トーテム・リドル★
『『『ようこそ客人よ! 先に進みたければ我が問いに答えたまえ!』』』
ようやく現れた扉の前に立つ(建つ?)、沢山の奇妙な顔を持つトーテムポールが快活に言いました。
もちろん生物ではありません。
魔法によって創造された、命を吹き込まれた物です。
『『『さあ、心構えはいいか、客人よ!』』』
「ハ、ハモるなよ、気持ち悪りぃ」
謎かけを迫る複数の顔に、早乙女くんがドン引きします。
「な、なにこの気持ち悪いの?」
骸骨を組み上げて造られたトーテムポールに、田宮さんも嫌悪感を露わにします。
「扉の番人だろう。先に進むには問いに答えなければならない」
「や、やめとくか? 引き返してさっきの分かれ道を調べるのもありだぜ」
嘆息気味に答えた隼人くんに、たじろぎ気味に提案する早乙女くん。
「坊主が骨を怖がってどうする。少しは枝葉を見習え」
「俺は別に「まって、この座標!」」
憤然と五代くんに言い返す早乙女くんを、安西さんが制止ます。
「どうしたのです?」
「今のこの座標、落盤で塞がれた “ルーソの店” の先だよ!」
ハッと全員が、安西さんの広げる地図を覗き込みます。
そうして顔を見合わせ……。
「……どうやら目的地には達したようだな」
「……みたいね」
呟いた隼人くんにも、答えた田宮さんにも、黙り込んだままのメンバーの顔にも、達成感は微塵もありません。
それはそうでしょう……艱難辛苦、複雑な “銀行区画” と “鏡の広間” を乗り越えた先に待っていたのが、“奇妙なトーテムポール” との問答なのですから。
「「「「「「……はぁ~~~」」」」」」
連帯感が高まる一瞬。
こういう時にこそパーティの絆は深まるのです。
「聞こう、その問いを」
深々とした溜息のユニゾンのあと、隼人くんが気持ちを切り替えて訊ねました。
トーテムポールはいくつもある顔で満足げにうなずくと、朗々と語り出します。
『『『
我は大河。
あらゆるものを彼方へと運び去る者。
その流れは弛まず。その流れは澱まず。
波立たず、逆巻かず、海嘯せず。
世界をあまねく押し流す者なり。
我は生を呼ぶ者。
我は死を招く者。
我はその両者を見守る者。
我は大河。
されど母なる海にはたどり着けぬ河。
我は永遠に流れ続ける宿命の者。
――答えよ、我とは?
』』』
ポールの複顔が期待に充ちた表情で、わたしたちを見つめます。
再び顔を見合わせるパーティ。
「答えは……あれよね?」
「ああ、あれだろうな」
「でも簡単すぎねえか?」
「うん……簡単すぎる」
「――おい、答えが間違ってたらどうなるんだ?」
田宮さん、五代くん、早乙女くん、安西さんの会話の後、隼人くんが質します。
『『『……』』』
奇妙な顔たちはニヤニヤと笑うばかりで、答えてはくれません。
「このポールが門番であるなら、電撃のひとつも落ちてくる覚悟は必要でしょう」
「でもそれにしては問題が簡単すぎない? これじゃ門番になってないじゃない」
わたしの言葉に田宮さんが疑問を呈します。
「いえ、最初の最初を思い出してください。この先にあるのは、時の賢者ルーソ様の “店舗 兼 研究室” です。お客さんを迎え入れる扉の謎かけなら、これぐらいの難易度でちょうどいいではないでしょうか」
「それは……確かにそのとおりかも」
「錬金術師の店を訪れる人間になら、この程度の謎かけは挨拶代わりってわけか」
「逆に知能の低い魔物には効果あるしね」
各々納得する、田宮さん、隼人くん、そして安西さん。
「じゃ、どうする?」
「答えてみる。離れててくれ」
早乙女くんの言葉に隼人くんが、トーテムポールに向かって進み出ます。
「待ってください」
わたしは隼人くんに近づき、戦棍を一振り、二振り、さらにもう一振り。
「魔法には効果が薄いですが、物理的な危険はこれでかなり軽減できるはずです」
「助かる」
「それでも充分に気をつけてください」
隼人くんはうなずき、奇妙な顔たちに向き直りました。
『『『答えよ、我とは?』』』
「それは時間だ!」
『『『汝の答え、偉大なり!』』』
骸骨で組み上げられたトーテムポールは快哉し、その直後、光の粒子となって分解していきました。
誰もが黙り込んだまま、動けずにいます。
「ひ、冷や汗が出るぜ」
ようやく早乙女くんが、額に浮いた汗を手の甲で拭います。
「確かに謎かけというより挨拶……ううん、冗句に近い答えね」
