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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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朧影

 バンッ!


 北の壁に並ぶ二(せん)の扉が突然開き、革鎧(レザーアーマー)を着込んだ無数の凶漢が雪崩れ込んできました。


「迎撃!」


 隼人くんが即座に、簡潔で聞き間違えようのない指示を出します。


盗賊(シーブズ)!  前列六人! 後列六人! しめて一二人!)


「前列を固めます!」


 わたしは敵の戦力を確認すると、間髪入れずに告げました。

 雷速の速さで祝詞(しゅくし)を唱え、“棘縛(ソーン・ホールド)” の加護を願います。

 “滅消(ディストラクション)の指輪” で一網打尽にしたいところですが、この階層(フロア)に出現する盗賊のモンスターレベルは8。それは叶いません。

 女神(ニルダニス)に嘆願が聞き届けられると目には見えない(いばら)が、前列六人を絡め取ります。


「す、すげえ! 全員かよ!」


「感心してないで殴りなさい! 前衛でしょ!」


 固まったひとりを抜打ちの一刀で斬り捨てた田宮さんが、隊列三番手の早乙女くんに怒鳴りました。


「お、おう! ――後列も頼まぁ!」


 叫ぶなり怒声を上げて吶喊(とっかん)する早乙女くん。

 わたしから譲られた魔法の戦棍が振り下ろされ、なんの防具にも守られていない盗賊の頭骨をその(めい)のとおりに粉砕します。

 隼人くんも鮮やかな魔剣の三回攻撃で、ひとりを屠っています。


 わたしはチラリと安西さんを確認しました。

 安西さんは疲労困憊の様子で(スタッフ)にすがり、ようやく立っています。

 呪文も唱えずただ目だけが、爛々とした光を放っていました。


(よいでしょう! 彼を運ぶこと、それがあなたの戦い――愛なら、貫いてください!)


「後列も固めます!」


 不可視の棘が、さらに六人の凶盗を絡め取ります。





「どうやらこの盗賊たちが、あの隧道(トンネル)を掘ったみたいね……」


 血溜まりに転がる一二体の屍を、田宮さんがやるせない表情で見下ろしています。


「そう考えるのが一番しっくりくるな」


 同意する隼人くん。

 玄室には静けさが戻った代わりに、ムッとする鉄錆の臭気が漂っていました。


「だけどコイツら、その何というか……全員、()()()()たぜ?」


 早乙女くんは釈然としないようでした。

 しきりに首を捻っています。


「きっと枝葉さんと五代くんが話していたとおりなんでしょう。狂気に囚われて黄金への妄執が強まったのよ」


「瑞穂はどう思う?」


「ええ、そうですね……考えるべきは結果ではなく原因の方だと思います」


「原因……どういう意味?」


「隧道を掘ったのがこの盗賊たちか否かは問題ではありません。問題なのはどうしてこの盗賊たちが()()()()()()です」


 わたしを見る田宮さんの表情が、ますます怪訝なものになります。


「ショートさんの話を思い出してください。あの人は『この階層(フロア)に住人はいない』と言っていました。ですが現実はご覧のとおりです」


「つ、つまり、どういうことだ?」


「……誰かが召喚した」


 早乙女くんの疑問に答えたのはわたしではなく……。


「ええ」


 杖にすがる安西さんにうなずきます。


「今世界で生き残っている人類は一階でラーラさんたちに守られている人々の他は、各階層にごく少数の亜人種(デミヒューマン)が生活しているだけです。見たところこの盗賊たちは、全員が男性です。彼らがこの劣悪な区域で子を成し、一〇〇年もの長きを生存していたとは、とても思えません」


「そ、それってつまり」


 ゴクリと生唾を呑み込む早乙女くんに、顔を向けます。


「つまり、この迷宮には迷宮支配者(ダンジョンマスター)がいる」


 沈黙が場を支配しました。


「確証はありません。ですがそう考えるのが一番しっくりとくるのです。この憐れな “みすぼらしい男” たちを召喚し狂わせた何者かがいると考えるのが」


「……そいつが……そいつが五代くんをあんな目に……」


「それは不明です。“赤銅色の悪魔(カッパーデーモン)” を呼び寄せたのはあくまでも “樹精(アルラウネ)” であって、彼女は元々あの白骨樹林の主だったと考るなら、迷宮支配者が介入した可能性は低くなります」


