表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
551/660

赤銅色の悪魔★

挿絵(By みてみん)


「赤い悪魔!? こいつが “低位悪魔(レッサーデーモン)” !? でも腕が二本しか――」


 田宮さんが鯉口(こいぐち)を切りながら、致命的な認識の違いを口にします!

 彼女が知っているのは “林檎の迷宮” に変質する以前の “呪いの大穴”!

 そこでは()()()()は第四層以下でしか出現せず、未だ到達していなかった彼女――彼女たちはまだ遭遇したことがないのです!


「違います! “低位悪魔” ではありません! これは “高位悪魔グレーターデーモン” の亜種です!」


 “高位悪魔” の名に凍り付くパーティ!

 巨大な橙色(だいだいいろ)の火球を突き破って出現したのは、記憶の底の底にまで悪夢となって焼き付けられている、水牛のように太くねじれた角を持つ巨大な悪魔!

 ですがその色はあの冷たい蒼氷色(ダークブルー)ではなく、対照的な赤銅色!


「“赤銅色の悪魔(カッパーデーモン)”!」


 わたしは咄嗟に命名した名前を叫びました!


 バキバキバキバキバキバキバキッ!!!


 魔界からの越次元を終えた赤銅色の巨体が枯れ細った樹木をなぎ倒して、堆積する腐葉土に降り立ちます!


 ガシュウウウッッッッ!!!


 生え揃う無数の牙の隙間から吹きこぼれる高圧の蒸気!

 “赤銅色の悪魔” が圧倒的な存在感を放ちながら向き直り、(サメ)のような感情のない白目だけの両眼が、わたしたちを見据えます!

 そして始まる詠唱!


「呪文を唱えさせるな! 瑞穂! 早乙女!」


 指示を出し、自身も “静寂(サイレンス)” の嘆願を始める隼人くん!


「おう!」


 早乙女くんも即座に応じ、祝詞(しゅくし)を唱え始めます!

 わたしは安西さんを振り返り、


(しまった!)


 と共闘するタイミングを逸したことを悔やみました!

 彼女も悪魔の動きを封じるべく “昏睡(ディープ・スリープ)” の呪文を唱え始めていたからです!

 田宮さんも同様の呪文を唱えています!


 悪魔の強力な呪文を封じるために行動する。


(間違いではないのですが――間違いではないのですが――)


 気持ちを切り替えることができないまま、わたしも “静寂” の嘆願を始めます!

 そうするしかなかったのです!


 “高位悪魔” の魔法無効化能力は実に九五パーセント!

 亜種である “赤銅色の悪魔” の耐呪(レジスト)率は不明ですが、“低位悪魔” の六〇パーセントより低くはないでしょう!

 それでも一縷(いちる)の望みを託して、祝詞を唱え上げます!

 パーティが唱えているのはいずれも第一から第二位階の魔法であり、巨大な悪魔が唱えている呪文よりも位階が低いぶん詠唱も短く、先手は取れるのです!


(五人のうちの、ひとりでも通れば!)


 投げつけられる三つの “静寂” とふたつの “昏睡”!

 しかしそのすべてが悪魔に届くことなく、掻き消えてしまいました!

 直後に返礼とばかりに投げつけられる、より高位の攻撃呪文!

 “氷嵐(アイス・ストーム)” の極低温の冷気とカミソリよりも鋭い氷刃が、獰猛な嵐となって襲いかかります!


「うううっ!!!」


 いずれもメンバーは経験を積んだ古強者です!

 誰もが樹木の陰に転がり込み、すんでのところで切り刻まれるのを避けました!

 ですが瞬間的に大気を伝播する猛烈な冷気までは避けきれません!

 氷の刃で砕け散った名も知らぬ樹木の破片を浴びながら、重度の凍傷に呻きます!

 ただ一度の呪文でパーティは、半身不随に近いダメージを負ってしまったのです!


「くっ……斬り込むぞ!」


 魔剣を支えに立ち上がった隼人くんが悪魔に突撃し、田宮さんも続きます!

 五代くんの姿は見えません!


「安西さん!」


 わたしは再び安西さんを振り返りました!

 ですが生命力(ヒットポイント)の低い魔術師(メイジ)の宿命!

 安西さんはパーティの誰よりも大きな割合ダメージを受けて昏倒していたのです!


「早乙女くん、援護(カバー)を!」


 わたしは叫びながら、木っ端に埋もれた安西さんに向かって走りました!

 大柄な早乙女くんの背中にかばわれて、倒れ伏している安西を助け起こします!

 嘆願するは聖職者が授かれる究極の癒やしの加護!

 この難敵を打ち倒すには是が非でも、彼女の力が必要なのです!


