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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
547/659

鏡の間★

 迷宮の短い隧道(トンネル)を抜けるとそこは…… “(グラス)の広間” でした。


「ま、まさか透明な迷路があるのか?」


「そう考えるのが可能性……いや蓋然(がいぜん)性が高いだろうな」


 鼻を押さえながら呻いた早乙女くんに、五代くんが冷静に答えます。


「確かに……透明な壁がここ一枚だけって方が変よね」


 吐息して同意する田宮さん。


「引き返せない以上進むしかない――行くぞ」


 隼人くんが意思の籠もった声で宣言(コール)しました。


「透明とは言っても壁は壁だ。手間が掛かるが後ろを除く三方を常に確認すれば、マッピングはできるはずだ」


「誰かさんのプレゼントで “座標(コーディネイト)” の呪文は無限に使えるしね」


「ええ、任せてください」


 おどけた表情を見せる田宮さんに、余裕の微笑を返すわたしです。


「――どうする? また “一〇フィート棒” の代わりをやるか?」


「誰が! それはおまえの役目だろう!」


 五代くんと早乙女くんのその会話を最後に、わたしたちはは “鏡の広間” の探索を開始しました。


 広間は七×七区画(ブロック)の正方形をしていました。

 隧道(トンネル)はほぼその中央に穿たれていて、四区画先まで照らせる “永光コンティニュアル・ライト” によって全域が見渡せます。


「……顔料が必要だったな」


 先頭で透明な壁を探る五代くんが、ポツリと漏らします。

 透明な壁に目印を付けたかったのでしょう。


盗賊の七つ道具(シーブズ・ツール)にはないの?」


「生きて戻れたら探しておく」


「生きて戻れるに決まってるでしょ! 変なフラグ立てないで!」


 軽く田宮さんに答えた五代くんを、安西さんが叱りつけました。

 五代くんは虚を衝かれた風でしたが言い返すことはなく、周囲を調べ続けます。

 隼人くんの言葉どおり多少手間が掛かるものの、マッピングは順調に進みました。

 魔物との遭遇(エンカウント) がないことも大きいでしょう。


「この感じならすぐに全部調べられそうだな」


 早乙女くんが意気揚々と言いました。


「すぐ調子に乗るんだから。遠足じゃないのよ」


「ずっと息が詰まってるよりもいいだろうが」


 なにやら懐かしい光景です。

 総務委員だった田宮さんはよくこんなやりとりを、早乙女くんとしていました。

 教室……学校……生まれ育った世界。

 今は遠くになってしまった世界。


「本当に透過性の高い壁だ。“永光” の魔法光もまったく反射ない。ガラスの比じゃないな」


 見えない壁に手を添えて、隼人くんが嘆息します。


「でも誰がこんな仕掛けを作ったんだろう? あのトンネルを掘った人?」


「どうかしら? 盗んだ金塊を運び出すなら、こんな仕掛け邪魔なだけじゃない?」


 安西さんの疑問に、田宮さんが首を傾げます。


「透明な迷路が先にあって、ここしか隧道を掘れる場所がなかったのかもな」


「問題はそこじゃないわ。誰があの穴を掘ったか。透明な壁を造ったか。同一の存在なのか、そうでないのか。敵か味方か。わたしたちの脅威になるのか協力者になってくれるのか――重要なのはそこでしょ」


「そもそもその存在とやらが、まだ生きてるのならな」


 早乙女くん、田宮さん、五代くんと話が続く中――不意の予感に襲われました。

 言語化できない()()()()()()感覚に、後ろ髪を引かれるように振り返ります。


「どうしたの?」


 異変に気づいた安西さんが、怪訝な表情を浮かべました。

 他のみんなの視線も感じながら、わたしは後方の空間に手を伸ばします。


 ……コツン、


 指先に返る硬質な感触。


「な、なに? なんなの?」


 わたしはひとつ息を吐き、答えます。


「一方通行の壁です」


「え?」


「この広間の “透明な壁” には “一方通行の壁” も存在するようです」


 動揺がパーティに走ります。


「ちょ、ちょっと待て! それってつまりどういうことだ?」


「つまりこれまでのマッピングが全部無駄になったってことだ」


 狼狽する早乙女くんに、五代くんが冷たいほど冷静に言いました。


「調べるべきは三方ではなく四方だったってことか……迂闊だった」


 後悔を滲ませる隼人くん。


「仕方ありません。そこまでは気づくのは難しいでしょう」


「でも、どうしよう……地図が……」


 隼人くんを慰めるわたしの横で安西さんが、泣きそうな顔で地図を見ます。


「羊皮紙に余裕はあるのですよね? それなら心機一転、ここから仕切り直しです」


 わたしは皆を見渡して力強く言い切りました。


「疲れたら休み、水を飲み、食事をし、時には睡眠も摂って、少しずつでもいいから着実に進むのです。想像以上に複雑な構造ですが、だからこそ魔物に遭遇する危険も少ないと言えます。今回真に克服しなければならない壁は――自分たち自身です」


 隼人くん、田宮さん、早乙女くん、五代くん、安西さん。

 全員の表情が引き締まり、決意が充ちます。


「瑞穂の言うとおりだ。必要なのは冷静にマッピングを続ける忍耐力だ。俺たちには充分にその忍耐力がある」


 そこからはまさしく、忍耐の時間でした。

 一区画進む度に前後左右を調べ、壁の有無を確認。

 特に後方に壁が出現した場合は、一方通行の壁として地図に記す。

 進んでは調べ、調べて進む。

 疲れては休み、休んだら疲れるまでまた進む。


 そこに血肉湧き恐怖に凍る魔物との戦いはなく、あるのはただただ神経にヤスリを掛けられるような消耗のみ。

 ですがこれも迷宮探索です。これが迷宮探索です。


 悪辣なことに一カ所、始点である隧道の出入り口への転移地点(テレポイント)がありました。

 広間の先が開けていたので喜び勇んで足を踏み入れた直後、パーティは振り出しに戻されてしまったのです。


 そうですとも、これぞ迷宮探索です。

 わたしは身の内に不敵な闘志を滾らせながら疲れた仲間を励まし、パーティを前へ前へと押し進めました。

 消耗して動けなくなってしまう前に、この広間を抜けなければならないのです。


 そして……わたしたちの忍耐が限界に達しかけたその時、広間は長い回廊となって終わりを遂げたのです。

 回廊は南に延びていて、途中で東に分かれていました。

 わたしたちはひとまずそのまま南に進み、突き当たりを東へ折れました。

 すぐ目の前に扉があり、さらに――。


挿絵(By みてみん)


『『『ようこそ客人(まれびと)よ! 先に進みたければ我が問いに答えたまえ!』』』


 沢山の奇妙な顔を持つ()()()()()()()が疲れ切ったわたしたちに、謎かけ(リドル)を求めてきたのです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 血で印を付けるってのは流石に消耗が激しいですよね。 こんなのが最後に出てくると、緊張感の糸がブチギレそうですねw
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