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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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円卓の女王

「とにかく、おっちゃんとエルミナーゼが最下層にいることは確かなんだ! こんなところでグズグズしてないで、すぐにでも迷宮に潜るべきだよ!」


 椅子に()()()パーシャがバンバンと円卓を叩いて、強硬に主張する。

 リーンガミル城の奥部にある “円卓の間” には彼女を含む、すべての義勇探索者が集められていた。


「しかし潜ったところで現時点で踏破されているのは、三層の一部までだ。最下層に到達してアッシュロードたちを救出するには時間が掛りすぎる」


 自身の名を冠する一党 “緋色の矢” を束ねる女戦士のスカーレット・アストラが、腕組みをしたまま答えた。


「だからこそじゃない! だからこそ一秒だって無駄に出来ないんだよ!」


 痩せても枯れても火の玉でも、パーシャは魔術師(メイジ) だ。

 パーティの参謀であり軍師であることを自認している。


 そんなことは目前で霞のように “僭称者(役立たず)” が消えた直後、すぐさま “探霊(ディティクト・ソウル)” でアッシュロードとエルミナーゼの生存と座標が確認された瞬間から、何百回と考えたことだ。

 ありとあらゆる角度から、ありとあらゆる救出手段を、頭から煙が出るほどに考え抜いた末に辿り着いたのが、今彼女が主張している愚直な救出プランなのだ。


地図マップが完成してない以上、“転移(テレポート)” での救出は不可能なんだよ! 迷宮の全体像が分からないんじゃ、地道に踏破していくしかないじゃないか!」


 円卓に座す誰もが黙しているのは、彼女の主張の正しさを認めているからだ。

 現実にはそれしかない。

 唯一希望があるとすれば……。


「動くのはマグダラ陛下の意見を聞いてからにしよう。陛下は熟練の冒険者であり、女神から “賢者” 恩寵をたまわった世界有数の司教(ビショップ)だ。なにか俺たちの思いつかない救出法をお考えかもしれない」