「はっ!? わ、わたし――」


 “神癒(ゴッド・ヒール)” の()()()効果で、一瞬で目を覚ます安西さん!


「安西さん! 例の手を使います!」


 混乱の見える彼女に叩きつけるように怒鳴ります!


「もう一度 “氷嵐” を受ければ、わたしたちは全滅です!」


 わたしの切迫感に、安西さんはすぐに混乱から立ち直りました!


「詠唱を!」


「了解!」


 分厚い外皮と太い筋繊維がもたらす装甲値(アーマークラス)に、絶対の自信があるのでしょう!

 “赤銅色の悪魔” は隼人くんと田宮さんに斬り掛られながらも、再び “氷嵐” の詠唱を始めています!


(ですがその自信が命取りです!)


 わたしは前衛と悪魔の戦いを注視して、慎重にタイミングを計ります!


(チャンスは一度! 悪魔と安西さんの速度差を見誤らないように!)


 魔族の声帯は人類と構造が違うため、詠唱速度では人間に劣ります!

 安西さんの呪文はギリギリ悪魔を()()()()はず!

 そして安西さんの詠唱が悪魔を追い越し、彼女の呪文が完成するまさにその瞬間!


Gust oul(いま)!!!」


 わたしは裂帛の気合い共に、魔法の戦棍(メイス)を振り抜きました!

 “赤銅色の悪魔” の周囲に形成される、防御障壁の立方体!

 直後に完成した安西さんの()()()の “酸滅オキシジェン・デストロイ” が、その内部の大気をすべて消し去ります!


 “赤銅色の悪魔” は倒れません!

 呪文に対する抵抗力の他に致死耐性もあるようで、窒息はしないようです!

 ――ですが!


“!!?”


 完成したはずの呪文が発動せず、悪魔の爬虫類じみた顔に浮かぶ困惑の気配!


「どんな生物でも真空での発声はできません! 呪文は()()()しました!」


 最後の韻を踏まない限り、呪文は完成しない!

 これこそすべての始まりである運命の舞踏会で、復活した “僭称者(役立たず)” の呪文を封殺した、あの人の――アッシュロードさんの悪巧み!

 耐呪能力の高い敵の魔法を封じる新しい戦術!

 わたしと安西さんは今回の探索を始める前に、入念に練習をしていたのです!


 わたしはすぐに悪魔を囲んでいる “神璧(グレイト・ウォール)” を解除しました!


 ズンッ!


 一平方メートル辺り一〇トンの気圧が巨大な悪魔にのし掛かり、動きを封じます!

 強靱な外皮に守られ()()こそしませんでしたが、訪れる再度の加圧までは避けようがありません!


「勝機です!!!」


 前衛に向かって叫びます!


 形勢は逆転しました!

 しかしそれは今この一瞬でしかなく悪魔にまた呪文を唱えられれば、わたしたちは再び壊滅の淵に立たされます!

 新戦術は、呪文を使われるたびに行使しなければなりません!

 そして次も上手くいくとは限らないのです!


 大気の重さに負けて四つん這いになる “赤銅色の悪魔” を、隼人くんと安西さんがこれでもかと切り刻みます!


 一太刀! 二太刀!

 もう一太刀! あと一太刀!

 

 そのとき枯れた樹間に、またあの瑠璃の鈴音のような歌声が響きました!

 人間には理解できない言語にすらなっていない韻律で紡がれる、()()的な歌声!


挿絵(By みてみん)


「“樹精(アルラウネ)”!?」


 ハッとして、歌声の主を振り向きます!

 迂闊でした!

 強大な悪魔にばかり気を取られていて、発端となった存在を忘れていたのです!


 ボッ! ボッ!! ボッ!!!


 またしても彼女の頭上に、しかも今度は三つも浮かぶ火球!

 さらにその色は赤銅(カッパー)ですらありません!


黄銅(ブラス)!?」


挿絵(By みてみん)


 膨らみ弾けた黄銅色の火球から現れたのは、山羊の頭と翼を持つ魔界の住人!

 姿は “低位悪魔” に酷似していますが、特徴である腕が四本ではありません!

 わたしたちと同じ二本!


「"黄銅色の悪魔(ブラスデーモン)" !」


 “カルキドリ” とも呼ばれる “低位悪魔” の、やはり亜種です!


「黙れ」


 直後、歌い続ける “樹精” のか細い喉に、樹液に塗れた切っ先が生えました!

 (Hide in)れる( Shadow) からの不意(Sneak)打ち(Attack)

 背後から忍び寄った五代くんが一瞬で、“樹精” を屠ったのです!


 逆転に次ぐ逆転!

 変転に次ぐ変転!


 戦いは混迷の度合いを増し、勝敗の行方は未だ見えません!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 樹精、極悪じゃないですか? 悪魔系呼び出しって……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