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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
545/658

隧道

 ……ズ……ホ……


 ……ミ……ズ……


 ……ミズホ……


「瑞穂!」


「……起きてますよ。夢とうつつの間をたおやかに揺蕩(たゆた)うていただけです……」


 わたしは薄らと目を開け、不安に充ちた顔で覗き込む隼人くんに微笑みました。


 誰もいない放課後の教室。

 窓際の自分の席。

 運動部の掛け声や、金属バットの放つ甲高い打球音。

 管弦学部が行うチューニングの音。

 懐かしい響きが甦ります……。


「えっ?」


「……ふふっ……」


 虚を衝かれた様子の隼人くんに今一度、微笑みました。

 以前はよくこうして、放課後の微睡みから起こしてもらっていましたね……。


 そして枝葉瑞穂から、エバ・ライスライトへ。

 スイッチを捻るように切り替えます。

 いきなり身体を起こすような真似はせず、打撲を受けた箇所を確かめます。

 微かな鈍痛はありますが、気になるほどではありません。

 わたしはようやく身体を起こし、辺りを見渡しました。


「“女性型の彫像” は倒したのですね?」


「安西がカチンコチンにしたあと、全員でボコボコにしちまったよ」


「凍らせて精核(コア)を砕いたの」


 早乙女くんが快活な表情で勝利の報告をし、安西さんがはにかみます。


「傷はどう?」


「大丈夫そうです」


 田宮さんにうなずいてみせると、それでもゆっくりと立ち上がりました。


「これのお陰で助かったな」


 隼人くんが真面目な顔で、わたしの新しい戦棍(メイス)を差し出します。

 “祈るもの” の銘を持つ魔法の戦棍。

 聖典に記されている伝説の聖女が振るったと伝えられることから “聖女の(メイス オブ)戦棍( セイント)” と呼ばれている武器です。

 封じられている “神璧(グレイト・ウォール)” 加護が、強烈な一撃から守ってくれたのでした。


「今日はここまでですか?」


 わたしは戦棍を受け取りながら訊ねました。

 広大な金庫には天井近くまで、黄金のインゴットが積み上げられています。

 入ってきた扉の他に搬入口はなく、“ジグルルー信託銀行” はここが最奥でした。

 引き返すほかありません。


「それがそうでもないんだ」


「?」


「守衛が崩した後ろから見つかったんだ」


 隼人くんが親指で指し示したのは――。


隧道(トンネル)?」


 崩れたインゴットの陰から現れた、迷宮の厚い(岩盤)に穿たれた隧道。


「いったい誰が……」


「金庫に抜け穴とくれば盗賊(シーフ)の類いだろう」


 盗賊の五代くんが、冗談とも取れる呟きを漏らします。

 ですがそこに諧謔(ユーモア)の気配はありません。


「確かにここに来るまでに遭遇(エンカウント) した魔物は盗賊が多かったです」


「迷宮の闇に呑まれたあとも、黄金への渇望を忘れられなかったのかもしれないな」


「もしくは呑まれたからこそ、より強くなったか」


「――それで、どうするんだ?」


 五代くんが隼人くんに向き直ります。

 隧道を潜って進むか否か、訊ねたのです。


「それについて、みんなの意見を聞きたい」


 心理的な疲労――気疲れを別にすれば、生命力(ヒットポイント)精神力(マジックポイント)も余力があります。

 特に精神力は、五代くんを除く全員が魔法使い(スペルキャスター)ということもあって、呪文も加護も三分の二以上残されていました。


「つまり問題はさっきと同じというわけだ。ここで引き返したら警備装置が甦って、次に来たときにまた “黄金聖闘士” と戦わなけりゃならなくなるかも」


 ううむ! と腕組みをする早乙女くん。

 何事にも大仰な所作は今や、パーティの精神安定剤でもあります。


「さっきより切実だ。警報なら次回も解除して回れるが、あの警備員(ガードマン)とまた戦うのは気が重い」


 嘆息する隼人くん。

 四枚の円盤と壁のスイッチを操作して順路を開くのも一苦労でしたが、なによりも “黄金の守護者” が復活する可能性を考えなければなりません。


「だったら進みましょう。体力も魔法もまだ残ってるんだし」


「そ、そうだね。第五位階の呪文はあと一回しか使えないけど、第六位階はまだ全然使ってないし」


 田宮さんが前進に一票を投じ、安西さんも同意しました。

 田宮さんは積極的に。

 安西さんは内心では帰還に傾いていたものの、“黄金の彫像” との再戦を(いと)っての消極的な賛成のようです。


「“滅消(ディストラクション)” なら枝葉の指輪があるしな――俺も先に進む方に賛成だ。“神癒(ゴッド・ヒール)” があと七回も残ってるんだぜ。ここで還るって手はねえよ」