 レットがなだめるような口調で言った。


 ……そんな方法が都合良くあるもんか。


 パーシャは小さく毒突くと憤懣やるかたなく座り込み、親指の爪を噛み始めた。

 その方法がないからこそ自分たちは一層一層、一歩一歩、最下層を目指して迷宮を這い進んでいたのではないか。


 アッシュロード嫌いの急先鋒であるホビットの少女が、ここまで強硬に即時救出を主張するのを、誰も不思議には思わなかった。


「……気持ちは分かるよ、ホビット。あの()が還ってきたときに野暮天(やぼてん)がいないのは残酷すぎるからね」


 ドーラが皆の気持ちを代弁して、友情に篤い少女魔術師を気遣った。

 パーシャは答えず、血が流れ兼ねないほどに爪を噛みながら、救出プランの立案に没入している。

 見かねたフェリリルがさすがに止めようとしたとき、


「女王陛下のおなりです」


 先触れがあり探索者たちはパーシャを除き、全員立ち上がりかけた。


「どうぞそのままで」


 キビキビした所作で室してきた女王(マグダラ)は、探索者たちをすぐにまた着席させた。

 自分の入室に気づかず座ったままのパーシャを、(おもんぱか)ったのだろう。


「まずは我が良人()ソラタカ・ドーンロアの非礼お詫びします」


 マグダラは立ったまま、深々と頭を下げた。

 狼狽えたのは頭を下げられた探索者たちよりも、近侍の家臣たちだ。


「陛下!」


 いかなる理由があろうとも一国の統治者が他者――それも他国民に頭を下げるなどあってはならないことだ。

 たとえこちらに非があるにしても謝罪は、外交を通じて文書で執り行われなければならない。

 そうでなければ国の威厳が保てず、他国の風下に立つことになる。


「ここは “円卓の間” です。身分も国籍もありません」


 主君であるマグダラにそこまで言われては、家臣らもそれ以上の諫言はできない。

 頭を下げて、黙り込むしかない。


「そんなことはどうでもいいから、あるの!? ないの!? おっちゃんを助ける方法!」


 パーシャが再び椅子の上に立ち上がり、マグダラを()めつけた。

 大馬鹿のドーンロアの介入と妨害も、女王の謝罪も、円卓の意味も、そんなことはどうだっていい。

 今聞きたいのは必要なのは、未来から絶対に還ってくる親友を絶望から救う方法。

 グレイ・アッシュロードを救出する方策だ。


「アッシュロード卿とエルミナーゼのいる迷宮の最下層に今すぐに到達する方法は、残念ながらありません」


 マグダラは小さく頭を振った。


「それじゃ、ここでこうしている暇はないね! グズグズしてたらおっちゃんたちが飢え死にしちゃう!」


「いえ、グズグズしていなくても卿と娘の死は避けられないでしょう」


 椅子から飛び降りかけたパーシャの背中に冷水が浴びせられた。

 マグダラの冷徹な言葉にホビットだけでなく、円卓に就く全員が息を呑んだ。


「……ちょっとあんた、なに言ってるのよ」


 パーシャがマグダラに顔を向ける。

 俊敏なホビットが見せたユラリとした動作が、彼女の怒りを物語っていた。


「言葉のとおりです。今からどんなに急いで迷宮を踏破したところで、最下層に辿り着くころには魔物との遭遇、飢渇(きかつ)、いずれにせよ、ふたりの命は果てています」


「だからこそ――!」


「まて、パーシャ。まずは陛下の話を聞こう」


 火の玉になりかけたパーシャを、レットが制した。

 すでに “犬面の獣人(コボルド)” に苦戦していた駆け出しではない。

 古強者(ヴェテラン)のパーティを束ねる、自身も熟練者(マスタークラス)のリーダーだ。

 その声には仲間を従わせる力強さと威厳が籠もっている。


「失礼しました。お続けください」


 会釈をするレットうなずき、マグダラが再び口を開く。


「現時点でのアッシュロード卿とエルミナーゼの救出は、いかなる手段を(もっ)てしても不可能と判断せざるを得ません。即時救出は諦める他にないでしょう。ですから作戦の目的を救出ではなく “回収” に切り替えます」


 反論の気配を見せたパーシャを手で制して、レットが訊ねる。


「ですがそれでは根本的な問題の解決にはなりません。作戦の目的が救出から回収に変わったところで死の――消失(ロスト)の危険は回避できないのですから」


 遺体が必ず残っているなら、それもいいだろう。

 灰が必ず積もったままであるなら、そういう選択肢もある。

 しかし遺体は必ず食い散らかされ、灰はいずれ霧散する。

 時間が経てば経つほど、消失の危険は高まる。

 最下層であるならなおのこと。

 それが迷宮だ。

 


「“不幸の石(オーメン・ストーン)” という魔道具(マジックアイテム)があります。ハンナの報告書では迷宮上層で見つかるとありましたから、あなた方もご存じでしょう。あの石の “秘めたる力(スペシャルパワー)” を使えば、消失の問題は回避できます」


 ガタッ、円卓を囲む複数の椅子が鳴った。


「そうです。あの石の真なる力は状態(ステータス)の如何にかかわらず、対象を灰化すること。迷宮内限定ですが消失から灰に戻すことができます。石の数だけ蘇生を試みることができるのです」


 探索者たちは二の句が継げなかった。

 なんと非情で残酷な手段だろうか。

 最下層の暗闇で救出を待ち焦がれているふたりの心を思えば、たとえそれが唯一の方法だったとしても、到底受け入れることはできない結論だ。

 死を前提にした救出策などと――。


 言葉を失う探索者たちを目にしながら、マグダラの胸にも鈍い痛みが走っていた。

 “不幸の石” は今も彼女たちを呪縛し続けている悲劇の発端……象徴でもある。


 あの石がもう少し早く見つかっていれば……。

 もう少し早く見つかって、秘められた力が解明されていれば……。

 そうすれば少女は甦ることができ、ふたりの少年は悲しみに呑まれることもなく、別の未来を歩めただろう……。


「二〇年前あの石は迷宮の下層でしかみつかりませんでした。今は違います。これはわたしたちにとって数少ない福音(ふくいん)です」



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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに、王が公式の場で他国のものに謝罪するのはまずいですよね。 けど、権威ってのは服の上から着るものだと、どこぞの王様が言ってました。 だから全裸で謝罪させましょう(鬼畜
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