白骨戦車★
アッシュロードはエルミナーゼの冒険者としての力量は、信頼していた。
なにやら拗らせてはいるが、ネームドに認定されている古強者であり、なによりもアカシニア屈指の魔導士マグダラ・リーンガミルと “運命の騎士” ドーンロアの血を受け継ぎ、薫陶を受けているのだ。
よもやここ一番で、ビビることはないだろう。
「俺が先に出る。充分に引き付けたら、魔石を使え」
「わかっています。どうか、ご武運を」
振り返ったアッシュロードに、真面目な顔でうなずくエルミナーゼ。
急に素直になった王女に落ち着かない思いを抱きながら、アッシュロードは玄室の扉に近づいた。
“対滅” で灼かれた鉄扉は依然として熱気をはらみ、近づきがたい。
アッシュロードは耳を澄まし、扉の奥を通過する無数の節足音に意識を集中した。
“骸骨百足” は二×二区画の玄室の外縁を、高速で周回している。
玄室自体が狭く充分な距離はとれないが、それでもギリギリまで移動音が遠のいたところで、アッシュロードは扉を蹴破った。
「カカカカカカカッ!」
対角線上にいた異形の不死属が急停止し、鎌首をもたげるように向き直る。
「こっちだ、百足野郎!」
囮であるアッシュロードは盛大に喚き散らし、これでもかと注意を引き付けた。
さらに間合いを計りながらエルミナーゼの潜む玄室から離れる。
要するに “骸骨百足” に近づく。
(まったく狭っ苦しいリングだぜ!)
戦場の極悪さに毒突くとアッシュロードは愛剣 “悪の曲剣” を手に、“骸骨百足” に突進した。
ならば逆に攻めるまでだ。
懐に入り込んでしまえば、“対滅” は使えない。
カタカタカタカタカタカタッ!!!
“骸骨百足” が顎を鳴らして、上体を起こす。
左右二本ずつ合計四本の鎌状の手が一斉に、アッシュロードを襲う。
「しゃらくせえ!」
ギャンギャンギャンギャンッ!
スライスの四連撃をわずか一本の魔剣で弾き返す、黒衣の君主。
いろいろと言われ、実際に問題の多い男だが――。
グレイ・アッシュロードは、世界最高の迷宮無頼漢なのだ。
「いまだ、やれっ!!!」
「はいっ!」
アッシュロードの合図に扉の奥から飛び出したエルミナーゼが、右手に握る魔石を異形の骸骨に向けた。
解放される呪力!
ビシッ!
しかし “聖浄” の呪文はエーテル不足の影響で、“骸骨百足” の内部にまで浸透しなかった。耐呪された!
「もう一発だ! そいつはちょっとやそっとじゃ壊れねえ!」
アッシュロードの見立てどおり、古強者のエルミナーゼが怯むことはなかった。
すぐに次の呪文を解放すべく、身構える。
蛇のように滑らかな動きだった。
“聖浄” を持つエルミナーゼを最大の脅威と認識したのだろう。
“骸骨百足” が長大な身体を大蛇のようにうねらせ、エルミナーゼを急襲した。
「――!?」
間半髪!
鎌手が身をかがめたエルミナーゼの頭上を振り抜かれ、遅れて舞った栗色の髪を切断する。
総身から汗を吹き零しながら転げ回避するエルミナーゼ。
「テメエの相手は俺だ!」
アッシュロードが目の前に延びる無防備な胴に、魔剣を振り下ろす。
大上段から斬撃が白骨――かつては “高位悪魔” の大腿骨だったもの――を砕き、確かなダメージを与えた。
シャカシャカシャカシャカシャカシャカッ!
無数の節足を前後させて超信地旋回する “骸骨百足”
「この百足戦車が!」
実際、戦車のようだった。
速く、小回りが利いて、頑丈。
そしてなによりも――火力!
「きた、二発目!」
ちょこまかと牽制に徹するアッシュロードに空っぽの頭でも苛立つのか、自分にも被害が及ぶのを承知で、“骸骨百足” は最強の呪文を唱え始めた。
一切の加減なしに使えば階層どころか迷宮――聖都リーンガミルさえ吹き飛ばす、究極の破壊呪文である。
守護者として召喚されている以上、迷宮に危害がおよぶ行動は封じられているが、最少の威力でも人間ふたりを消し炭にしてあまりあるエネルギーが解放される。
エルミナーゼ共々一掃するつもりだった。
アッシュロードは咄嗟に “静寂” の加護を嘆願したが、5レベルも格上の相手にはやはり通らない。
「決めろ、エルミナーゼ!」
初めて少女の名を叫ぶ、アッシュロード!
決めなければ、ふたりの冒険はここで終わりだ!
「“ニルダニス” よ! ご加護を!」
“骸骨百足” の詠唱が終わる、まさにその瞬間!
エルミナーゼが女神への祈りを込めて、魔石を握る手を突き出した!
再び解放される “聖浄” の呪文!
“骸骨百足” が魔力に抗う!
だが不足する伝導物質をものともせずに呪文は、今度こそ内部へと浸透した!
「灰は灰に、塵は塵に……魔界へ還りなさい、異形の骸の魂よ」
動きを止め崩れ去る “骸骨百足” に、エルミナーゼが祈る。
大量の白骨は、大量の灰から塵に。
玄室に静寂が戻る。
死闘の幕は下りた。
「呪文が封じられた石コロを使うのに、女神もないもんだ」
アッシュロードは痛む節々に顔をしかめながら、エルミナーゼに歩み寄った。
毎度のことながら、まったくやれやれだ。
「アッシュロード卿、言葉を慎みください。不敬ですよ」
「すまね」
「まぁ、よいでしょう。今回は多めに見てあげます」
素直に謝ったアッシュロードに、素直に微笑むエルミナーゼ。
「……」
「? どうかしましたか?」
「いや……」
屈託のない王女の表情に若き日の女王が重なって、アッシュロードは困惑した。
自分が知るはずのない、少女時代のマグダラ。
不意に訪れた既視感が、男の注意力を散漫にしていた。
エバ・ライスライトとグレイ・アッシュロードは、やはり通じ合っているのだろうか?
時を越え、空間を越え、ふたりは同じ過ちをした。
気づいたときには詠唱が完成していた。
闇に浮かび上がる骸骨。
“骸骨百足” の最大出現数は二。
“対滅” がアッシュロードとエルミナーゼを襲った。







