苔の下から現れた傷文字は確かに、そう読み取ることができました。