 早乙女くんも回復役(ヒーラー)らしい意見で賛成します。

 加護の切り札とも言える “神癒” がわたしと合わせて、七回も残っている状況での帰還は考えられないのでしょう。


(――状態(ステータス)的にみれば、その通りです)


 わたしは数値には現れない、表せない迷宮探索の『流れ』を、必至に読み解こうとしました。

 “龍の文鎮(岩山の迷宮)” で陥った “大長征” と同じ轍を踏むわけにはいかないのです。

 しかし僧侶は巫女ではありません。

 いくら考えたところで、未来の予見などできないのです。

 『流れ』を読むとは、それほど難しいのです。


「現状では、ここで帰還を選択する理由はないと思います」


 覚悟を決めると、わたしも先に進むことに賛成しました。

 迷宮探索とは結局のところ最後は出たとこ勝負。

 切所難所のたびに臨機応変に対応し、切り抜けていくしかないのです。


(常々あの人がそうしてきたように)


「五代は?」


「問題ない」


 無口でプライドの高い彼らしく言葉少なに、ですが臆せず答える五代くん。


「よし、探索続行だ」


 隼人くんが断を下し、全員が装備を確認します。


「見てくる」


 進発の準備が整うと、五代くんが分厚い岩盤の床に穿たれた穴に向かいました。


「き、気をつけて」


 その背中を気遣う安西さん。

 五代くんは答えるでもなく、中の気配をうかがっています。


「五代くん、この戦棍を持っていってください」


 震える瞳の安西さんに代わって、五代くんに戦棍を差し出します。


「いざとなれば、これで “壁” を張ってください」


「……借りる」


 戦棍を受け取ると五代くんは、ヒラリと穴に身を躍らせました。


「どうだ?」


「敵はいない。中は人ひとりがどうにか通れる広さだ」


 隼人くんの問いかけに反響した声が返ってきます。


「先を探ってくる」


「ひとりで平気か?」


「この狭さじゃひとりの方が安全だ」


「彼の言うとおりでしょう。魔物と出くわしたときに後ろがつかえていてはどうにもなりません」


 逡巡する隼人くんに助言します。


「頼む」


 決心し、五代くんに伝える隼人くん。


「五代くんは優秀な斥候(スカウト) です。気配を消す術には長け “反発(レビテイト)” 呪文で足音も完全に消えています。魔物がいたとしても気づかれる危険は少ないでしょう」


 わたしはパーティの誰よりも、安西さんに向かって言いました。

 それでも不安な時間が流れます。

 安西さんは目を瞑り手を合わせて祈るようにしています。

 いえ実際に祈っているのでしょう。

 ですから穴の淵に手が掛かって五代くんが無事な姿を見せたとき、泣き出しそうな表情になったのも無理はないでしょう。


「どうだ!? 何かあったか!?」


 リーダーの隼人くんよりも先に、早乙女くんが勢い込んで訊ねました。


「何も」


「あ?」


「だから何もねえんだよ――隧道を抜けた先はただのだだっ広い広間だ」


「どういうことだ?」


「隧道を掘った者がインゴットを盗み出すつもりだったのなら、うなずける話です。わざわざ狭い空間に穴をつなげても、運び出したあとで難儀するだけですから」


 ああ、なるほど――と早乙女くんが納得します。


「真っ直ぐ北北東に四区画(ブロック)ほど伸びてる。ただどうも()()()気がする」


 戦棍をわたしに返しながら、五代くんが付けたしました。


「ゆるいって崩れそうなの?」


「ああ」


 田宮さんに訊ねられ、五代くんが短く肯定します。


「ルーソの店の入口は落盤で塞がってたしな。この階層(フロア)の天井や床がもろくても別に不思議じゃねえ」


「――で、どうする?」


 難しい顔でうなずく早乙女くんを無視して、五代くんが隼人くんを見ます。


「もちろん進む――それと中が狭いなら俺が先頭に立つ」


 五代くんは何も言わず、軽く肩を竦めただけでした。

 盾役(タンク) はおまえだ。任せる――ということなのでしょう。

 宣言どおり最も重装備の隼人くんが先に下りて、田宮さん、五代くん、安西さん、早乙女くん、最後にわたしの順で全員が隧道に入りました。


「さっさと抜けるぞ」


 一列縦隊で慎重かつ迅速に進むパーティ。

 いつ崩れるかわからない隧道を潜るのは、心臓によい話ではありません。

 それでも “反発” の呪文のおかげで足音が響かないのは助かり――。


 パラッ……!


 その時、頭上から岩の細片が零れてきました!


「走って!」


 叫ぶや否や、隧道の天井に無数の亀裂が走ったのです!



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― 新着の感想 ―
[一言] 初見だから判断は難しいですが、三分の二なら進むべきでしょうね~。
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