 しかしわたしの言葉は、凄惨な輝きを瞳に宿す安西さんには届きませんでした。


「その答えはいずれ出るだろう。今は一階への帰路を見つけ出すのに集中だ」


 隼人くんが会話を打ち切り、わたしは黙礼を返しました。


「まあ、良い方に考えようぜ! ここが盗賊のアジト――ギルドのなれの果てなら、出てくるのはみんな盗賊だ。魔法も加護もねえ。与し易し、って奴さ!」


 ムードーメーカーの早乙女くんらしいポジティブシンキングです。


「もうしばらく前衛をお願いします。加護が残り少なくなったら代わりますので」


「おう、肉弾戦なら1-Aの誇るビッグマンに任せろい!」


 早乙女くんの口から漏れた懐かしい言葉につかの間、優しい空気が流れました。


「よし、絶対に生きて還るぞ」


 迷宮支配者の気配を感じつつ、パーティは進発します。


◆◇◆


 そこは蒼氷の世界だった。

 床も壁も天井も、吐き出した息さえも凍り付く、氷結の世界。

 変容が極まった一〇〇年後の “呪いの大穴” の中でも環境の厳酷さでは、他の追随を許さない階層。

 迷宮第六層。


 その極寒の階層を、ふたつの影が進んでいた。

 ひとつは小さく、ヒタヒタと。

 もうひとつは大きく、ドスンドスンと。

 人影と表現するにははばかられる陰影が、蒼白い氷壁に揺れている。


「ブワーーーックション! ううっ、寒ぶ寒ぶ!」


 小さい方の()()が両翼で身体を抱きしめながら、激しく身震いした。


「ズズッ……ここまで寒いと、さすがのオイラの羽毛でも苦戦するぜ、ガァ……」


  “ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” が平べったい(くちばし)に垂れた鼻汁をすすり上げ、情けなくぼやいた。


「殿下は寒くねえのかい……?」


「オウ~ン」


 ひとつ目の巨人が紫の身体を揺らして、快活に答える。


「そうか。殿下の毛皮はアヒルの羽毛より高性能なんだな……羨ましいよ、ガァ」


 奇妙な(えにし)で聖女たちと親交を結んだアヒルと巨人は今、とある目的のために氷に閉ざされた迷宮を進んでいた。


「……オウ~ン」


「なんだい? ライスライトたちが心配ぇなのかい?」


「……オウン」


「なに心配はいらねえよ。オイラの見立てじゃあの聖女様はなかなかになかなかな、なかなかの女傑だぜ。仲間の連中はまだちょっとばかし尻に卵殻をつけてるけどな。ま、それぐらい良いハンデキャップだろうよ」


 アヒルはそういいながら、心配そうな感情を湛える巨人のひとつ目を見上げた。

 どうやらこの心優しい巨人はあの聖女に、憎からぬ想いを抱いているらしい。


「殿下の()には相応しいな」


「オウン! オウン!」


 照れた巨人が顔の前で、大きな手を団扇のように振る。


「ガァ、ガァ、ガァ!」


 アヒルが愉快げに笑う。

 極寒もこの時ばかりは気にならない。

 アヒルは聖女が好きだった。

 巨人のことも好きだった。

 ふたりが(つがい)になるのなら、心から祝福し喜べた。

 だがそのためには、巨人にかけられた邪悪な “呪い” を解かなければならない。

 呪いを解き、巨人を元の姿に戻してやらなければならない。

 亡国の王子と過去からきた聖女の番。

 命をかけるに価する、慶事にして快事ではないか。


 邪気が周囲に充ちた。


「殿下、いよいよだぜ」


「オウン!」


 身構えるアヒルと巨人の前に、(おぼろ)な影が浮かび上がる。

 ふたりがこの蒼氷の階層に降りてきた目的(理由)

 巨人に呪いをかけた張本人。

 この迷宮最凶の魔術師 “邪眼(イビルアイ)” が 姿を現した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 巨人、エバに懸想ですか。 下世話な話になりますが、色々とサイズが合わないのでは?
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