「時の賢者のお店ですから。“答えよ友” の類いなのでしょう」
田宮さんの呟きに、うなずきます。
「中がドワーフの坑道になってないことを祈ろう」
隼人くんがあとに残された、一扇の扉に踏み出しました。
扉はすでにわたしたちを招き入れるように開いていて、罠の有無を確認する必要はありません。
念のために盾役 の隼人くんを先頭に、パーティは扉を潜りました。
扉の奥は南北に二区画ずつ伸びた回廊で、各々が突き当たりで東に折れています。
ひとまず北に進路を取り、東に曲がります。
回廊は曲がり角の先でやはり、真っ直ぐに伸びていました。
一区画進んだところで “永光” が、突き当たりの壁を照らしました。
回廊はそこでさらに南に折れています。
回廊の長さは一辺が五区画。
ここまでの構造から想像するに、この一画は……。
「どうやら三×三の玄室を取り囲んでいる通廊っぽいな」
うむ! とうなずいて見せたのは……いつもの彼。
「一回りしてからじゃないと断定はできないが――確かにその気配はある」
慎重にですが隼人くんも同意します。
三×三の玄室。
つまり “ルーソ様の店舗 兼 研究室” をぐるりと巡っている通廊に、今わたしたちはいるというわけです。
「あの角を曲がればわかるわ。さっさと行きましょう」
田宮さんが若干いらついたように言い、パーティは再び歩き出します。
そして突き当たりを南に折れた先に見えたものは――。
「な、なんだ、あの扉!?」
ギョッとした声音で早乙女くんが叫び、
「たしかに気色悪い」
珍しく感情の籠もったで、五代くんが同意しました。
南に二区画先の西側、入口の扉と同じ横軸の座標にその扉――中央に大きな骸骨が埋め込まれた鉄の扉はありました。
「また骸骨……ルーソって意外と趣味悪い?」
「生を呼び、死を招き、その両者を見守る者だからな。象徴なのかもしれない」
田宮さんと隼人くんの声色にも、忌避感が滲んでいます。
「でもこれでルーソさんに会えるんだよね? 元の時代に帰れるんだよね?」
対照的に弾んだ表情を見せたのは、安西さんでした。
希望が先走り過ぎるのは危険なのですが、たしなめることはできません。
わたしは代わりに、
「“ヤカン先生” の言葉を信じましょう」
とだけ言いました。
「行くぞ」
隼人くんが前進を指示し、パーティは扉の前まで進みます。
巨大で見るからに頑丈そうな鉄扉でした。
中央部の人間の頭蓋骨にしては大きすぎる髑髏がポッカリと空いた空虚な瞳で、訪問者を見つめ返しています。
「ノッカーがないわね」
「伺いを立てよう――魔物を呼びよせるかもしれないから警戒しろ」
全員がうなずき扉と回廊の先を警戒する中、隼人くんが大音声で呼びかけました。
「時の賢者ルーソ! 俺たちは過去からきた冒険者だ! 危害を加える気はない! 話がしたい! いるなら出てきてくれ!」
反応は……ありません。
「ルーソ! 出てきてくれ! ――時の賢者ルーソ!」
回廊に迷宮に、隼人くんの切実な声が響きますが、鉄の扉が開くことも髑髏が喋り出すこともありませんでした。
「くそっ! 居留守を使う気かよ!」
早乙女くんが憤懣に充ちた顔で、閉ざされたままの扉を睨み付けます。
「どうするの?」
「押し通る――五代」
緊迫する田宮さんに、隼人くんが底堅い声で答えました。
五代くんが前に出て慎重に扉を調べ始めます。
全員が固唾を呑んで作業に見入ってしまったので、わたしは警戒に専念です。
チラ見すると、どうやら中央に嵌められた髑髏に鍵穴があるようですが……。
小さな作業音がしばらくの間、通廊に響きます。
そして五代くんが立ち上がる気配。
「ど、どうだ?」
たまらずに訊ねた早乙女くんに、五代くんは食い入るように扉を見つめながら答えます。
「駄目だ。専用の鍵で施錠されてる」
「瑞穂」
キーアイテムの係であるわたしを、隼人くんが呼びました。
わたしはうなずき、五代くんと入れ替わります。
“黄金の鍵”
“宝石の錫杖”
“悪魔の石像”
探索で手に入れた鍵だけでなく、それ以外のアイテム全てを試します。
……ですが。
わたしは扉から離れ、頭を振りました。
「そ、そんな……」
安西さんの唇から絶望が震えとなって零れます。
わたしたちはここまで来て……あと一歩でルーソ様に会える場所まで辿り着いて、進行不可に陥ってしまったのです。
「これが……迷宮探索です」







